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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (40)
お身体の方も快復に向かってらっしゃる様で
コメントも全快してからで ご無沙汰
毎朝ポチだけで 帰っておりました(^_^)
Chiblitsさん
ご家族も増えて どんと構えて 異国で永年
お過ごしで と 。。。。。
でもこんな日もあるんですよね
そちらで過ごす次女の姿と重なって 涙頂いております。
どうぞお身体ご自愛なさって
お元気な目で また ふるさとを日本を覗いて下さい。
でも無理をされませんように
涙で中々一気に読めませんでした
私はしょっちゅうGoogle Maps を覗いています
家は2年半くらい前の雰囲気です
年に2〜3回介護施設にお見舞いと
誰も住んでいない実家の片付け、掃除、草取りに帰国していました
草ぼうぼうの加減から何時頃の撮影かわかりました
実家は売却したのでもう,
おかあさ〜ん ちょっと 出てきて〜
と言うわけにはいかないの
次回新たに撮影されたら、実家だった頃とは違うのでしょうね
ずっとこのままニューアップデイトしないで欲しいです
お墓も覗きます
お墓は車道に近いところに面しているので
○○の墓という字も読めます
父は亡くなってからあまりにも長い年月が過ぎてしまって
でも母は昨年だったのでまだ心の中で会話が出来るくらいなんです
そして、ああ、もういないんだって、はっとするのです
もう直ぐお墓掃除に帰国します
お料理のこととかご家族のこととかほのぼのした気持ちでずっと拝読させていただいています。
私は、鹿児島のお隣の宮崎出身なのでChiblitsさんには勝手に親しみを感じております。
私もGoogle Mapで自宅や兄弟の家付近をうろついています。思わず涙がこみ上がるお気持ち良く分かります。
最近お身体の調子いかがでしょうか。どうかお大事に。
Chiblitsさんの真似をして私も実家をGoogleで見てみると、買い替える前の車が写っていました。
そして、庭先の植え込みに頭を突っ込んで手入れをしているサンダル履きの父が写っていて、プッと噴出したと同時になんかホッとしました。
高齢の両親ですが、いつまでも元気でいてほしいと我儘に願う私です。
私も朝からなみだ目で、読みました。
自分が懐かしむと同じ様に、娘もこんな気持ちで
涙する日もあるかと思うと、やはり年に一度は会いに行かないとと
思います。
元気な内に孫と触れあい沢山思い出を残しておきたいです。
ドイツのばあさん、又こちらで声を掛けさせて下さいね。
お母様のご冥福をお祈りします。
そちらはすでに夏日なんですね。昨日のをつい先ほどみてびっくりしました。水不足は深刻ですよね。草むしりを半日やってもうお風呂に入りたい
実家に居座り続けるワタシでも、お気持ちすごくわかります。
父や母がいなくなったときに、さびしい気持ちになるのかな。今はまだワタシは元気だよと笑って言えるだろうと思っているのですが。
呼ばれているお母様も姿を現せずはがゆい思いをされているかもしれませんね。でも必ずすぐ近くで見守ってくださっていますよ
幸いにも私の親は健在。昨日は結婚65周年記念日で 電話で話したばかり。 いろいろな病気を患いながらも いろいろな問題を抱えながらも 二人で何とか暮らしています。 毎年1ヶ月程里帰りし 毎週電話で1時間半ぐらい話します。
かけても「お客様のお電話番号は 現在使われておりません」との録音テープを耳にする日が いつかは訪れると思うと 胸が張り裂けそうです。 私にはタップリ時間はあり 母に毎日でも会いたいのに叶わず 日記や心の中で語りかけています。 毎晩寝る時(日本時間で朝)も 朝食とっている親に「おはよう」 そしてその日の出来事を報告します。
早朝や夜遅くに電話がなると ドキッとして心臓が飛び出してしまいそうになります。
時は刻々と経ち 両親にどれだけ時間が残されているのか 私には知る術もありませんが その日がまだまだ先でありますようにと ひたすら祈るだけです。
そして、その場所に住む日本人のブログを探したらいらっしゃいましたよ!あたしに見せる為にダウンタウン等の写真なんか載せてくれるから嬉しいわ〜。
母は10年間 介護施設でお世話になり
最後の半年ほどは私を見ても他人の表情でした
それで、私もあまり優しく接してあげることなく
部屋のソファで時間つぶしが多かったのです
わからなくても何かできたのではないかと、切ないです
後悔しています
もう帰らないだろうという時期に電話は解約しました
それでもしばらく電話をかけては「お客様のお電話番号は 現在使われておりません」
を耳にしていました
maru さん、お悔みありがとうございます!
うーーん、うまく言えませんが、うーーん、私はずっと日本にいるし、両親は死んでいるし、ペットも飼っていないし、うまく言えませんが、「しっかり!」してって、言いたいです!お会いしたことないチブリットさんですが、大好きなんです!
おかあさんが、なあに?って出てきてくれたらいいのにね。
私も母を3年前、父を6年前に亡くしました。
長く離れて暮らしていたので実感がわかず、最近やっと実感がわいてきました。電話でお母さんに聞こうとかお父さんに報告しなくちゃなんて思うたびに、ああもういないんだと思い、頼る人がいない深い不安と悲しい気持ちになります。いくつになっても子供ですね。今日のブログを見て涙が止まらず思わずコメントしてしまいました。
今日のciblitsさんのお話に思わず貰い泣きしてしまいました。
今日の記事を読んで、chiblitsさんが羨ましくなりました。
私の母は最近よく耳にする、いわゆる毒母です。
chiblitsさんみたいにお母様を想うことが出来たらなあ、とため息です。
せめて、自分は娘たちにとって心の拠り所となるような母でありたい、と思う。
お元気になられたご様子で何よりです。カリフォルニアは水不足なんですかー。日本にいると、水を節約、とかあまり意識しませんが、貴重な資源なんですよね。温暖化の影響だとすると、困ったものですね…
今日も、涙目でコメント中ですよ。
今は良い時代で、日本のお家が見えるのですね。
どんなにか懐かしいでしょう。
私も故郷が遠いですが、それでも
国内だから年に一回は必ず帰ります。もう両親はおりませんが。
でも、今は、やっぱり家族のいる
所が私たちの家ですものね。
懐かしくて恋しくて、でも、
幸せで安心な場所があるから
より懐かしく思えるのね。
日本から遠いカリフォルニアにお住まいのchiblitsさんの想いに、胸がいっぱいになって涙しています。
私は、主人の母を101才までみて、6年前からは、自分の母親と同居。
我儘な母親に、一生親の面倒を看ない人もいるのに…と、実は、時々思ってしまう事があります。
でも、後悔したくないので、出来るだけの事はしなくてはと思うのです。
私は、子供達に偲んでもらえる親になりたいと思うので、だから、何としてでも同居はしたくないと思っているのです。
chiblitsさん、その後体調はいかがですか。
ご無理なさらず、お大事に
今まで何度もブログは読ませていただいていましたが、コメントは初めてです。
今日の記事は今月末から2週間、鹿児島に帰る予定の私にとって高齢になってきた母と過ごす時間を大切にしようと改めて感じました。
実は私はchiblitsさんに親しみをもっているのです。それは、私は現在アメリカではたぶんお隣の町に住んでいて、さらに鹿児島ではお隣の学区の名山小、長田中学出身です。私もGoogleで実家、友達の家、通学路などを通ってみたことがあります。いつの間に時だけ経ってしまったのだろうと懐かしい気持ちと寂しい気持ちの間にいる自分に気付きます。
今回鹿児島に帰る際に買ってきたり、写真を撮ったりなにかchiblitsさんのお役に立てたらと思っているのですが。
またコメントさせてください。いつも温かい記事ありがとうございます。
実家の写真は2008年よりかなり新しいものに変わっていました。 空き地だったお隣が整備されていました。 大きな空き地に木が茂り森が隣にある感じで良かったのですが。 又近いうちに家が建つのでしょうね〜。 どんどん変わっていきますね〜。 両親が生きていたころの方が良かったです。 皆さんのコメントをよんで 近くの叔父や伯父のところまで今夜は足を延ばそうと思っています。
ポチ 有難うございます。
家族が増えても核家族で離れていますもんね〜。 毎日顔が見られると 実感がわくかもですが。 でもこんなして微熱があって元気がない時は 近くに孫がいなくてもいいかなぁなんて勝手なことも思っています。
今度はもっともっと遠くに足をのばしたいですね。
ドイツのばあさんもGoogle Mapを覗いていますか! 考える事は同じですね〜。
私も2003年 2004年と両親を亡くして2年間は毎日泣いていました。 ひょいと急に思い出すんですね。 いろいろな事を 後悔が多かったです。
私と姉は実家を処分する決心がつかないでいます。 生前父が関東大震災のような天災が起こったら 或いは カリフォルニアで大地震で家が崩壊したら いつでもかえってこれるように鹿児島の家は保存していたほうがいいと言っていました。 それが頭から離れず今に至ります。 でも私も段々年をとり 姉も私も以前ほど帰省しなくなったのですね〜。 実家は洋服も全て両親がいた時のままです。 あの処分を考えると気が遠くなります。
こんな微熱があったら帰国する元気もありません。 どうにかしなくちゃね〜。
お墓がそんなによく見えるのですか! お墓参りができますね!
Googleの写真 本当に画像がいいですね。 でも上から見る画像は何故か拡大できないようになりましたね。 私は実家の裏庭を見たかったのですが、前のように拡大できませんでした。 治安の為かな。
初めまして lovecalさん
いつもご訪問有難うございます。 宮崎出身ですか! lovecalさんもGoogle Mapでうろつきますか。 私も家の周囲をずっと歩きます。 本当に戻ったような気持ちになりますよね。 とてもお天気の良い日に写真は撮られて様で歩くのも気持ちがいいです。 今日は叔父の家まで歩こうと思っていますよ。 実家から歩いて5分なんですよ。
未だ喉が痛くて咳払いです。 熱も完全にとれていない感じがします。 ちょうど今頃夕方になると体がだるくなります。
今回の風邪は回復に時間がかかっています。 昨日姉と話したら姉も酷い風邪を引いていました。
へろさんもご実家を訪ねたのですか!! そうなんですよね〜 Googleの写真はいつのものか分かりませんね。 自分の家なら花で分かるのですが。
うわ〜〜 お父様が庭に出ていらしたなんて! 何という偶然でしょうね! お父様はあのへんてこなGoogleMapの車を見られたのでしょうか。 もしかしたら気がついていらっしゃらなかったかもですね。 でもいいですね〜 ご家族が写っていたなんて。
本当に時間がかかる回復です。 でも1週間前と比較するようにしています。じゃないと気が滅入ります。
年に一度は会いたいですよね。 本当に元気なうちは会わないとと私も思います。 元気がないと2時間もドライブする気力がないです。
肉親をなくすと 2,3年は毎日思い出します。 私は後悔の気持ちばかりでした。 涙が出てくるのはいつも後悔からでした。
昨日も今日も全く夏日です。 幸いに夜は冷えるので助かります。
あまりにも乾燥して暑いので 畑の土は干からびてかちかちで草もあまり生えてきません。
そうそう お風呂と言えば 物凄く乾燥しているので暑くても汗は出ないのですよ。 さらっとしています。 黄色ツバメさん 良い時期ですね。 家族がそろっているときが一番良いですよ。 でも人間は永遠ではないから今を大切にと思います。 両親が生きている時はそういうことが現実的に思えませんでした。 私もいつも両親が見守っているからって思うんですよ。
ご両親様は65周年ですか!! とっくに金婚式を終えて今度はプラチナですね!
素晴らしいですね〜。 病気を抱えながらもお二人というのはお互いに心強いです。
私は両親がなくてなってから3年くらいは 実家に電話をしました。 誰も電話に出ないのは分かっていても当時の電話をかける感覚を思い出したくてよくかけました。
今は国際電話が簡単にできるようになったので便利ですね。 私も最後数年はSkypeで実家と日中は丸一日繋がっていました。
ご両親様がいつまで健康でありますように。
私も両親が健在の時はいなくなるときが来るなんて想像もしていませんでした。 いなくなって初めて人間は本当に死んでしまうんだと思いました。 それまでは身近に死を感じた事がなかったのですね。 いつも何回会えるのだろうという気持ちでしたからできるだけ帰国するようにしていました。 それは良かったですが これで十分だったという気持ちにはなかなかなれませんね。
体調が悪い時って、やはりいくつになっても、両親、特に母を思い出したりするものです。
図々しくも、勝手にChiblitsさんの事を、母のように、姉のように、友達のように感じ、遠くから見守っているのです。多分ここにこられる方は、みんなそう、、、
どうかお体に気をつけて下さいね〜
Chiblitsさんがみんなの元気の素なのですよ〜
変わっているのを発見するのは寂しいですよね。 私もついでに小学校の頃に住んでいた平田公園の前の家に行ってみたら 駐車場つきマンションになっていて全く面影もなかったです。 隣が八百屋さんだったのにそれもない。 皆さんどうしているのかなぁ〜。
へ〜 ブロガーさんを見つけましたか!
当時住んでいる時直ぐ近くて山崩れがあり母の知人が亡くなったのです。 その山崩れの跡がまだ残っていましたね〜 あれから50年も経つのに。
私の母も最期の半年は私が誰か分からなくなりました。 記憶のなくなった母とは最後のお別れができなかったような気持ちになります。 お別れが中途半端のような。 でもそれはこの世を去る母の悲しみを見ることがなかったので私の心はそれだけ波立つ事はなかったのかも知れません。 なくなる1週間前に最後のメールを送ってくれた父のことを思い出す方が辛いのです。
ドイツのばあさんも電話をされたのですか。 私も暫くは実家に電話をしていました。 誰も出ないのは分かっていても 生きていた頃の真似がしてみたかったのです。
しっかりしなくちゃね〜
その為にも早く風邪を治したいです。 病気の時は暗いことばかり考えてしまいますね。
Google車は道路しか通らないんですね〜。 当然なんですけど。
以前は上から見たサテライトの写真がもっと大きく拡大できたのに今はできなくなっていますね。 以前は裏庭の木まで見られたのに。 あまり良く見えると犯罪に使われるからかしら。
写真は昔のもので母が玄関に立っている写真だったらと思います。
初めまして。 最初から読んでくださっているのですか! 有難うございます。 何か 8年間書いていると書き方が変わってきているでしょうね。
3年前ですか。 私も3年目にこのブログは始めました。 本当に! 電話で報告しなくちゃという気持ち なってしまいますよね。 私は電話までかけていました。 誰も出ないのは分かっているのに。 そして あぁ 矢張りいなくなったんだなぁと思うのです。
夢でも会えると嬉しいですよね。 最近は両親の夢を見なくなりました。 最近夢をみないと思っていたらただ忘れているだけなんですね。 夢も覚えていないくらいに記憶力がなくなったのかもです。
毒母って初耳です。 でも検索して今知りました。
そうですよ。 何でも反面教師ですよね。 私の父も反面教師で優しい親 家庭を大事にする人になったのです。 祖母が毒親でした。 でも祖母も60を過ぎたあたりから凄く変わってきて最後はとても父に優しい母親でした。 カリフォルニアは年々砂漠化しているらしいです。 南には大きな砂漠がありますから 広がりつつあるんでしょうね。 歴史には200年旱魃が続いたこともあったのが分かっているようですよ。
ごめんなさいね〜 泣かせてしまって
一年に一回帰れるのですか。 羨ましいですね〜。 誰もいなくてもほっとするでしょう。 そうですね。家族がいるところからは離れられませんよね。 もしもし 一人きりの生活だったら実家に帰っているでしょうね。 今はまだ95歳の伯父夫婦 80歳の叔父夫婦が近くに元気でいますから 鹿児島にしばらくでも住みたい〜という気持ちはあります。けど無理そうです。
え〜 お義母様は101歳でしたか! ご主人様は長生きの家系ですね。
私はじいさんの両親は早くに亡くなったので義両親との縁はとても浅いのです。 その分だけ自分の親に集中できました。 中には同時ということも少なくないですからね〜。
介護は大変です。 nekomamaさんもお体を大切にあまり疲れないように時にはストレスを発散させるような楽しいことができるといいですね〜。 私は3日前から風邪をぶり返してしまいました。 おばかなことです。
初めまして。 いつもご訪問有難うございます。
ご実家は鹿児島ですか!!! 何だかこちらまで嬉しくなります。 え〜〜〜今お隣の町ですか!! そんなに近くに鹿児島出身の方がいらっしゃるなんて!! 名山小、長田中学ですか!!! はい お隣ですね! そしたら照国神社なんて直ぐ近くですね! 私の戸籍は東千石町なんですよ! 照国神社には犬の散歩によく行きました。 そうそうMonehさんもアメリカ生活なら浦島太郎で私と同じですね。
Monehさんはブログをしていらっしゃるのですか。 そうならブログに乗せて下さい! ブログがなかったらPicasaはどうでしょう。 私は個人の写真は全部Picasaに載せてお友達にリンクを送っています。 ご実家は今でも長田中の近くですか? 私の実家は吉野に引っ越しましたけど両親とも南風病院にお世話になったのであの辺りはよく歩きましたよ。写真楽しみにしています!
私ちょっと動きすぎてこの3日又客戻りしてしまいました。 馬鹿なことです。
はい、仰るとおり この3日間両親や亡くなった方ばかりのことを思い出していました。
「母のように、姉のように、友達のように」見守ってくださっているのですか。 有り難うございます。私は幸せ者です。 クリスチャンのお友達も私の為に祈っているって書いてくださっています。本当に有難いです。