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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (27)
私はここ、2人の妹たちはそれぞれ県外在住なので両親に何かあってもすぐに駆けつけられないのが本当に申し訳ないです。県外から帰省するのも躊躇してしまうような状況の現在、海外からは全く行けないわけでは無いですが難しいですよね。こちらに住んでいる日本人の友人のお母様がご病気で、いつ急変するかわからないとお医者様に言われたとのことで日本に帰る準備をしているのですが、先月コロナに感染したからかPCR検査にパスせず陰性の結果が出るまで何回か検査を受けて出発を延ばしているところです。日本に着いてからの隔離の時間もあるので、一目会うまで持ちこたえてほしいと祈るばかりです。
私も今年85歳と82歳の両親がそんな状況になる前になんとしても会っておきたいのですが、家を長く留守にできないのでもう少し規制が緩和されないと難しいです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
100歳で、お買い物やお出かけ出来るおば様が素晴らしいですね。どうぞ、早く会える様になりますように🤗
カルフォルニアのばあさん
が
しました
だからと言って、娘さん達と離れて暮らしたチブリッツさんのご両親が、お気の毒だったとは限りません。 遠くアメリカに住むチブリッツさんを訪ねて長期滞在、お孫さん達との交流、今は両方の地に眠っていらっしゃいます。他の方にはできなかった楽しい経験をされて、とてもお幸せだったのではないでしょうか。同居していても、私の友人のお母さまは、出かけた先で帰り道がわからなくなり、1週間後に判った時は、身元不明者として安置されていました。
楽しい話がお好きな、田辺聖子さんが、誰かが、ーーーしていたら、ーーーしていれば、と言うと、<タラは北海道!レバーは肉や!> と叫び、ニッコリされたそうです。 タラ、レバーは、それぞれにお任せ、自分が、今、出来ることを精一杯して暮らす事しかできませんものね。
早く、皆が会いたい人の所に自由に行ける日がきますように。
それには、自分も元気でいなければいけませんね。
チブリッツさん、その日まで、体調管理をしっかりとして、呉々も疲れすぎませんように。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
その中で、モデルとなった色川武大さんが「病気で亡くなるのも、事故でなくなるのも、どちらもその人の寿命が来たから亡くなるんです」と仰ったとありました
あつこさんも仰っていますが、Chiblitsさんのご両親は、たくさんの楽しい思い出を作られて、とてもよい人生を送られたように、私にも思えます
ご病気で苦しまれたのは、辛いことで、残念ですが、Chiblitsさんご家族との心のつながりはかけがえのない喜びだったのでは、と想像しています
親孝行なさいましたよ、Chiblitsさん
カルフォルニアのばあさん
が
しました
亡くなったのは「お役目が終わった」のだと。
だから亡くなったのを悲しむのではなく「お疲れ様でした」と思うと。
大変お世話になった主治医の先生が、今まで沢山の人を救ってきたのにご当人が70の若さで肝臓癌で亡くなられた時、これからどうやって生きていけばいいのか途方に暮れていた際、先生を長く師事していた薬剤師の方に言われたのです。
私より何倍も悲しい筈なのに。
母を亡くした時涙が出ませんでした。
母が生前よく「死んだらゼロよ。なんにもなくなるの」と言っていたからです。
母が唯一私にしてくれた尊い教育です。
失って悲しいのは自分で悲しいのを選択しているだけ。
亡くなった人は、残した人達が後悔するのも悲しむのも望んでない気がします。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
悶えるような後悔と共に思うのは、二度と同じ過ちは繰り返すまいという決意です。
これは亡き人が教えてくれたんだと。だから心に刻んで、岐路に立たされた時には「大切な事は何なのか」と自問自答しています。
それでも至らないことだらけの日々ですが、少しはマシな選択が出来ているのではないかと思っています。
後悔は消えませんけどね。もしもあの世があるなら「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えたいです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
しました
薬の管理 洋服の交換、入れ歯の管理などなど、家にいる時は、私が眼を光らせていました。客観的に見ると、家にいる時よりは汚れているかもしれない。しかし、身の周りのことがそこそこ出来るしっかりもののお姉さん(その施設では二番目に年長)として、お手伝いなど(家ではやらせることが出来なかった)をして気分よくしているようです。
母の場合 現在の精神年齢はティーンエイジャーにまで退行しており、干渉しすぎの親から解放されて、寮で一人暮らしを満喫する女子学生のような気分だと思います。
こんなのだったら、もっと早く施設にお世話になっていたらばとも考えてしまいます。
人の老い方は、本当に様々です。家で死にたいと最期まで主張していた義両親も、舅は施設 姑は娘の家の近くに転居と 最愛の自宅での最期は叶いませんでした。100才のおば様はおば様で幸せ、Chiblits様のご両親はChiblits様のご両親としてお幸せだったのではないでしょうか。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
100歳の叔母様、本当にご長寿ですね。
私の母は、父が亡くなってから4年後に、脳梗塞で倒れました。
12/31の早朝でした。
多分、数時間かかり、やっとのことで受話器を取り、私に電話をかけてきました。
その数日前に、年末のあいさつに母を尋ねてくれた方に聞いても、母に変化はなかったと。
これが、身内で一緒にいたら、もう少し前に気づいてやれたのか?と、やはり何度も思いました。
私は、母にある意味支配されてましたので、生まれてこの方同じ市内に在住。
しかも、実家から10分くらいの範囲で、引っ越してきました。
姉も、1時間以内の都内在住。
しょっちゅう、様子は見に行けますが、近いので、泊まって数日滞在することはありません。
Chiblitsさんご姉妹が離れて暮らしてたとしても、きっと、お里帰りはゆっくりと濃厚に過ごしてこれたのだと思います。
そして、この私の母も、そんな病に倒れながらも、今年は95歳になります。
脳梗塞後も、かわいそうでしたが、仕事があり、つききりでみてやることはできずに、母が自分で選んだシニアマンションにうつり、おととし、さらに老人ホームに引っ越して、なんとかやってくれてます。
近くても、一人暮らしです。それでも、長生き。
もう、命の長さは、決められているんだとつくづく思います。
鹿児島のご両親は、ふと寂しいことはあっても、お二人のご活躍を喜んで、応援してたと思いますよ。
長くなり申し訳ありません。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
コメントは、ちびちゃんがお星様になった時以来です。
私の話ですが、2019年の夏、2ヶ月くらい入院しました。その時もブログチェックは日課でした。
何気ない日常のありがたさを感じ、毎日楽しませて頂いておりました。
私の右眼が『急性網膜壊死』と言う病気に罹ってしまったのです。これは、ヘルペスウイルスによるもので、インターネットで調べるとあっという間に失明すると書かれてあり、入院中も毎日怖くて泣いて過ごしました。
2度の手術を経て、今は裸眼でもメガネでも0.4くらい見えています。幸い元々視力が良かったので左眼で全てのものを見ているような感じですが、先生曰く、この病気で今の私の状況は、すごく良い方らしいです。それも、私が病院に行くのが早かったから、治療を早く始められたからだと言われました。仕事も、クルマの運転も出来ています。
今は、50才台となり、帯状疱疹ワクチンを打ちたいと思っているところです。
まさか自分がこんな病気に罹るとは!
皆さんそうだと思いますが、予防できるならしたいですよね。
長くなってしまいました。最近、目を悪くされていたり、帯状疱疹のお話でしたり、ヘルペスのことでコメントしたくなりました。
お体をお大事にされてくださいね。
たまにででも、更新されてあると嬉しいです。
88才の母と12才のチワワと暮らしてます。。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
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