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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (17)
わたしも今年になってから、随分便りを貰うことが増えました。「体の弱い子」で通っていたので、生存確認の便りです。メルアドやLINEを交換していない人が、わたしの実家経由で手紙をくれたり手紙をくれたり…。
凄いなあ、と思います。
わたしなんか、自分と家族のことで精一杯なのに。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ブログに書いてすぐにそんな偶然ってあるのですね!鳥肌が立ちました。
先生今おいくつぐらいなんでしょう?Yearbookのお写真の面影があり、お若くお元気に見えますね。
今日のラスタの写真も可愛い😍
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ラスタちゃんは目もきれい!!
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ワトソン先生、面影がありますね(*^^*)今もボランティアをされ、元気に過ごされていて、嬉しいですね。しかも偶然お会いになったということがすごいです!
私の小学校高学年のときの担任の先生はまだ当時30代前半だったと思うのですが、私が社会人1年目のとき、職場の方から、その先生がご病気で亡くなっていたことを知らされ、落ち込みました。。。毎日ギャグ(?!)ばかりで、たくさん笑わせてくれた先生でした。
命があることに日々感謝して、生きていこうと改めて思います。
ラスタちゃんの舌、かわいすぎます♡
お洋服もかわいいですね!
カルフォルニアのばあさん
が
しました
素敵な話に、. K-co さんと 同じように、鳥肌が立ちました。
鳥肌が立つほど怖かった、と よく聞きますが、私は感激した時だけで、
怖い時には体が硬くなり、震えますが、鳥肌が立った記憶がないのです。
きっと、チブリッツさんの事、覚えていらっしゃると思いますよ。 留学生が珍しかったその頃、初々しい日本の女の子が緊張して、ハイ!と元気よく応えた姿は、先生の記憶にしっかりと刻まれて、今でも、日本の女学生を見るたびに、チブリッツさんのあの時のお顔を思い出して、笑顔になられるのではないかしら。
人生には三つの坂があると言いますね。 上り坂、下り坂、そして、まさかの坂だそうです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ここの図書館のカタログみていたら、Chibilitsさんのお料理本がありました!
さっそくHoldのリクエストしました。
楽しみです。
先生、お元気でよかったですね。
ラスタちゃんのきれいなおめめとかわいい舌!
癒されますね〜。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
今日もラスタの写真が可愛くてクスッと笑い...,ありがとうございました🙂
カルフォルニアのばあさん
が
しました
懐かしい方の消息は嬉しいですね。
1997年と書いてありますが、1967年の間違いですよね。
失礼かなと思いながら書いています。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
きっと覚えてますよ。可愛かった 可憐だった 純情だった、、、、形容詞をつけると、即思い出しますよ。
じいさんさん お兄さんとの交流があって何よりです。株の話しの他に子供の頃の話題にも振れられるから。
私も隣町にいる姉とそう言う時を、と考えたのですが、姉の体調やその他の事で諦めてます。
Chiblitsさんは、お姉さんは日本だけど、大好きで波長が合う友人がいるから、じいさんさんと同じかな。
歯医者も行ったけど、内科医も行って、待合室のTV アメリカ大統領選挙のニュースでした。
両陣営の合戦 ふたりの演説 支持者の行動の姿にアメリカを思い出しました。
しつけの厳しい環境 感情表現すると親に叱られてたので、こんなアメリカに着いた時、身体で居心地の良さを感じました。今でもその気持ちは変わらないのですが、Chiblitsさんが日本人は大人しい 静か、、、も今では、よい方にも理解出来ます。若い時はそれが物足りなかったです。ラテン系が好きだから。
あんなに気持ちが落ち込んでたのに、昨日は他人に会って元気になりました。今も元気です。
最近の私は、落ち込む度に何かを学んでより強くなった、と自分では感じてます。
相手に文句 悪態を言わずに、元気が復活するのでそう信じてます。
じいさんさん お話ではなくて、ランチ 運動でしたね。自分の事に変換してしまいました。
それに前科があるのですか、結婚する時も大変だから、既婚でよかったです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
その当時、アメリカの高校に留学する日本人の高校生は、ほんの少数だと思います。印象が強かったと想像します。
チブリッチさんが、アメリカの高校へ留学した頃は、留学自体が、憧れと共にどこか「未知の世界」への冒険の様な感覚だと思います。チブリッチさんのご両親の大きな決断は、凄いです。
ワトソン先生が、博物館でボランティアをされている記事を読んでいて、思い出しました。うちの夫の高校の先生です。やはり、退職後に地元の郷土博物館でボランティアをしていたそうです。残念なことに亡くなりました。ワトソン先生には、お元気な限り活躍して欲しいです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました