◎今年は北側のツルバラとモッコウバラの花がいつになく勢い良く咲いています。

◎前回の朝日新聞の憲法の記事の小見出しに「憲法の水脈」という言葉があるように、朝日の取り上げ方は、新憲法に流れ着く水源を求めた記事だということが分かります。そして、この『水脈』という言葉(考え)は、私には既視感が伴います。(ブログのタイトルの新憲法は日本国憲法、旧憲法は大日本帝国憲法)

新憲法は、戦争に負けた日本が新たな出発をするに際して占領国によって与えられた憲法であり、第9条は押し付けられた条項だという説があります。それに対して、借り物ではなくて自前だという反論ですが、その根拠が「五日市憲法草案」です。5月6日付け朝日新聞の【百年/未来への歴史/憲法の水脈『下』】を紹介してみます。
「五日市憲法」については、以前のブログでも取り上げていますので、是非コチラで。NHKの番組「光は辺境から」がお薦めです:
・光は辺境から・・・「自由民権 東北で始まる」(その3)2012年2月1日
🔲朝日の記事の『下』の大見出しは「五日市憲法草案に見えた希望」、小見出しは「民権の精神 土着の歴史の中に」です。2013年(平成25年)の美智子さまと五日市憲法についても触れています。一面に掲載された部分を書き出してみます:(太字・色字・下線 by 蛙)
百年
未来への歴史
憲法の水脈 『下』
「五日市憲法草案」に見えた希望
大日本帝国憲法発布(1889年)に先立つこと8年、神奈川県五日市町(現東京都あきる野市)の教員だった29歳の千葉卓三郎が「日本帝国憲法」を起草した。全204条からなり、出色はこの条文。
《日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可シ 他ヨリ妨害ス可カラス 且国法之ヲ保護ス可シ》
現行の日本国憲法11条「国民は、全ての基本的人権の享有を妨げられない」と響き合う。
立憲民主主義は欧米からの「輸入品」ではない。日本の土着の歴史の中にあった。そう説いたのは歴史家の色川大吉だ。1968年、旧家の土蔵からこの日本帝国憲法を発見、後に「五日市憲法草案」と名付けた。
一躍脚光を浴びたのは2013年のこと。美智子皇后(当時)が、この1年の印象に残った出来事を問われ「『五日市憲法草案』のことをしきりに思い出しておりました」と文書で回答した。「長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」
民権の精神 土着の歴史の中に
自由民権運動の盛り上がりを背景に、五日市草案のような私擬憲法が全国各地で少なくとも40以上つくられた。とりわけ有名なのは、板垣退助らが結成した土佐(高知)の立志社にいた思想家・植木枝盛の「東洋大日本国国憲按」だ、手厚い人権規定が特徴。「抵抗権」「革命権」も明記された。72条をざっと現代語訳すると――。
《政府が憲法に背き、勝手に人民の自由権利を害し建国の趣旨を妨げた場合は、日本国民は政府を滅ぼして新政府を建設することができる》
しかし明治政府はこれら「過激な世論」を警戒し、1881年に国会開設の詔勅を発出。天皇が臣民に与える欽定憲法を制定することも決めた。
大日本帝国憲法発布から56年後、日本は敗戦。憲法研究者の鈴木安蔵は仲間と「憲法研究会」を創設し、起草した「憲法草案要綱」はGHQに届けられ、日本国憲法の起草過程に重要なヒントを与えたと言われる。鈴木が参考にしたひとつが、植木の「国憲按」だ。鈴木は戦前、歴史に埋もれかけていた「国憲按」を再発見した当人でもある。
植木の基本的主張は、明治憲法体制下では無視・圧殺されながらも、その思想的水脈が完全に涸れることはなく、敗戦をきっかけに、一挙に、少なくとも制度上は実現するに至った―――歴史家・家永三郎の言だ。
「枝盛の政治上、社会上の改革論は、日本国憲法体制の青写真であり、半世紀前に国民が望みながら実現しえなかった期待が、敗戦という不幸なまわり道をたどって実現したものと見るのは、決して強弁ではない」
――― 3面に続く
PS: 美智子さまの言葉をコピーで
皇后陛下お誕生日に際し(平成25年)
5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。
明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,地方自治権等についても記されています。
当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。