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第256回:映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』感想と考察

今回は現在公開中の映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』を語っていこうと思います。毎度の事ながらややネタバレ注意です。

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イントロダクション

ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した2019年公開の『ジョーカー』の続編。

上流階級の人々を殺害した事で社会の反逆者として祀り上げられた”ジョーカー”ことアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、アーカム精神病棟に収監され看守たちからの不当な扱いに耐える日々を送っていた。そんなある日、たまたま参加する事になった更生プロブラムでリー(レディー・ガガ)という女性を出会う。彼女は熱狂的なジョーカーのファンで、二人は恋に落ちるのだが…。

監督は前作同様トッド・フィリップス。この方、本シリーズ以外に手掛けている作品となると「ハング・オーバー!」シリーズですからね。私、随分昔に1作目だけ観て、あまり合わなかった印象があります。「ハング・オーバー!」からの「ジョーカー」ってなかなかの落差な気がしますが。

主演は引き続きホアキン・フェニックス。様々な俳優はジョーカーを演じてきましたが、ホアキン演じる本シリーズのジョーカーが一番人間味を感じます。ヒース・レジャージャック・ニコルソンとは違ったアプローチの仕方をしており、カリスマ性が見受けられない事に徹底しています。また笑い方が痛々しい。前作も含め心の底から声上げて笑ってるシーンってあったかな?

そしてハーレクインを思わせる女性を演じるのがレディー・ガガ。確か主演を務めた『アリー/スター誕生』(2018年公開)の製作指揮にトッド・フィリップスが居たような。その人脈があったのでしょうか?まぁ今年で言えばパリ五輪の開会式で歌っていたのが記憶に新しいですね。

”ジョーカー”であるという事

私、前作の『ジョーカー』は結構好きです。だって自宅にポスター飾ってありますもん。まぁDVD買った際にたまたま特典で付いていたので、せっかくだし飾ろうってぐらいなんですが。何が好きかと言いますと、ライティングが綺麗で画面からリッチさを感じられるから。”あぁいま映画観てるなぁ”って気持ちに強くなれます。内容的にも先述の通りで、今までよりも人間臭い感情が見えるキャラクターに仕上がっていたのも良かったと思います。

しかし残念な事に”ジョーカー”という存在は「悪のカリスマ」として誤った反逆心や厨二的な危うさのアイコンと化し、現実社会を脅かす人物を生み出しています。小田急線内で無差別殺傷を行う奴も居れば低俗なポスターと公約を掲げて都知事選に出馬する奴なんかも登場。おかげでマイナスイメージの烙印が押されたジョーカー関連の映画作品でございます。『ダークナイト』(2008年公開)だってよ、私にとっては映画にハマるきっかけの作品の一つでめちゃ好きなのに、気軽に"面白いよねぇ~"と言いづらくなったじゃんか。責任を取れよ、馬鹿ども!

恐らくそんなマイナスイメージの払拭が本作の狙いだったのではないでしょうか。まず驚きだったのがミュージカル映画だったという点。アメコミヒーロー系統の作品でここまでミュージカル要素が濃いのも珍しいのでは?虚実綯交ぜだった前作とは異なり、ミュージカルシーンが偽り/妄想だとはっきり区別出来るようになっていました。

また、私は本作をラブストーリーだと受け取りました。精神的に危険な状態の二人が出会ってしまった!しかしリーが好きなのは心優しい”アーサー”ではなく、危険で暴力的な”ジョーカー”である事が物の哀れ。アーサーは”ジョーカー”を演じ続けないと彼女からの愛を獲得出来ないのです。いや、それどころか彼女以外の人間からも”ジョーカー”であり続けないと相手にされません。唯一対等に付き合ってくれた元同僚のゲイリーさんは、自ら遠ざける形になったわけで…(だからこそあの法廷のシーンは心にグサッと来る)。本当の自分を愛して欲しい!彼の叫びは誰の耳にも届きません。

それにハービー・デントは「ハービー・デント」になってましたし、ラストは新たな悪の神輿の誕生では?どこまで行っても世の中は穏やかじゃありません。世知辛いぜ。

まとめ

以上が私の見解です。

そんな悪い作品ではないと思うけど。まぁ納得いかない人も多く批判が出るのも分かります。だってみんな“ジョーカー”が好きで”ジョーカー”の物語が見たいですもん。”アーサー”の物語には興味ないのでしょう。

あっちなみに誰もがジョーカー=悪のカリスマになり得る的な話。個人的にはそうでははなく、誰しも一端の犯罪者になる可能性はあるというのは思うところ。新聞やTVニュースで取り沙汰される事件を観てりゃそんな世紀の大悪党なんて登場しませんし、ごくありふれた理由で罪を犯すのが人間です。それに誰の心の中にも暗く醜い部分はあるはずで、それを獰猛な虎と表現したのが中島敦の「山月記」。これは昔『ダークナイト』を扱った時も同じ事書いてるんじゃないかな?

という事でこの辺でお開きです。ありがとうございました。

↓最後にこちら。フィギュア、リアル過ぎるだろ

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