◎最近の天候の移り変わりの激しさは尋常ではありません。地球規模での変化ですので人類的課題で国際的な取り組みが必要な問題なんでしょうが、リーダーシップをとれる国や機関があるのでしょうか。心配です。荒々しい気象が人の気性にも影響を及ぼすということがなければいいのですが。
◎昨日はBS13時から映画「杉原千畝 スギハラチウネ」(2015年)を観ました。杉原千畝を唐沢寿明、その妻を小雪さんが演じていました。本国の外務省に連絡が取れず自分で判断しなければならない杉原さんは個人の判断でビザ発行を決めました。こういう人間としての善悪や成すべきことの判断が出来る人であったことが、とても素晴らしいと思います。何年か前ドラマで見たことはありましたが、この映画、とても良い映画でした。Wikipediaより:
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月29日にかけて、大量のビザ(通過査証)を発給し、根井三郎と共に日本経由で避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くがユダヤ系であった。
閉鎖後は、チェコのプラハへ移動し、1941年から終戦までルーマニアのブカレスト公使館で勤務した。大戦終結時の1945年からブカレスト郊外の捕虜収容所に入れられ、1947年4月に日本へ帰国した。
「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。https://blog.hatena.ne.jp/-/odai/list?utm_source=edit&utm_medium=referral&utm_campaign=odai_list
◎「訓令に反して」ビザを発行し続けた行為は日本では「国賊だ」「許さない」とまで言われたそうです。「日本国政府による公式の名誉回復が行われたのは、2000年10月10日になってのことだった。」
これまでに外務省と故杉原氏の御家族の皆様との間で、色々御無礼があったこと、御名誉にかかわる意思の疎通が欠けていた点を、外務大臣として、この機会に心からお詫び申しあげたいと存じます。日本外交に携わる責任者として、外交政策の決定においては、いかなる場合も、人道的な考慮は最も基本的な、また最も重要なことであると常々私は感じております。故杉原氏は今から六十年前に、ナチスによるユダヤ人迫害という極限的な局面において人道的かつ勇気のある判断をされることで、人道的考慮の大切さを示されました。私は、このような素晴らしい先輩を持つことができたことを誇りに思う次第です。— 2000年10月10日の外務大臣河野洋平による演説
◎8月9日のNHKの番組を録画していましたので、見ました。生き地獄を生きのびた方たちの証言は貴重ですが、皆さん高齢になり被爆体験を伝える方達が少なくなります:
原子雲の下を生き抜いて 長崎・被爆児童の80年
初回放送日:2025年8月9日
原爆によって児童約1500人のうち9割近くがなくなった長崎市・山里小学校。奇跡的に生き残った37人は、壮絶な被爆体験を手記に書き、世界で初めて出版された。NHKは、親や家族を失った児童のその後を記録してきた。「生き延びた後のほうが地獄だった」と語った人もいた。
80~90代になった37人は、いま何を思うのか。語り始めたのは80年間、誰にも言えなかった思い…。かつての被爆児童たちの“いま”を見つめる。
◎「俳愚人 blog」さんの11日のブログには原爆投下時、捕虜となっていたアメリカ兵がいたというTBSの映像を紹介されています。アメリカが落とした原爆で亡くなったアメリカ人がいたのです:
◎どの映像を通しても、戦争の惨さ、悲惨さが胸を打ちます。戦争は二度と繰り返されてはならないとつくづく思います。せっかく人間としてこの世に生まれて、何故殺し合わなければならないのか、何故、殺されなければならないのか・・・ なぜ戦争をやめることができないのか・・・ガザやウクライナのことを思うと本当に情けない。
🔲ロシアの思惑通りの終戦をおぜん立てするか、トランプ氏:
🔲長崎原爆の日、永井隆博士の言葉を引用して挨拶する石破首相:
🔲関東大震災から102年、又排外的な言説が・・・
🔲石破首相の辞任を求める国民民主党、参政党、日本保守党: