
退職して半年経ったが、なんというか社会的な地位や安定した賃金等を失い、改めて自分は守られていたんだなと感じる。
なんとなく大学院を卒業し、まあ大企業に入っておけば間違いないだろうという安直な考えのもと5年半勤めた。大企業にいると基本的に周りの会社に対して仕事をお願いする側になるので、基本的に丁寧に対応してもらえた。なんとなく自分がヒトカドの何かになったような気がしていたがそんなことはなかった。
退職すると、そういうのが全て会社名を見られていたがゆえの扱いだったと気づいた。
なんとなく自分がやりたくない、面倒くさく思うこと(健康保険やら税金等々)が他の誰かの仕事になり、そういう人たちに助けられていたからこそ、仕事できていたんだなと思う。私がやっていた仕事など莫大な仕事の中のほんの一部だったし、それすらも色んな人に助けられてやった気になっていたに過ぎない。ただそれでも私の社会的欲求は満たされて楽しく生きていられたのである。(それもある意味マスクされていたものだと感じるが。)
会社にいた時は足りないものに対する不満ばかり周りに話していたが、今ならものすごく恵まれてたんだなと思える。ここに気づけたのは良かったなと思う。
会社を離れた今、残されたのはしょーもない一人の人間である。思ったよりも私のアイデンティティと仕事はべったり引っ付いていたようである。5年でこれなら、定年退職によるアイデンティティの喪失は相当なんだろうなと思う。
じゃあどうするか
最近否応なく自分と向き合わされていると感じる。一応仕事はしてるが、以前のように生活の大部分を占めるものではない。
そうなると、しょーもない自分の中に面白みを見つけるしかない。自分で目標を立てて、自分で遂行し、自分で満足するしかない。
しかし最近、それにも限界を感じている。いつぞやにTwitterで見かけた、タイに滞在した後に自殺したイギリス人の「どんなに環境を変えてもクソな自分がついてくる」という言葉を思い出す。果たして自分は何をしたら社会の役に立てるのか?何して生きていけばいいのか?なんかできることあるのか?と考えている。結局、社会の中で何かしら役に立っていると感じられないと私は生きていけない気がする。金があるわけじゃないがFireとか絶対無理だわ。