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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (12)
ご夫婦そろって、よく尽くしてらっしゃいました。
こんなに離れた空の下の私も、その思い出の一部が共有できるなんて、考えたら凄い世の中ですね!
カルフォルニアのばあさん
が
しました
私の実家は子どもたち(私と妹二人)の誕生日は祝っても両親の誕生日を祝ったことがなかったです。理由は、両親ふたりとも生まれてすぐに役所が火事になったか何かで記録が焼けてしまって、あとからうろ覚えの記憶で出された日付なので本当の誕生日ではないと。戦前戦中の生まれなのでそんなこともあったのかと思っていましたが、大人になってから考えると親も兄姉も覚えていなかったのかと不思議でした(ふたりとも歳の離れた兄姉が数人います)。
両親の誕生日を祝うようになったのは私達が結婚して子どもたちが生まれてからです。本当の誕生日ではなくてもじいじい・ばあばあの誕生日を祝いたいとの孫たちの希望です。
私は両親の結婚記念日も知りません。実家で祝ったことがないからです。なので義両親から「今日は私達の結婚記念日なのにお祝いのメッセージを忘れているね」と催促が来ると(毎年です)自分の両親からは誕生日でも記念日でもそんなこと催促されたことないと複雑な気持ちになります。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
やっぱり生い立ちによるんでしょうね。
私は、実家の父がかなりの暴君だったので、誕生日は始まりはよくても最後はいつも父の機嫌が悪くなって、嫌だった記憶があります。あまりよく憶えてないんですけど。
だから、大人になったら、自分の誕生日は楽しく過ごしたい、お祝いしたい、と思っていたんです。でも、オットになった人は、これまた家庭にトラウマのある人で、温度が低いばかりか、私の誕生日を忘れるので、結婚当初は大モメでしたよー。
今は、あきらめて、自分で欲しいものを買って(花とかケーキとか)自分で祝うようにしています。そしたら、どういうわけか、前よりは憶えているみたいです、私の誕生日・・・(苦笑)
じいさん様、ちびちゃん、ラスタちゃんはじめ、動物にとてもやさしいですよね。こういうエピソードを読むと、心がじわ〜んと温まります。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
それとなくの連絡が入り、チブリッツさんのお誕生日におめでとうのメッセージがお姉様から入るようになった訳、 三人三様の温かい心が行き来して、いいなぁ〜、と私もほっこり。 私の両親も満州引き上げで、子供を生かしておくだけで精一杯、誕生日を祝ったもらったことはありません。 結婚してからは子どもの誕生日は祝いましたが、自分たちのは忘れていました。 二人の息子は、社会に出るようになってから、私の誕生日には必ずメーセージが届くようになって、誕生日は幸せを噛みしめる嬉しい日になっています。
じいさん様の優しさには、いつも温かいものを感じます。
うちのじいさんは100キロ近くあり、私は36、7キロ、夫が寝返りをうつと、地震のようにマットが揺れて、私は目眩がしそう、と同時に、掛けてあるものが、全部あちらに引っ張られ、引っ張り返すと、こちら側に寝返り、天狗のうちわのような手がバンと重石のように乗っかり、と チビちゃんのように心地よく眠ったことがありませんでした。 そして、2年前からレム期活動症とか言う、夢を見て、突然に暴れ出し、蹴ったり腕を振るったり、挙げ句の果てにその勢いでベッドから落ちて怪我をしたり、と言う行動が始まったのです。正気に戻り、<大丈夫だよ、心配しないで>、って。 こっちは全然大丈夫じゃないのよ、と思っても、落ちたことしか覚えていないのです。 そんなことが度々起きるので、お互いの部屋のドアは開け放して、今は私の部屋で、ゆっくり安心して寝ています。 昨夜も、叫び声をあげていましたが、また始まったわ、ぐらいで、落ちた音がしない限りは気にせずに寝ています。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
今日は洗濯日和です。
朝から洗濯機回ってます。
2階のベランダ干しなので竿を拭いて
角ハンガーも使い結構良い運動になります。
昔の人は たらいと手絞り大変だったことでしょう。
でもしゃがんだり立ったり着物の帯も手を後ろに回したり
布団をたたみ ちゃぶ台で食事だったり 正座等
和の生活の素晴らしさを痛感します。
年齢を重ねたらちょっと難しいですね。
テクテク徒歩で数時間も歩き一日中運動していたわけだと思います。
今更ながら尊敬してしまいます。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
不満も言える環境ではなく、言ったとしても返って来る言葉は、母親が生死と戦ったなどの理屈になったことでしょう。そんなの聞くの益々嫌だから黙って我慢してました。
ところが、28才で出会ったドイツ人は誕生日を大切にする人で、その後は毎年祝って貰いました。
その習慣が身に付いたのか、ここでのコメントも誕生日は特別な思いが湧きます。
じいさんさんの誕生日 月日が間違ってましたね。
母がまだこの世にいた頃、私の誕生日に庭に咲いた鉄砲ユリを持って実家に訪ねました。
それを見た母は、私に母のお兄さんの命日が頭に有った様で、その人の為の花と勘違いでした。
伯父さんの命日だから持って来てくれたのかい、と。
今日は私の誕生日だよ、と言ったらあぁそうだ、、、でお祝いの言葉はなかったです。
生きている内に優しくされたい。死んでからでは遅い。
その時、私は死んだ人より、今生きてる人を大切にして生きて行こうと決めました。
生きてる時、いろいろ味わいたいです。
そんな父母 昨日眠る前 もっと優しくしたかったな、と思いました。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ごめんなさい。
朝来客があり あわてて無関係なコメント 失礼しました。
先程 帰られました。
今 読んだら 洗濯早く終わらせないとの焦りで…。
お誕生日おめでとうございます。
子供の頃は誕生祝いはしなかったです。
両親共に特別にしなかった気がします。
コロナ以前までは 忘年会 新年会等イベントありすぎだったかも。
世の中いろいろ多忙過ぎて当たり前になってきたのです。
普通にシンプルに生活して行けるようにと思います。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
しました