◎「逃げ」。13歳の疑問:
◎選者の新川和江さんの詩を思い出しました:
◎お彼岸の中日も過ぎて・・・彼岸花の季節ですが、やっと朝晩涼しく、つるべ落としの夕刻・・・、季節は巡って秋を迎えています。

◎沖縄の古座騒動を描いた映画「宝島」に因んで私の沖縄を辿ってみました。
中学生か高校生の頃だったか高校野球の記念の大会で返還前の沖縄代表が参加する大会が開かれ、甲子園球場だけでは足りず、西宮球場でも試合が行われることに。甲子園は遠いけれど、西宮なら阪急電車で行けるということで、妹を誘って沖縄代表の応援に出かけました。その後、沖縄は勝ち進んで甲子園での決勝戦でのことでした。
負けた沖縄代表は記念に甲子園の土をビニール袋に入れて持ち帰ることに。ところが、検疫を通らずに土を『海外』に持ち出すことは違法なので、那覇港で土は取り上げられ海に棄てられることに。この『事件』は大きく報道され、当時の私でさえ悔しくて悲しくて理不尽だと思いました。そして、この事件はその後の沖縄返還運動にも大きな影響を及ぼしたそうです。
海に捨てられた「甲子園の土」 沖縄の球児が涙をのんだ1958年の事件 | ハフポスト NEWS
◎もう一つの沖縄は「沖縄を返せ」という歌。学生時代はが阪急六甲にあった学舎に通っていました。安保闘争の『全学連』が絶えて学生運動は「授業料値上げ反対」になっていました。それでも、神戸港に近くベトナム反戦運動とアメリカの原子力潜水艦寄港反対運動がありました。神戸港のふ頭で「ヤンキーゴーホーム」をクラスのみんなで叫んだ時期がありました。
ところで、「沖縄を返せ」という歌の歌詞ですが、手元にある「うたごえ歌集」という手のひらに収まるほどの小さな歌集の95頁の歌詞を移してみます:
沖縄を返せ 全司法福岡支部 作詞 荒木 栄 作曲
かたき土を破りて 民族の怒りに燃ゆる島 沖縄よ
我らと 我らの祖先が 血と汗をもって 守り育てた 沖縄よ
我らは叫ぶ 沖縄よ
我らのものだ 沖縄は
沖縄を返せ(返せ)
沖縄を返せ
当時の沖縄は日本ではなかったのでパスポートが必要だったそうです。返還される前の沖縄をこの目で見ておきたいという学生時代の知り合いがパスポートを作って沖縄へ行ってきたという話もありました。「返せ」と力を入れて歌ったこの歌でしたが、なんという皮肉か、実は、天皇がアメリカに差し出していたと知ってがっくりでした。さもありなん・・・日本=「やまと」(沖縄にとっての日本)の沖縄に対する扱いは、いつだってこうだっんだろうと納得するしかありません。
琉球には独特の文化と政治があったのに・・・です。沖縄にもう10年以上棲みついて仕事をしている次男も、台湾はすぐそこだけど、東京は1500キロ先だから。沖縄には中国人が普通に街にあふれている、日本人は(数でも)負けると言ってたりします。仕事で100回以上(⁉ 2,30回かと思ってました)も沖縄に通っていた長男も、沖縄の文化は多様性と何でも受け入れる『なんくるナイサー』だからね、とも。小さな島だから、それでやってきたし・・・とも。
🔲イタリアでは首相のパレスチナ不承認発表に大抗議行動が:
🔲コロンビアの大統領の国連演説、「アメリカはもはや民主主義ではなく圧政を教えている」:
🔲目覚めた鳩山氏。ストレートな発言です:
🔲『戦時内閣の総理大臣を期待される』高市早苗氏です:
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★映画「宝島」は上映時間3時間11分ですが、「国宝」は3時間を数分切る時間内に収められています:


