◎今日は7月8日。昨日は七夕でした。お向かいさんが、地区福祉会の七夕飾りの短冊に今年も願い事を書いてと言われて、「みんな仲良し」とか「世界の戦争が終わりますように」とか書かせて頂いたのが、もう一月以上も前のこと。願いもむなしく、まだ終わるまでには至らないよう。
ところで、加賀市の夫の弟の連れ合いさんから、葬儀は終わっているので、9月、京都で納骨の予定なのでその時お参りくださいとメールが入って、では、そうしようかということになり、車で加賀市へということは無しになりました。
その間、洗濯物や片付け物でバタバタ、私は、暑さにも参って、敢えて動かないようにしていました。昨日は、コーヒー豆のマンデリンが切れたので、千里中央の阪急百貨店地下のコーヒー豆売り場へ仕入れに出かけました。早速、小樽の北一硝子で買ったハリオ(?)のコーヒーサーバーで淹れてみました。湯沸かしは、お向かいさんがコーヒー店をやっておられた頃の本格的なもの。
さて、黒い手帳をもとに、旅の初めから振り返ってみようと思います。
まず、北海道を車で走り抜けるには、夫のホンダの愛車でなければならないので、行きは京都府の日本海側の舞鶴から小樽、帰りは苫小牧から福井県の敦賀に発着のフェリーを使います。2月ごろ、計画をたてた予定表をもらいました。ふ~~んという感じで実感なしでした。ただ、富良野のラベンダー畑には寄ってほしいとリクエストしていました。
6月24日(火)出発
フェリーで一泊するのは初体験。乗り込むのは夜10時頃なので、家を24日のPM 7時頃出発。小樽港着なので、乗客は当然ながら皆北海道を目指しています。乗り込むには、車を運転する夫と荷物を持って部屋に直行する私と別々に。チケットに書かれたベッドの番号で再会です。車は船倉ですので、一夜を明かすのに必要なものは手元に持っていないとイケマセン。

6月25日(水)フェリー「はまなす」で小樽へ
3時頃、お風呂に入りました。4時過ぎには進行方向右手に島影が見えてきました。北海道の奥尻島?かな。5時過ぎにはフェリー5階の最後尾で海を見ました。

早めにレストランで夕食を済ませてPM7時前、日没を見るためデッキへ。
7時半ごろ日没。

小樽へは夜8時ごろ着。8時15分には下船開始。しばらく待って30分頃、小樽に降り立つ。公園で車中泊の予定でしたが、公園が小さくて無理。この日の宿探し。9時ごろ、夫が探し当てた「花園ガーデンステイ」というミニミニホテル?へ。中国人女性が経営していると夫の話。小ぎれいで階段の脇に金魚鉢が置いてありました。北海道最初の一夜を明かすには車中泊よりホッとする環境でした。
6月26日(木)小樽から札幌へ
朝食には前日買っていたパンとコーヒーを淹れて。
9時過ぎ、外に出て支払いを済ませて、出発。小樽倉庫群と北一硝子がお目当て。

素晴らしいお天気です。
テーマパークのようにきれいに整った通りでした。

北一硝子のお店で、硝子の箸置きや、夫のワイングラスを購入。

12時頃、札幌へ向けてスタート。
25分で札幌着、時計台へ向かう。

向かいのパスタ屋で昼食。自動で動く”お運びさん”がいました。
6月いっぱいで閉店するお店でした。お店から時計台が見える。

昼食後、時計台へ。
クラーク博士の提言により札幌農学校(現北海道大学)の演武場として明治11年(1878)に建造。明治14年(1881)に設置された時計は、国内最古の機械式塔時計として、今も時を刻んでいる。

100年経っても動き続けている時計

建物内部

クラーク博士と…

さて、いよいよ時計台を後に・・・

札幌へ向かいました。全長約1.5キロの大通公園へ。

大通公園では、花の庭のコンテストの発表会をやっていました。

ゆっくりして、アジアの旅行客の方と写真の撮りっこをしたり・・・
半分くらいまで歩いて、引き返しました。

夕食は、北海道はお魚が美味しいというので、夫が予約を入れて・・・

夫は、海鮮丼。見事な盛り付け! 私はカニ味噌のおにぎりとマグロのお刺身でした。(若い頃、胃癌で3分の2を切除してますので小食です)

札幌、さようなら! 時計台ともお別れです。

24時間オープンのコンビニのある野幌(NOPPORO)で車中泊です。

後部座席を倒して寝袋で…なんですが、夏なので寝袋に入らないで下に敷いて寝ました。9時ごろ就寝の予定。北海道の初日が終わります。