今回は現在公開中の映画『顔を捨てた男』を語っていこうと思います。毎度の事ながらややネタバレ注意です。

イントロダクション
去年のベルリン国際映画祭で最優秀主演俳優賞(銀熊賞)を受賞したA24によるスリラー作品。
病によって顔に特異な変形を持つエドワード(セバスチャン・スタン)。隣に越してきた劇作家志望のイングリッド(レナーテ・レインスヴェ)に惹かれるも容姿を理由に気持ちを表わせずにいた。そんなある日、外見の変化させる治験的な治療を受けた事で新しい顔を手に入れる。別人として新たな人生がスタートすると思った矢先、かつての自分の顔に似たオズワルド(アダム・ピアソン)と遭遇する。
主演はセバスチャン・スタン。今年の日本では『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』と『サンダーボルツ*』の公開もあり、なかなかのお祭り状態。今のハリウッドでひと癖あるやさぐれ感を演じる筆頭株な存在です。そしてもう一人の主役であるアダム・ピアソン。どっかで見た事あるなと調べてみると『アンダー・ザ・スキン 種の捕食者』(2013年公開)でした。スカヨハ演じる宇宙人の心境を転換させる割と重要な役どころだった印象があります。そうか、あれは『関心領域』(2024年)と同じ監督か。
陰キャは顔のせい?
あらすじからもお分かりの通り本作はルッキズムをテーマにした作品。そのため真っ先に今年公開の『サブスタンス』が頭を過りましたが、こちらは『サブスタンス』とは異なり、ダウナーな雰囲気。かと言って『エレファント・マン』(1980年公開)のような温かみがあるわけでもないので引き合いに出すのはちょと違う気が。しかしどの作品からも感じたのは、人間最終的にものを言うのは容姿の良し悪しではなく性格。とりわけ本作では器用な性格かどうかが肝心だと突きつけらた気がしました。
エドワードさんがイケメンと化した後に出会うオズワルドさん。自信に満ち溢れており、社交的で誰とでも気さくに接します。おまけに演技もこなせるは、歌も歌えて、サッスクも演奏できる。うぁ…たまに居ますよね、こう何でも上手く出来ちゃう才能溢れる人。そんな人は存在があまりに眩しく見てられないんですよね。対してエドワードさんの方は、顔が良いだけで社交性が低くちょっとした日常の物音にビクついてしまう小心者。俳優を志していた理由も自分とは別の誰かに成りたい気持ちからでしょうし、いくら取り繕ったところで上手くいかず、オズワルドさんへの嫉妬を募らせ屈折していきます。
そうです、私自身も残念ながら主人公側の存在。子供の頃から社交性が著しく低く人付き合いが大の苦手。それに何をするにも苦労の絶えない不器用人間です。以前はこれが嫌で自己嫌悪的にもなっていましたが、不器用は不器用なりに生きていこうと割り切った所存。でもやっぱりこうしたキャラクターを観ちゃうとねぇ…辛いなぁ…
ただこの主人公の心情が刺さるのは、私のような日陰の人間だけではないはず。昨今、写真加工や美容整形で外見の変化を望むような傾向が強く見られるのは、自分に自信を持てない人たちが多いからではないでしょうか。”結局顔”というのは多少なりともあると思いますが、それを自身と向き合う事から逃げる理由には使いたくないと思います。
まとめ
以上が私の見解です。
これは後引くやつ。しばらく心に引っ掛かり残り続けそうな作品でした。
ちなみに日常で突発的な音にビビる描写はホント分かるわぁ~。映画の観ている時は心構えをしているので大きな音にビビる事はありませんが、他人が物を落とす音や扉が思いほか大きな音を立てて閉まった際にバカみたいに飛び上がったりしますから。結局私も小心者なんだなぁ。
という事でこの辺でお開きです。ありがとうございました。