自由な旅人ケイちゃんです。
ぽてと暮らし始めてもうすぐ3ヶ月。
相変わらずやんちゃでガブガブ噛まれまくり。
おトイレの躾も、これからが本番というところでしょうか。
”トイレはシートの上”と言うことは分かっているらしい。
私の方をみながら自信ありげにやってくれます。
ぽて「ばばちゃん、みてましたか?僕は上手にオ〇ッコできましたよ」
ニコニコしながらやってきます。※褒めてもらいたい
ばば「ぽてはおりこうだー、上手にできたね」
めっちゃ褒めまくりますが、、、。
実は、大外れ( ̄▽ ̄;)
確かに脚はシートの上に乗っかってんだけどねー。
本人としては、脚をシートの上に乗せているからできているつもりらしい。
オ〇ッコやウ△チが落ちる角度や位置が把握できていない。
これはどうやって教えればいいのか?
試行錯誤の日々。
毎日の体重測定で、18kgを越えそうなぽてを抱き上げる。
重い(-_-;)
そのせいなのか、左肩甲骨側、背中の真ん中辺りが痛くなってきた。
整骨院等にも行ってみたが一向に改善の兆しなし。
ふと思い出したことがある。
私は病気知らずと自信をもって言うとるが、実は20代後半、急性膵炎に罹患した経験がある。
娘っちを一人で産み、一人で育児をしていた。
ジジ・ババは地方に住んでおり助けてもらうことはない。
関白宣言は、社畜企業戦士で子どもと触れることすらなかった。
当時は、上司の誘いは断れない時代だったらしい。
毎日午前様、休みの前日は徹マン。
朝帰りをして、そのまま休みの日は一日中寝ている。
私が急性膵炎になっても、知らぬ顔。
その頃はそういう時代だった。
関白宣言はいないものと割り切って暮らしていたから、家事全般はマイペースで自由に子育てをしていた。
亭主元気で留守がイイとはよく言ったもんだ。
しかし、過度の過労とストレスが急性膵炎の原因と言われ、実は身体は悲鳴をあげていたんだ、とその時気づく鈍感な自分。
すぐ娘を預かってほしいと病院から親に電話をした。
夜中に車を飛ばして兄が引き取りに来てくれた。
治療に専念し1週間ほどで退院。
この時から私は身体も心も強靭になった。
二度と親に迷惑をかけたくない。
元気が一番!
60歳を越えて帯状疱疹にはなったが、風邪もインフエンザも、ウイルスというウイルスは寄ってこなくなった。
会社中の人間がウイルスに感染しても私は吹き飛ばしているらしい。
あの時から会社を病欠したことは一度もない。
話が逸れたが、膵炎になった時、背中が痛かったことを思い出した。
あの時は、恐ろしいほどの激痛だったが、もしかして予兆か?と思い、血液検査をしてもらうため、近所の内科の戸をたたく。
病院とはほぼ縁はないが、ぽてと暮らし始めて、破傷風ワクチンを受けるため見つけたご近所の小さな内科だ。
医師「自分ちの犬だから大丈夫だけどね、せっかく来たから打とうか」
打ってくれた。
会計時に初めて知ったが、破傷風のワクチンって3回受けるんだって。
次は1ヶ月後。
その次は半年後。
看護師「3回目は忘れる人が多いけど、2回は受けてね」
最低2回は受けないと抗体がつかないそうです。
若い頃、急性膵炎になったことを話し背中が痛いと訴える私。
医師「ちょっと背中、みせて」

医師「う~ん、膵炎の場所とずれてるけど、せっかく来たから調べようか」
この緩~い感じが好きだ。
結果
貧血なし。
膵臓、問題なし。
腎臓・肝臓異常なし。
コレステロールはこんなもん。
元気の太鼓判を押された。
内臓に問題なければ良しとしよう。
けれどやっぱり痛い左肩甲骨の辺り。
勝手なもんで、遊んでいる時は痛みを感じない。
電車移動中などじーっとしている時に痛みを感じる。
ただのわがまま?
姿勢の問題か?
年齢には勝てない?
痛いところの一つや二つはある年齢。
日々、筋トレ・ストレッチ・肩甲骨回しを継続しながら細~く、長~く微妙な痛みとつき合っていこう。
気にしない気にしない
一休み一休み
最高に心が落ち着くおまじない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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