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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (28)
とてもすてきな墓地ですね。
本当にまるで、公園です。
日本とは墓地に対する考え方が違うのでしょうかね。
土地も広いし、火葬しなくてもよいとか、根本が違いますね。
私も両親のお墓と、夫の両親のお墓参りをしてきましたが、
実は、いろいろ考えましたが、私は自分が亡くなったら両親のお墓に入りたい、と夫と子どもに伝えてあります。
遠い将来ではないので、考えるようになりました。
田舎のお墓はごちゃごちゃです。狭い土地に彼方此方と墓石が立って居ますし、黒い石が多いのでやっぱりおどろおどろした感じです。
広くて綺麗な墓地ですね。狭い日本では考えられません。出来たらいつでもお参りできるところがいいですものね。
ご両親もお墓が何時でもお参りできるところにおありになることをきっと喜ばれてると思います。
我が家も夫婦共々70代半ばになって来ましたので、今年3月に見晴らしのよい季節の花が咲き乱れとくに桜の花が多い高台に墓地と墓石を購入しました。
大阪では大阪市内にマンション形式の永代供養もしてくれるお墓があります。
今マンションに住んでるものからすると、亡くなってからもマンションはと言う事で、自然を感じられる今の墓地を選びました。
アメリカのスケールと生活様式と文化の違いを大いに感じますが、他界して土に帰ることはどこも同じのようですね。
人はよいことに、忘れることが出来る生き物です、忘れることが出来なければ、なかなか前に進むことが出来ないですよ。時間は停止したままだと思います、妻を亡くしたこの男性は。少しずつ忘れていけると良いですね、祈ります。
生きている時から仲が良かったので余計にお墓参りに行くんでしょうね。
親のお墓参りは、年1回だそうです。
でも、いい墓地ですね〜。
アメリカの広さを感じます。
本当に深く深く愛してらっしゃったんでしょうね。
感情移入の激しい私はもうすでに涙目です。
自分がそんな風に愛されてるとはとてもとても思えないのが、これまた悲しいですがwww
その旦那さまの毎日が心安らかな日々であることを祈らずにはいられません。
chiblitsさんご一家は、かなり昔からアメリカで生活されているのでしょうか?
今から53年前、私の父もアメリカに移住しようとしたのだそうです。でも直前に、行こうとしていた州が移民を受け入れないことが分かって断念したそうです。
その時行っていたら私は今頃どこに・・・運命というのは分からないものですね。
その話はごく最近聞いたのです。
どうりで私の両親はアメリカナイズされた人たちだった・・と思いました。
話が反れました。
美しいお話、アメリカのお墓だから絵になりますね。
日本のお墓はどうも雰囲気が暗くて、あまり長居したい所ではありません。
アメリカでもお盆?(皆がお墓参りをする日)はあるのですか?
何年経ってもかえすがえすも残念でたまらないのでしょう。女性よりも男性の方が立ち直れないといいますから奥様に毎日の出来事を報告されているのでしょうね。
日本の場合お墓の建設は年々石も土地も値上がりしているようで厳しくなる一方だそうです。私も三年くらい前に古かった墓を兄弟均等にお金を出し合って建て直しました。
15年ほど前 所属していた市民オケの親善演奏会の為にセントポールに行きました。初めてのアメリカ旅行。移動のバスの窓から墓地が見えました。どんな人たちがいつ、どんな人生をもって葬られたのだろうか、と 視界から消えるまで、見続けていました。 国内ではお墓を見てそんな風に考えたことなかったのに、、
亡くなった人と ゆっくり語らえる そう言う墓地っていいですね。
ご両親のお墓の近くのお花のきれいなお墓のお話、7年目にやっとご挨拶できたのですね。ずっと、お花を欠かさずにお参りに来られた方だけあって、やはり誠実でやさしい方だったのですね。
どのような 結婚生活をおくられたのでしょうね。 奥様が亡くなられた後まで愛の物語が続いている、、まるで本の中の物語のようです。 生前も良く、お話を交わしておられたのでしょう。どのような奥様だったのでしょうね。
今朝は珍しくこちらは曇りです。庭仕事日和です。
きている人が少ないのでにぎやかな公園よりも落ち着きます。 思い出に浸りたい時はとてもよい環境です。
長くなるので触れませんでしたがアメリカは火葬にして小さな大理石で作られた棚に収めるのが流行っていて(日本からきたのでしょうか?)そのタイプもここにはできています。3年くらい前に作られました。これだともっと安いです。 合理的ですよね。ここも場所が少なくなってきましたから。 ご両親のお墓に入りたい、その気持ちよ〜くわかります。
日本のお墓は小さな庭のようで日本のお墓も好きです。でも木がないのでお盆の頃に行くととても暑いんですよね〜。 実家に帰ると姉と必ずお墓のお掃除に行っていました。草取りから始まって。
このお墓も混んできましたよ。割と若い方が多いのでちょっとびっくりしています。
私の母は、遺言で海に散骨しましたのでお墓がなく、親戚には「お墓参りできなくて寂しい」と思わせているかなと、この記事を読んでまた考え込みました。そういうこともすべて考えた挙句の結論でしたが、お墓がないとという思いも(特に親の世代は)あると思います。海はつながっているので、どこの海へ行ってもそこが母のお墓と思ってお声を掛けてくださいと言っています。お墓が遠い所も多い日本ではそれもいいのではと思いますが、それは島のどこからでも海が近いところに住んでいる私の感覚であり、日本ではやっぱり海も遠いかなと思ったり…。
ハワイイの墓地も、芝生であるところが多いです。でも墓標が地面に平たく埋められていたりするので、遠くから見ると、芝生の丘にハワイイらしい南国の花束がそこかしこにニョキニョキとはえているという、墓地と知らないとちょっと不思議な光景です。もちろん墓標が立っている墓地もあります。移民が多いせいでしょう、日本のような墓地も多いです。夏はあちこちで盆踊りが開催されます、ボンダンスと呼ばれています。
何十年みいがみ合って一緒に生活するって疲れますよね。精神的にもよくないですよね。
私はどうかな。 毎週じいさんのお墓参りはしないでしょうね〜。 多分この方のようにはしないでしょうね〜。つらい事 悲しいこと なるだけ早く忘れたい方かもです。
こんにちは!
最近はこの墓地も火葬して納骨できる引き出しタイプが3つできたのですよ。墓地の真ん中に引き出しタイプ(大理石)があります。 こちらも火葬が多くなってきたのでしょうか。
祖父母は生きているうちに早めに自分のお墓を用意しておくと縁起が良いなんていって早くから自分のお墓を用意していました。 まほろばさんも決められましたか。 自分の行き先が見えてくるとちょっとほっとしませんか。 そんなに眺めがよくて綺麗なところだったらなんだか気持ちが明るくなりますね。
人間は忘れられるから生きていけるんですよね。 じいさんの母親が亡くなったら一年もしないうちに父親は再婚をしました。きっと寂しかったのでしょうね。 生き方はそれぞれですが私もあまり悲しいことには固執したくないです。 家族を思い出す時間も大切ですがそれで悲しみから逃れられないというのは辛いですよね。
本当に仲の良いご夫婦だったのですね〜。 Powayさんにお墓まりをして悲しい気持ちになると書きましたが そういえば元気が出るときもありますね。がんばるから見ててね、守ってねっていつも頼みごとばかりです。でもそんなことを話していると元気が出てきます。 最初の頃は泣くばかりだったのですが。 最近はお墓にいっても泣かなくなりましたね〜。
私もこんな夫婦って生きている時はどんなだったんだろうっと思います。 何をするにも一緒でだったのでしょうね〜。ならばうちとは全然違う。 自分それぞれ好きなことをしていますもん。
よく鹿児島のお年寄りから聞いた言葉ですが、「煩悩切り」。 とてもとても仲が良かった夫婦がなくなる前にけんかをするようになるんです。 これは結構多いみたい。 我が祖父母もそうでした。 きっと病気で辛くなるといらいらしてけんかになってしまうのでしょう。 それで亡くなったら「せいせいした」とこまではいかないけどほっとしたという気持ちになってちょうど良いというような意味です。 うちはどっちになるのかなぁ〜。
生前両親は鹿児島に住んでいました。孫が生まれて1976年あたりから一年おきにくるようになりました。父は2回目くらいに来た時から同年輩の日系人のお友達や台湾人のお友達を作ってアメリカに来るのがとても楽しみだったようです。 そのうち日系人や台湾人のお友達が自分達のお墓を買うようになって勧められたのですよ。それがきっかけでしたね〜。 因みに父は誘われる度に買って結局3箇所にお墓を買ったのですよ! 一番最初のお墓はもう30年前です。当時は500?でしたね〜。 それが今では2500ドルになってまだ持っています。
私の祖父はアメリカに移民したかったそうです。 私はその祖父の性格を受け継いだのでしょうか。
確かに! 男性の方が立ち直れないって聞きますね。 アメリカでもその傾向はあるかもです。
日本の場合は長男だけが家のお墓に入れますよね。 父は三男だったのでどこでも好きなところに入れたというのは父にとっては良かったのでしょう。
日本の事ですから 石みたいな材質のものを開発するかもしれませんね。
アメリカの墓地も色々みたいです。 墓石が立っているのはだめなお墓もあるし、カトリックのお墓ならクリスチャンマークを入れないといけないとか、その墓地で規則があるようです。
アメリカの墓地ってシンプルすぎてな〜んか拍子抜けするようなところもありますね〜。
日本のお墓って墓石も高いし周囲の囲いも立派でひとつの家みたいじゃないですか。 本当にご先祖様がおられるという感じがします。
そうなんですよ。 7年間言葉を交わしたことがなかったのです。いつも車の中に座ってはなしかける雰囲気ではなかったので。でも今回は彼も車を霊園の外にとめたようで歩いていたのですね。お話をしていてちょっと両親よりも早くできたお墓なのかなって思いました。とても綺麗な白人の方でしたよ。もしかしたら50代にも見えるような若さです。
私の叔父も海に散骨がよいと言っています。
私は人それぞれでよいと思うのですよ。私ももしお墓がなかったら両親のメガネを形見にして仏壇を作り そこをお墓のように大事にすると思います。 実際納骨されてからは寂しくなりました。遺骨が家にある時は一緒にいるような気持ちでしたけど。 私達のお墓も娘までであとは無縁仏になるのではと思っていますがそれはそれでいいです。 こちらでも盆祭りはりますよ。 ボンダンスと言われています。 このお墓も墓標が地面に平たく埋められている場所もあります。そのタイプが好きな人はそこに買います。私のお友達はつい最近平たい方にかいましたよ。 クリスチャンだからかな。
私はモテル結構好きです。 ドアと車が近いので便利です。
私はロスには2回?しか行ったことがないのであまりよく知りませんがそこはハリウッドに近いお墓だったのでしょうか。
そうですか〜今でもお墓にいくファンがいるのですね〜。プレスリー等はその代表的な人でしょうね〜。
前回カリフォルニアお墓事情検索で伺った者です。
あの時お話した、梅の季節ですね!
海老蒸し餃子作ってみました。とーっても美味しかったです。
(でも浮き粉で皮を作るのは一寸難しかった。。。
ポロポロしますね。)
さてこの冬娘がサンノゼ辺りにお嫁に行く予定なのです。
カルトレインのサンノゼ駅に数年前初めて降り立った私は駅の前にひとつもお店屋さんが無いのに呆然としました。
サンノゼ大学まで歩いて行って路面電車に乗りジャパンタウン最寄り駅で降り、でも探しても探しても日本人街に辿りつけない!!
子供にお昼を食べさせようと思ったのに。。
とうとうそのままサンノゼ駅に戻りました。
その後娘が、用事でまた行ってみたらあのすぐ近くだったよ〜って。
どうしてあの時見つからなかったのか謎です。ジャパンタウンっていう旗はいっぱいあったのに。。。
駅裏のバリーフェアは大きいですね。ハワイのアラモアナセンターみたい!
あれから7〜8年経ちまして子供もアメリカとカナダで大学、大学院と修了しました。早いものです。
さてこれからは老後とその先の事を考えると、胃と、ついでに腰も痛いです〜。
小麦さんでしたっけ。 メールをくださったのは。
浮き粉の使い方 慣れないと難しいですね。 お嬢様がサンホゼにいらっしゃるのですか!
サンホゼのジャパンタウンはとても小さいですね。 初めて行った時 静かで人もあまりいないのでびっくりしました。 確かにみつけにくいかも。 車で行っても迷う時があります。 昔はドバシさんだけだったのですが今は日本の大きなスーパーが3軒くらいあるし小さなのはもっとあるので便利になり ジャパンタウンには殆ど行かなくなりましたね〜。 7,8年で子供達は変わるものですね〜。 これから楽しみなことでしょう。 バリーフェアー の向かい側に今はサンタナローという高級店が並ぶ街ができました。 ここも私はあまり行かないです。(笑)
いいえ、メールは差し上げていません〜。
日本の大きなスーパーがいくつかあるんですね。それは嬉しい話です。是非行ってみたい!
すみません。 小麦さんではなかったですか。
お嬢さんがいらっしゃるならいつか行ってみる機会もあることでしょうね。