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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (28)
続きのお話が待ちきれない〜(笑)
こちらは猛暑。 東京も36℃
へろへろです。
ちびちゃん、本当にフワフワになって益々愛らしいですね。
どうぞ楽しい週末を。
わ!連載物みたいでわくわくします。 早く続きが読みたい。
日本人らしい緻密な所、得意だったんですね。
10年位前に日本で治した歯、2本同じ時にだめになり1つはセラミック、物を食べてたら違和感があって接着面できれいにとれてました。で、もう一つはルーツキャナルのオペになった、って事はちゃんと治療されてなかったのに封されてた。って事でこっちの歯医者さんで 古いスタイルだねぇ。っていわれましたよ。(って、いやいやたぶん同じ年位で若いんじゃあないか?その頃若い人が集まる所で”ハイカラ”な先生でしたよ)で、これまた若いチャイニーズ系の先生(ハワイ島とオアフに診療所持ってる)に治してもらいましたが治療も大変でしたが治療”費”も大変でした。(笑)
何事も”土台”ベースが肝心です。
Chiblitsさんが手がけた物を使われてる人。重宝されてると思います。
それにしても日本語・英語、ミックスマッチ。っていうのはこの事ですよね。(ノート)
今日は静かな日ですよね。 お昼ねされてはいかがですか?
ミンミンゼミが鳴き始めましたよ!
セミって、種類によって鳴き始める時間が違いますネ。
ミンミンは早いほうと思います。(昔、キャンプでテントに寝て気づいたです^^)
キャスターさんの明日が楽しみです!(^0^)
それから、植木鉢の写真がいままでなんだかわからなくて、キミがわるく(ゴメンナサイ)、最初の頃はこれをクリックしませんでした(*^^*)
きょうは力強くクリックいたしました!(^0^)/
今、歯医者さんから帰ってきたのだけど、とうとうパーシャル入れ歯と言う段階になっちゃて、まず虫歯のクラウンを取ってもらったのですけど、これいつ直しましたか?って聞かれて60年以上前、なんていっちゃったけど、今よく考えてみたら40年の間違えだった。60年前だったら、私今何歳だと思ってるの!って帰って来てから不思議がらなかった歯医者に憤慨したけど、どっちにしても化石的だことだから許します。
暮らしながらのリフォームは何かとご苦労の多いことと思いますが、chiblits家の劇的ビフォーアフター、私も楽しみです❗️
セラミックをされていたのですね。
私は信州の田舎の歯科医院のお抱え技工士なので(笑)、セラミックなどは院外のラボへ、メタルの土台や
義歯を主に作っています。
田舎は特に40〜50代に根管治療をされずに抜歯されて、総義歯になった方が割りと多く、今作っている方はなんと100歳です!
色あわせって本当に大変ですよね。
私もシェードガイドと患者さんの歯をにらめっこしながら見るのですが、作る人にうまく伝わらず微妙に
色や透明度が・・・って言うことがあります(涙)
自分のことばかりですみません><
技工士って本当に少ないのでなんかすごくうれしくなっちゃってコメントしちゃいました。
続き、すごく楽しみにしています♪
私も 続きが知りたいです(=^・^=)
先日のオーブンの話 大事に使っておられたことも大きいですが、58年も使えるオーブンが 自分の生まれる前に もうアメリカには生産されていたことに 驚きました。
子供の頃「奥様は魔女」とかを観て 外国のキッチンに憧れましたが、そのままだったのですね。
つれづれの写真の謎・・ わたしも 何かなぁ と思っていました(=^・^=)
本当に大切だと痛感しております
今の歯医者さんは2007年の冬からで8年目です〜50半ばから突然いろいろ支障が出て(泣)治してはまた違うところが…また治しては…の繰り返しです
歯周病って歯槽膿漏と同じみたいですね
歯が長くなってきて 歯茎との間が
しみてきてます
両方下奥2本 計4本義歯になっちゃいましたよ
ちびちゃんはまだ歯があるから羨ましいです
我が家のヨーキーコナは17才で歯はありません 歯茎で餌を食べています けなげです
犬の義歯はあるわけないです(苦笑)
そして、バイリンガルでアメリカでバリバリ働いていらっしゃった!(私なんて、今も叶っていません)
最近でこそ、自分のことをばあさんと言い始めましたが、実は絶壁に指をかけて”自分はまだばあさんではない〜”と抵抗してます(爆)
それに引きかえ、そんな昔から(このブログ、始まった時点から、この題名ですよね?)自分のことをばあさんと呼んでらしたなんて、なんて謙虚な!
私は、やる気は1mmづつ戻ってきた気がしますが、体がついて行かないことに気づいてガックリです。以前出来ていたことが年々出来なくなっています。
こういうキャリアのお話を読むと励まされます。
またどんどんこういうのを書いてください。
まだ仕事をやり始めた頃、モデルルームで土台作りやトリミングをやっていて、目のアレルギー問題が発生、次に指がアレルギー反応を起こし腫れたり、膿が出るようになり、最後にはハンドツールの使いすぎで、腱鞘炎が悪化。左の手はすでに手術済みだったのですが、ついに右手も手術を避けられない状態までいったのです。手術後4ヶ月で仕事に戻りましたが、腱鞘炎だけでなく、別も問題も発生。私の手はあの精巧なトリミングツールを握ってこの仕事を続けるのは無理という医者の判断と、私も手だけでなくいろんなことを含めてこの仕事にはやっぱり向いてないと再確認し辞職しました。
でもあの頃学んだことはまったく別の今の仕事にも何らかの形で役に立っているんですよ。地味な仕事ながら、ストレス度の高い仕事ですよね。この仕事を長年続けてこられたChiblitsさんを尊敬します。
この年だから解る、chiblitsさんの
経験談。
そうなんですよね〜。
まして、お仕事だったから、どんなにかその後、気になったことでしょう。
最終的には素晴らしい歯が
作れたのですね。私も欲しい美しさです。
でも、その経験って、何事にも当てはまることですね。
東京はすごい暑さです。
自家製酵母作りがうまくいかず、
湿度の高い時には、やめた方が
いいのに、マカロンを乾燥中です。
日本では今夜のニュースで「カリフォルニア各地で山火事が広がり
『非常事態宣言』が出された」と言っております。
カリフォルニアは広いとは思いますが、チブリッツさんの地域は大丈夫でしょうか?
雨が沢山降ってくれると良いですね!!
36度あれは 風が熱いですね。 こちらも先週はそうでしたけど この週末辺りから少し涼しくなりました。 孫ちゃんが来ている時割と涼しかったので庭でボール投げをして遊びました。 今日はもっと涼しいです。
又月曜日が始まりましたね。 今日はこれから仕事が一杯溜まっています。 洗濯から色々。 ひろはさんも楽しい1週間になりますように。
はい 頭は悪いけど手は器用でしたよ。
どうして日本の歯科はアメリカと比べると相当遅れていたのでしょうね? 最近はどうか全く分かりませんが 私が若いころの日本の歯科治療は 目茶目茶で こちらに来てから殆どやり直しになりましたよ。 でも22歳の時に入れたクラウン これは鹿児島の歯医者さんだったのですが 今でもしっかりとしています。 アメリカでプラクティスされていた若い先生でお抱えの技工士を育てていました。 このクラウンはアメリカの歯医者さんよりいい仕事です。 歯茎から上に1mmくらいのところがマージンになっているのです。 印象をとる時これなら間違いなく綺麗にとれますから。 あははは 私達シニア友の会話は酷いクックすマッチですよ。
随分早起きなのですね〜! 私も最近は7時半ですよ!! 大工さんが来られる前に起きなくちゃです。(笑)
セミ こちらでは殆ど聞きません。 懐かしいですね〜!
コメントでこれは一体何の写真なのかって3回くらい聞かれましたよ。
あははは 計算間違いでした!
指摘してくださって有難うございます。 時々最近ね 自分が67なのか66なのか計算しないと分からない時がありますよ。 私 40歳で開業と書きましたけどこれもちょっと違ったみたいで開業の準備をしたのは1989年でしたから41歳だったのですね〜。
あははは カイシャさん 20年の計算間違いでも話が通じるのですから 私達年をとりましたね〜。
3回コメントで聞かれたのですよ! あれは何の写真ですか??? って
きっと 他にも不思議に思っている方がいるだろうと思って書いたのですが cassidyさんもなんだろうと思っていらしたのですね! 書いて良かった!(笑)
もう前のカウンターも流しも何もない 箱状態です。
お抱え技工士なら全て一人でするので凄く色々な事が学べますよね。 私は独立するまで殆ど大きなラボで分業だったのでワックスの仕事しかしていなかったのです。 最後の一年フィニッシュ(磨き)やキャスティング(金を流すの 日本語では何というのかな)もして独立の気持ちが大きくなっていったのです。れおんさんは総義歯や取り外しのできる入れ歯もつくられるのでしょうね。 私は総義歯は一度も作った事がないです。 アメリカでは取り外しのできるラボ(デンチャーラボ)とクラウン ブリッジラボと二通りあってど両方するラボは殆ないです。
100歳! 凄いですね! 日本では女性の歯科技工士は少なくないですか? こちらでも男性の方が多いですね。
こんにちは〜
私は1966年にアメリカに初めて行った時 大きな冷蔵庫 電気の皿洗い機 オーブン 本当にびっくりしました。 当時 普通の家庭ではオーブンもある所は少ないくらいでしたから。 本当に当時テレビで見るアメリカのドラマのようでしたね。
Wakoさんも私と同じ年代ですね。私達の頃は歯科衛生はあまり言われませんでしたよね。 頭のシラミとか(笑) 手洗い等は言われましたけどね。
ひえ〜 計4本の義歯って立派ですよ! 私なんて半分以上が義義歯ですよ。 自慢にもなりませんね〜。
あははは 今はちびの歯も掃除しています。 驚く程 毎回汚いです。
私が子供の頃60歳を過ぎた方は皆さん立派なばあさんに見えましたけどね〜今頃はちょっと違うのかな。(笑) でも孫チンからみたら立派なばあさんですよ。
いえいえ その抵抗は立派と思いますし 体にも心にも良い事と思いますよ。 ばあさん自覚が大きいと 暗い事ばかり考えてしまう事が多いです。 あと何年しかないんだぁ〜とかね。
本当に段々できなくなってくる事が増えていきますね〜。 昨日は孫とじいさんと3人でキャッチボールをしました。 じいさんがゴールキーパーみたいな感じで。 孫と私が投げあうボールを横から横取りするキャッチボールで 面白かったです。けどその後の疲労が大でしたよ。いつまでできるのかなぁと思った事でした。・・・そんなことは心配せずに 遊べばいいのにね。(笑)
キャリアの話 色々あるんですよ!! でも きっと退屈じゃないかなとおもっているのであまり書かないのですが。
光栄です! ここに来てくださるのが日課なんて。 とても嬉しいです。
私もそうでしたよ! 最初はモデルルームでピン立て トリミング のモデル作りから始めましたよ。 運転免許を取った時には配達まで行った事がありますけど高速を運転するのが怖くて 普通の道路で行ったら時間がかかり過ぎたことがありました。(笑)
私も自分でラボを始めた時に70歳まで頑張ろうと思ったですよ。でも手根管症候群がひどくなってそして肺も悪くなってこの仕事を止めざるえなくなったのです。 大好きな仕事でしたらとても悲しかったです けど 丁度同時に両親の具合が悪くなって それから数年両親の介護に専念できたので時期的には退職 丁度良かったのかなと今は思います。 1996年 肺の内視鏡検査までしたのですよ。 結局はアレルギー性の咳でした。 この仕事はあまりヘルシーとは言えませんよね。20代に戻れるなら別の仕事を選んでいると思います。
本当に何でも仕事はお金を頂いているのですから責任重大ですね。
東京は暑いですか。 暫く姉とも話していないですね。 最後に話した時は 寒いくらいと言っていましたからもう1月前だったのでしょうね。
マカロン! 一度だけ成功してから作っていませんけど 又作ってみたいお菓子です。 マカロン買うと高いですね。 材料費なんて殆どかからないのにね。
いえいえ 何度でも。(笑)
カリフォルニアの火事 200か所以上ですよ。 小さい所もいれると。 大火事は25か所くらい。 サクラメントの近くの火事が一番今大きくて殆どコントロールが取れていない状態です。
この辺りは大丈夫ですが 1996年の時は近くまで煙が見えましたよ。 空気も悪かったです。 空全体が煙で変な色になっていましたね〜。
歯科医院ではなくて歯科技工ラボですよ。 レントゲンとは関係ないお仕事でした。 幸いにして。 資格は歯科技工士です。 今台所がないので お菓子も作れないのですよ。 体重減るかと期待しています。(笑)
”歯科技工、アメリカ、料理。。。”等で
検索してChiblitsさんのブログを発見し、
楽しんでおります。
わたしは日本で歯科技工専門学校を出て、
実務経験無しでアメリカに来て、
貯金がなくなり、”歯科技工出来ないか?”
とおもいきや、USは、日本であんなにやり込んだメタルのキャスティングが無いと知って愕然として、諦め、なんとか大学で日本語の先生の働き口を得ました。
Chiblitsさんの歯科技工士としてのご経験、美味しそうなお料理のレシピ、チビさんの日々を楽しくチラ見させて頂いております。
。
歯科技工士ネタは、
え〜〜〜〜 メタルのキャスティングがもうないのですか? つまり金のクラウンを入れる人がすくないとうことでしょうね。 私の時代にはありましたよ。 セラミックのCopingとかブリッジのフレームWorkも必要ないのでしょうか?
でもMayさん 日本語の先生で正解でしたよ! 私も仕事はとても Creativeで楽しかったのですが体に良くないと思いました。 埃を吸うでしょう。肺にとても悪いです。 私は入れ歯は作らなかったのでケミカルの扱いは殆どなかったです。