答えのないリーガル的分野の歩き方(商事法務、渡邊満久・田中陽介・西尾暢之著)という書籍を読みました。地に足つけて、経営・事業へとかかわっていく際の思考のフレームワークを与えてくれる書籍だと感じました。
1.本書の概要
本書は、はしがきにもあるように、答えを出しづらいリーガル”的な”領域での価値判断を伴う対応や意思決定の仕組みづくりを行おうとする人のために、考え方の一つの”標準のようなもの”を提示するといったまさに”思考フレーム”を提供してくれる本になっています。
章立て自体は、前半部分は極めて抽象的な思考のフレームを記載したものになっており、中盤においてはさらに視座を高めた日本人論のようなものが語られ、最終的には具体的なガバナンス設計の話に戻ってくるという極めて抽象的な話と具体的な話の振れ幅が大きな構成になっています。読んでいる人からすると、かなり好みの分かれる構成ともいえると思います。
とはいえ、本書で書かれているような思考フレームについては、法的な思考を企業の意思決定に用いるという切り口から考えた場合には、思考フレームをある一つの観点で言語化したものとして有益なものになっていると思います。
2.本書から得られるもの
それでは、本書で得られるものは一体何なのかという点については、地に足つけた上での経営・事業への付加価値提供を行う際のヒントが詰まっているといえると思います。
これまで、法務界隈において、経営・事業との関係でのプレゼンスのあげ方となると、攻めの法務や守りの法務、パートナー・ガーディアン機能など、あるべき法務論といった哲学的な内容からのアプローチが多かったように思います。
そういった議論と比較すると、本書で記載されている議論というのは、企業活動において最も重要ともいえる”意思決定”に着眼し、法的思考を用いてこのような”意思決定”の合理性をどのように担保していくか、その際のフレームワークを提供するというのはどういうことか、という観点でのアプローチになっていると思います。企業内の法務担当者である自分自身に引き付けて考えると、このようなアプローチというのは、非常に、経営・事業サイドに刺さりやすいものになっていると思います。結局のところ、先述のような哲学的な議論では、法務の人は何をしてくれるの?というシンプルな問いになかなか答えられない印象ですが、このような意思決定のフレームワークを提供する議論では、経営・事業サイドから見た際の目の前の課題ベースでの議論の端緒として機能しやすく、経営・事業サイドと法務の間での議論を行いやすくなる効用があると思います。
実際、本書で書かれているフレームワーク構築の議論においては、帰納的アプローチ・原理原則アプローチ・コモンローアプローチと思考方法を分類しており、法学を学んだ人からすると、なじみやすいものになっていると思います。
また、著者は、AI・データ領域での思考の適用を前提にしているようにも思いますが、現代のビジネス環境においてはVUCAとも呼ばれる不確実性の支配するビジネス環境が様々な業界で一般的になっていることを考えれば、AI・データ領域以外へも議論の射程は及んでいくものと思います。
3.本書からその先へ
さらに本書からのその先へ行くとすると、この本の思考を用いて、自分自身がアウトプットを出しながら、手触りを持った持論を形成していくというのが重要なように思います。担当レベルであれば、法務相談の際に、単なる契約書の差分を指摘するのではなく、意思決定に役立つフレームワークを考えてみる、管理職レベルであれば、もう少し視座を高めた経営・事業の戦略レベルでの意思決定に役立つフレームワークを考えてみる、こういった中で、手触りのある成果を出していくことが重要なように思います。
また、昨今、倉橋雄作弁護士が「経営判断原則と信頼の原則を『よき意思決定』に活かす」(上)(下)旬刊商事法務2369号・2370号などにおいて、意思決定における行為規範の重要性について論じられておりますが、こういった議論との接合性についても考えられるところのように思います。
いずれにせよ、本書における議論を参考にすることで、自身のアウトプットを行為規範の設計といった方向へとその付加価値を変容させるヒントがあるのではないかと思います。
以上