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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (8)
カルフォルニアのばあさん
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カルフォルニアのばあさん
が
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私は大切な人を失う。と言う事がChiblitsさんよりも先だったので、Chiblitsさんがちびちゃんの事、忘れないかを不安になり、その事に焦点を当ててた記事を読んで、Chiblitsさんのその時の気持ちに、異を感じてました。愛情表現で、Chiblitsさんは、そう思ったのだと今では思えます。
お姉さんのこの情景、深く記憶にあります。
東京にも住んでた時、周りが名の知れた人たちがいる環境だったので、向田邦子さんの出来事と、お姉さんの姿が重なりました。
向田さんは、愛する人を亡くした時、タンスを開けたままそれにおおいかぶさる様に、泣いてたそうです。
お姉さんにとって、Chiblitsさんは甘える事が出来る人なのですね。
ライバルとか、競争する関係ではなくて,人間の温かさを感じます。
お姉さんのちょっと気になる言葉も、お姉さんのこの気持ちを思うと、お姉さんを人として、愛しく思わずにはいられないでしょう。
Chiblitsさんは日本に来て、お寿司を食べないのか、温泉にいかないのか、贅沢をしないのか、と勝手に自分の欲望を照らし当ててましたが、何でも無い日常に宝があったのですね。少しは分かってるつもりでしたが、分かって無かったです。
忘れるから生きていける 全部覚えてたら脳が壊れるそうです。と自分の素に戻って、記憶としては保存してるそうです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
裏を返せば、何もかも覚えていたら、きっと生きてはいけないだろう、ということです。
誰にもそんな、息をするのも辛くなるような思い出がありますね。
ふと思い出してしまっても、色褪せている、またふと思い出しても、次の瞬間にはまた忘れている。
だから生きていけるのだと思います。
大人が大声をあげてなくのは、よほどのことです。
でも、ある女性作家がセラピーにかかった際の様子を「涙は生まれ変わるときの羊水になったようだった」と書いていて、泣けるというのは癒しの始まりなのだと思いました。
悲しみをきちんと悲しんでおくことが大事だとも、よく言いますね。
泣ける時は何度でも泣いておきましょう、お互いに。
カルフォルニアのばあさん
が
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あの悲しみや苦しさが、ずっと同じ状態で続いたら、それはとてもつらいことだと思います。「忘れるから生きていける」いい言葉をありがとうございます。
茄子のチーズ焼き、今晩早速作ってみます。おいしそう!!
カルフォルニアのばあさん
が
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忘れるから生きていける、その通りですね。
でも忘れてはいないのですよね。
いつでもどこか片隅に置いてある、それがふとした時に浮かんでくるような…
私は10年前に初孫を3ヶ月で亡くしました。
その時のお嫁ちゃんや息子の気持ち、私たち祖父母の気持ちは思い出しても辛くなるのですが、時が経ち毎日手を合わせて話しかけていると姿は無くてもそこに居ると感じてます。
お姉さまもこの一年たくさん話しかけていたでしょうね。
そしてそこに居ることを感じていらっしゃるのかもしれませんね。
カルフォルニアのばあさん
が
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いつも拝読させていただいています。
やさしい飾り気のない文章が心に沁みていきます。
わたしの妹は25歳で自ら命を絶ちました。
その後のわたしの苦しみは長く続きましたが、毎日少しずつ日常の中から妹の存在が薄らいでいきました。
きょうの記事でそのことを思い出しました。ありがとうございます。
今は2匹の犬たちと元気に楽しく暮らしています。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
忘れていた苦い思い出も嬉しい思い出も、何かの拍子に釣り針に引っ掛かって突然目の前に現れることもあるでしょう。
でもその時に気づくのは、時間の流れが角を削ってくれたか何かで、その思い出の形が少し変わったということ。そしてそれを記憶の川底にそっと戻す。そういう事の繰り返しがあると思います。
今回の滞在でお姉さんとの最後の夕食が、隅田川岸に並んで座ってというのが、おふたりの記憶の川を眺めるという象徴のような気がします。
こちらはこの時期にしては肌寒い毎日でしたが、ようやく日差しが戻ってきそうです。
お気をつけてお帰り下さい。お待ちしてます!
カルフォルニアのばあさん
が
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