◎朝から29℃を超える気温の中、80年目の8月6日、広島の原爆の日を迎えました。

◎あれは、何年前になるでしょうか、今は山口県の山の中の実家で一人暮らしのWさんとトラピックス(阪急交通社)の中欧旅行に参加したことがありました。その時訪ねたチェコで、プルタヴァ河畔をバスで走った時、広島の原爆ドームによく似た丸屋根の建物があって、まさにあの「原爆ドーム」を設計したチェコ出身の建築家の設計だと聞きました。
ヤン・レッツェル(チェコ語: Jan Letzel、1880年4月9日 - 1925年12月26日)は、明治末期から大正にかけて主に日本で活動したチェコ人の建築家。広島県物産陳列館(後の原爆ドーム)の設計者として知られる。ヤン・レツルとも表記。
◎私たちが見た建物は、この通産省庁舎だったようです:
原爆ドームによく似ているといわれるチェコ通産省庁舎([画i])はプラハのヴルタヴァ川河畔に立ち、ジョセフ・ファンタの設計によるもので1928年施工、1932年に竣工した。
◎アメリカが広島に落とした原爆で、80年後の今もその被曝ドームが原爆の惨状のモニュメントになろうとは・・・ヤン・レツェルさんも思いもしなかったことでしょう。
◎8月5日の朝日新聞の地域版「#KANSAI ほんまもん」頁に掲載された作家 高村薫さんの記事です:(太字・色字・下線 by 蛙)
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「敗戦」80年 日本の事実まず認識を
戦後80年の夏、私たちの現在地はどうなっているのか。「ほんまもん」の言葉をつむぎ続ける作家の高村薫さんを訪ねました。(写真はネットから、2年前のもの)
たかむら・かおる 作家。 1953年生まれ。「黄金を抱いて翔べ」で90年デビュー。「マークスの山」で93年直木賞受賞。「レディー・ジョーカー」「空海」「土の木」「墳墓記」など著書多数。大阪の北摂に居を構えて多彩な執筆を重ねている。
―――戦後80年を迎えました。
「戦後」という言葉は80年も経つと意味を持ちませんし、数字を数えることには意味がない気がします。
―――日本が80年間、戦争をしてこなかった証しとはいえませんか。
戦後を戦争をしなかった年月と数えるのは、私はおこがましいんじゃないかという気がします。日本が積極的に平和のために外交で身を削った年月ではないですから。過去の15年戦争(1931年の満州事変から45年の敗戦まで)に対して、「侵略戦争ではなかった」という言説がちらちらと頭をもたげ続けてきた80年です。だから戦争をしなかった80年と数えるのは潔くないし、正しくないと思います。
―――侵略戦争の総括をしていないということでしょうか。
国として総括したことはないです。反省を述べた(戦後50年の)村山談話でさえ保守層はごちゃごちゃ言っている。国民全体が共有している認識ではありません。日本は戦後と言いつつ、15年戦争を清算しないまま引きずっているような気がします。
―――戦争の時代と今は地続きということでしょうか。
日本の政府も国民も、戦争を清算する発想すらなかった。まず天皇の責任を問わなかった。米国は、日本を共産圏に対する橋頭堡(きょうとうほ)にしたいということで、それを認めた。日本人は東条英機とかに責任を押し付け、それで何となく終わったと思っている。戦争をきれいさっぱり水に流したんです。
―――植民地朝鮮出身の元徴用工や慰安婦問題もそうでしょうか。
外交上の解決と国民としての落し前のつけ方は別です。被害者は納得していないのに、加害者は知らん顔だから解決しない。そういう意味でも、戦争をしなかった80年とは、おこがましくて言えません。
加害者として物語必要
―――戦争を巡る日本人とアジアの人々の意識の溝は残ったままです。
日本人全体の集合の意識、集合の物語が必要なのです。加害者としての。音頭をとってきちんと進めるべきなのは政治ですが、やらなかった。それが出来なかった80年です。
―――日本人の集合といえば、参院選で「日本人ファースト」という言葉がちまたを飛び交いました。
明治時代、日本は脱亜入欧を掲げ、早くからアジアを侵略しました。そこには、蔑視があったと思います。日本は100年以上、中国、朝鮮をはじめアジアの人々に対して差別的だったし、日本人のゆがんだ優越感は折に触れて出てきます。日本が傾き、だんだんと貧しくなる中、これまでのような優越感を保てなくなった多くの日本人が不満や鬱屈の矛先を外国人に向けた。それだけのことで思想なんて何もない。
―――戦時中には「非国民」という言葉がありました。
日本には昔から「村八分」というのがありました。言うことを聞かない者は排斥する。それが戦時下では「非国民」という言葉になり、今は「日本人ファースト」になった。あまり褒められたものではない。私たち日本人が持っている嫌な面です。
言論 ネットでは単純化
―――高村さんは講演でネットの言論の危うさを指摘されています。
冷戦下と比べて世界の枠組みを言葉でとらえ、説明するのが難しくなっていますが、ネットの言論は切り取りたいところだけ切り取って単純化する。だから広がるんです。
言い換えれば、私たちは複雑な世界をきちんと言葉で捉えるだけの忍耐をもっていない。難しくて複雑で曖昧な思考に耐えられないから単純な言説に流されてしまう。
―――ネットの言説が広がり、戦争体験世代が減る中、日本が戦争をする危うさをどうみていますか。
歯止めがなくなっています。防衛に関する認識が国民と政治家、自衛隊で共有されているのか、大いに心もとない。国は敵基地攻撃能力をもつミサイル配備を進めようとしていますが、運用はものすごく難しい。撃つかどうかを決断するに足る情報収集力や国家の意思が定まっているとは言えません。
―――今年も8月15日を迎えます。
「終戦記念日」と言いますが、敗戦という事実を改めて認識すべきです。敗戦を掲げて初めて、なぜ負ける戦争をしたんだとなる。300万人もの命が失われた戦争をなぜしたのか。外交の失敗や軍部の突出、戦争に向かっていく大政翼賛の政治の姿を振り返る。全て「敗戦」と言ってから始まることです。(聞き手・中野晃)
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