試乗インプレッション

ホンダアクセスが放つコンプリートカー「S660 Modulo X」、標準車と比べて仕上がりはどうか?

サスペションチューニングの巧みさ、エアロダイナミクス性能の高さを実感

いよいよ待望の“本命”が登場

 これまでもホンダアクセスが手がけたモデルに乗るたび、その仕上がりには舌を巻いてきた。コンプリートカーであるModulo Xシリーズの第5弾として、いよいよ登場した“本命”と呼べるS660も、やはり期待どおりの素晴らしい走りに仕上がっていたことを、まずはお伝えしておこう。

 実車と対面すると、前後がノーマルと異なるのは一目瞭然。その造形1つひとつにも理由があり、すべてはエアロダイナミクスを向上するための機能を備えている。過去記事でも触れたが、このデザインが実現するまでにデザイナーまでもがテストコースに赴き、納得がいくまで走り込んで形状を少しずつ変えて煮詰めていくという、想像を絶するほどの手間がかかっているのもModulo Xならではである。

 Modulo Xの専用色であるアラバスターシルバー・メタリックのボディは、赤いロールトップとステルスブラック塗装のホイールとの組み合わせがなかなかよく似合う。専用の生地が張られたシートや専用本革巻ステアリングホイール、チタン製シフトノブなどが与えられ、一部がソフトパッドで覆われるなどしたインテリアも、よりスポーティで上質な雰囲気を放っている。S660で初めて採用したという「Modulo X」の文字が光るメーターパネルも目を引く。内外装ともノーマルよりも特別感に満ちているのは見てのとおりだ。

7月6日に発売されたModulo Xシリーズの第5弾「S660 Modulo X」。トランスミッションは6速MT、CVT(7速モード付+パドルシフト)を設定し、価格はいずれも285万120円。主要諸元は「α」グレードと共通で、ボディサイズは3395×1475×1180mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2285mm
足下ではステルスブラック塗装のアルミホイール(フロント15インチ、リア16インチ)を装着。タイヤは標準車と同じく、本田技研工業と横浜ゴムが共同開発した「ADVAN NEOVA AD08R」(フロント165/55 R15、リア195/45 R16)
空力性能を突き詰めたというエクステリアのデザイン。フロントまわりでは専用設計のグリル一体型フロントバンパーを採用するとともに、正面から入る風を狙った位置に導くエアガイドフィンを設定。リアまわりでは速度によって開閉するアクティブスポイラーにガーニーフラップを新たに装着して操縦安定性を高めている。ボルドーレッドのロールトップもS660 Modulo X専用装備
インテリアカラーはボルドーレッド×ブラック。スポーツレザーシート(本革×ラックス スェード/ボルドーレッド×ブラック/Modulo Xロゴ入り)をはじめ、本革巻ステアリングホイール、サイドブレーキカバー、インパネソフトパッド(ボルドーレッド)、フロアカーペットマットなどが専用品になる
6速MT仕様はチタン製シフトノブ(左)、CVT仕様はボルドーレッド×ブラックカラーの本革製セレクトノブ(右)を採用。それぞれ専用品
オーナー心をくすぐるModulo Xのロゴ入りアルミ製コンソールプレート、メーターも備わる

研ぎ澄まされたコーナリング感覚

 フットワークの仕上がりにも感銘を受けた。ノーマルも用意されていたおかげで、Modulo Xのよさがよりよく分かった。むろんノーマルのよさも重々承知していて、今回も久々にドライブしてあらためて確認できたのだが、Modulo Xはさらに上を行く。

 走り出してほどなく感じるのが、ノーマルよりもずっとグリップ感が高く、しなやかで上質な乗り味に仕上がっていることだ。同じタイヤを履いているとは思えないほど、4輪を路面に押しつけるかのような接地感と、路面からの入力をうまくいなしている感覚がある。

 高速道路ではますますそのよい印象が高まる。段差や継ぎ目を通過したときに伝わる衝撃が小さく、振動も瞬時に収束する。直進安定性も極めて高い。これほど小さなミッドシップカーとは思えないほどスタビリティが高く、フラットライド感のある走りに感心しきり。全体的にノーマルよりも走りの質感が大幅に高まっている。これにはサスペションチューニングはもとより、エアロダイナミクスも相当に効いているに違いない。

ブレーキシステムにはドリルドタイプのディスクローターとスポーツブレーキパッドを組み合わせ、ストッピングパワーを強化
S660 Modulo Xでは減衰力を5段階で調整できる専用開発のサスペンションを装備

 ワインディングでの走りも、研ぎ澄まされたコーナリング感覚は非常に印象的なものだった。あまり気を使わなくても自由自在に行きたい方向に進んでいけて、クリッピングに向けて吸い込まれるかのように、クルマが理想的なコーナリング姿勢を自然に作り出し、4輪の前後左右の荷重が最適なバランスになるように調整してくれる感じがする。また、ローターとブレーキバッドの変更によりコントロール性の増したブレーキも好印象だ。とにかく、ターンインがこんなに楽しいクルマなどめったにお目にかかれない。

 ノーマルも俊敏なハンドリングを楽しめるのはよいのだが、ヨーの立ち上がりにややカドがあるのに対し、Modulo Xは俊敏ながら唐突に何かが起こる印象がない。中立の据わりがしっかり、しっとりとしていて、微舵の領域からリニアに応答する。さらには荒れた路面にもしなやかに追従するので、あまり挙動が乱れたり、ドライバーの視点がぶれることもなく、狙ったラインをイメージどおり忠実にトレースしていける感覚は、まさしく“意のまま”。一連のクルマの状況が掴みやすく、まったくナーバスなところもなく、ミッドシップのお手本のようなハンドリングを楽しみながら、クルマを自分の支配下で積極的にコントロールしていける。

110万円相当が66万4000円!?

 ただし、足まわりが完全に勝っているがゆえに、S660は軽自動車としてはかなり速い方であることには違いないのだが、動力性能が物足りなく感じられてしまった。

 Modulo Xではエンジンに手を入れないことがお決まりとなっているとはいえ、さらなるドライビングプレジャーを実現するため、S660のようなクルマであればなおのこと、適度なパワーアップにも期待したいところだ。

 エンジンフィールは述べたとおりだが、シフトフィールは微妙によくなっていた。なぜかと思ったら、フィーリング向上のためシフトノブをノーマルよりも高くして重量を増やしたそうだ。シフトノブはチタン製ゆえ表面がやや滑りやすいのは否めないが、むろん見た目がよく、ノーマルでは気になるグリップ部の段差がなくなっているのもポイントが高い。

直列3気筒DOHC 0.66リッターターボ「S07A」型エンジンは最高出力47kW(64PS)/6000rpm、最大トルク104N・m(10.6kgf・m)/2600rpmを発生

 そんなModulo Xだが、筆者がもしS660を買うならぜひ選びたいと強く思った次第。この洗練された上質なドライブフィールを知ってしまったからには、もう選ばずにはいられない。ちなみに、金額にするとノーマルに対して実に約110万円相当のプラスαが与えられていながらも、価格差は66万4000円高にとどめられているという事実も、この場でお伝えしておこう。

 実際の話、まだ試乗車もなくさほど試乗記事も世に出ていない段階でありながら、Modulo X発売後の販売比率はかなり高いらしく、さすがというほかないのだが、それもこれまでホンダアクセスが積み重ねてきた実績あってこそに違いない。そしてModulo Xは、その期待にしっかり応えてくれる素晴らしい仕上がりであることを、最後にあらためて念を押しておきたい。

こちらは開発中のS660 Modulo Xプロトタイプにレーシングドライバーの道上龍選手、大津弘樹選手が群馬サイクルスポーツセンターで試乗したときの様子を収めた動画。試乗した感想などが語られるとともに、S660 Modulo X開発責任者の松岡靖和氏、走行性能開発担当の湯沢峰司氏の開発意図なども確認できるので、S660 Modulo Xに興味がある方はぜひご覧いただきたい

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛