今回は現在公開中の映画『関心領域』を語っていこうと思います。毎度の事ながらややネタバレ注意です。

イントロダクション
去年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得し、今年の米国アカデミー賞では国際長編映画賞を獲得した異色の戦争映画。
ユダヤ人虐殺、ホロコーストで悪名高いアウシュビッツ強制収容所。その隣の塀一枚で隔てられた場所には収容所の所長を務めるルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)とその家族が平穏な日常を送る屋敷があった。
監督はジョナサン・グレイザー。2013年の『アンダー・ザ・スキン/種の捕食』以来の監督作となります。あのボディホラー的なSF作品ですね。スカーレット・ヨハンソンがなかなか面白い役を演じてました。またこの方はオスカー獲得の際のスピーチで、ガザ地区での戦争について言及をしていました。アカデミー自体が沈黙、何ならイスラエルを擁護し兼ねないスタンスを取る中、このスピーチは非常に立派なものだったと思います。
主演はクリスティアン・フリーデル。ミヒャエル・ハネケ監督の『白いリボン』(2009年公開)に出演されているようです。私未見ですが、こちらも戦争もので鬱な内容だったような。そして、その奥さんを演じるのがザンドラ・ヒュラー。今年日本で公開し、米国アカデミー賞で脚本賞を受賞した『落下の解剖学』で主演をしていました。もう大活躍ですね。ブチギレた時の声色や表情がいつもガチなやつなのよ。
無関心というより…
本作、目からの情報より耳からの情報が多い映画でした。視覚的にはのどかで平和な日常が流れていても遠くから聞こえる明らかにおかしな音や叫び声。具体的に何をしているかは一切映りませんが、どう考えても凄惨な事が起きているのは確実に感じ取れます。この演出で思い出したのが『モスル あるSWAT部隊の戦い』(2019年公開)。戦場であるため遠くで銃声がしているのが当たり前の環境。そんな音をよそに隊員たちは、休憩を取り家族についての会話をしていたりという描写がありました。
こうした明らかにヤバい状況下において、ザンドラ・ヒュラー演じる奥さんは塀の向こうで何が行われているかは理解していた事でしょう。発せられる台詞や使用人に分け与える洋服からも感じられます。そして子供たちに至っても恐らく薄々気付いているように見えました。だから決して"関係ないや"と無関心でいる平凡な人たちではない気がします。問題なのはその異様な状況に慣れてしまっている事なのです。慣れは人の感覚や思考を麻痺させ、誤った行為や状況への問題意識を低下させます。ラストで描かれる施設を掃除している方々も、その異様な光景を目の前に淡々と仕事をこなす様は「慣れっこ」という事を示唆しているのか?時として「慣れ」は恐ろしい事でもあるのです。
さらに「慣れ」は観客たちへも押し寄せます。環境音が異常であっても映像は平穏で、それが淡々と続くんですよ。奥さんは使用人に厳しいなぁ~、子供たちはキャッキャして元気だなぁ〜 と観ている内にウトウト。そうです、観ている私自身もこの作品のトーン/環境に慣れてリラックスしてしまったのです。まぁ美味しい昼ご飯をたらふく食った後に観たからってのも原因ですが、そんな悠長に飯食った後に観るタイプの映画ではなかったのです。
そのせいでエンドクレジットのあの音楽が "そうやって環境に慣れてウトウトしてるお前みたいな奴も悪なんだよ!"と大勢の犠牲者から責められているような気分になりパニック。あぁ一刻も早く帰りたいけど席真ん中だし…。エンドクレジットが終わると"ごめんなさい、許して下さい"という思いを胸にそそくさと退出しました。こんな気持ちで映画館を後にするのは初めてです。そう考えると革新的な表現方法に脱帽しましたが、これさぁ…禁じ手だよねぇ…。
まとめ
以上が私の見解です。
このままではちょっと辛いので、気持ちを軽くするため勝手に言い訳しまーす。そもそも本作自体に関心を持っていない人も居るじゃないですか。まぁ作品を観る/観ないは個人の自由なので良として、こうした現代社会の問題やそれに繋がる負の歴史と向き合わず、自身の欲望の事しか考えないで生きてる自己中な人が沢山居ます。そんな人たちよりはマシだと思いたい。向き合ったって仕方ない?違うだろ。そういうマインドの人間が多ければ多い程社会は腐敗するんです。私はこの作品を通して自身の悪や負の歴史と向き合ったんだ。だから許してくれぇー!
という事でこの辺でお開きです。ありがとうございました。