美味しかったのでまた食べに来た。
今度はチキンカレー。

先日のものよりもだいぶスパイシーで、でもやっぱりめちゃくちゃうまい。
ところで、トイレを知っているだろうか。近代文明人はトイレで用を足すのが常とされ、多くの施設にはトイレ設備が整っている。トイレというのは、排泄を行うことを主たる目的としたスペースであり、多くの場合、プライバシーを守る間仕切りと、汚物を流し去る水洗機能を備えている。そうしたトイレと呼ばれる空間は、しはしば男女別に分かれた部屋が用意されているのだが、今回はその入口の話をしたい。

デパートや、築古い商業施設では上記のような入口が多い。つまり廊下に男性用トイレの入口と、女性用トイレの入口が並んでいるのだ。こう書くとあまりに普通。そうではない入口の形態というのが想像しにくいほどだ。

他方で、新しい商業施設ではこうしたかたちのトイレの配置が多い印象がある。まず廊下にはトイレの入口があり、それから男女の別が現れる。私はこうしたトイレが嫌いなのだ。
トイレの入口を経てから左右に分かれるタイプのトイレの何が嫌かと言うと、出口のわかりにくさだ。
用を足して、手を洗う。ズボンで手を拭きがてらポケットからスマートフォンなんか取り出して、パッとしない通知を順に眺めていっちゃったりするわけだ。液晶画面に目を落としながら、トイレを出ようとするが、ここで違和感に気づく。さっきここ通ったっけ?
廊下からトイレに入るときには、男女の分岐があっても、ほとんどの場合その案内が正面の壁に記されているので、迷うことはない。一方、出るときは違う。分岐に出ても、どちらがどちらに通じているのか、直観的に理解するのは難しい。どころか、油断していると分岐の存在にすら気づかない。気づかないまままっすぐに歩いて、するとそこはまたトイレの入り口であり、しかもそのトイレは異性のものなのである。なんと怖ろしい罠。

こんな重大な瑕疵に、設計者が気づいていないとは考えにくい。毎日のように女子トイレ侵入おじさんを生み出しながら、それでも糞設計トイレが姿を消すことがないのは、きっと入口を共通化したほうが少ない土地を効率的に活用することができるからだろう。つまりは、土地活用のために利便性は捨てられたのだ。つまりは、資本家の収益のために我々の尊厳は犠牲にされたのだ。