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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (32)
こうして、世代が移って行くのでしょうね。
実家の整理が終わって でもドイツまで持ってくるわけには行きません、
わずかですが船便で両親の物を送って、使っています。
墨で名前の書かれた竹ざしとか、父の書き留めていた物とか、着物など 他人から見たらごみのような物ですが。
母は認知症が進んで私の名前もわかりません。
時間や世代の移り変わり、私もやっとそういうことを感じたり考えたりするようになりました。
アイリスの花の色、何色だったでしょう。きっと美しいブルー!いえ、紫がかっていたでしょうか?!とても美しかったでしょうね。
少しせつないけど、お母様やお父様のお話をchiblitsさんからうかがえます。ありがとうございます!
ネブラスカにもそこここに入植時代をしのばせるものがあり、大草原の小さな家に出てくるような小さな学校らしき建物も見たことがあります。
ヨーロッパから移り住んだ人たちの苦労を、自分たちの先代の苦労としてお話してくれたりとか。
私にとっては、他国の歴史を身近に感じられる良い経験でした。
ありがたいなと思います。
あ、入植時代の衣服を見たとき、すごく小さいと思いました。今の人より一回り小さかった。
アイリスの花、残念でしたね。
若いときって、花や思い出などあまり感動しないのに、年を重ねていくと大切なものがわかるようになりますね。
私も私の母より義母の思い出話の方が多いです。
この連休の日も主人と義母の話をしたとこでした。
今日は心に残る思い出の話を書いてくださりありがとう。
ご主人様も母親の思い出があったのでしょうね。
入植者の方の歴史を物語るお写真UPとってもすてきです。
またぜひじいさまから思い出話とかをきかれてブログでご紹介してください。
アイリスの話は子育て中の今の私には痛いほどわかります。色んな物を犠牲にしないと時間が足りなさ過ぎます。仕方がないですよね
植物は人よりも長生きでたくましいですから、きっとどこかで華々しく咲いていることでしょう。
最近庭仕事をしていると、植物にさせられてるんじゃないか感がしてきてしょうがないんですねー
アイリスにまつわる思い出もすべてふくめてお義母さまがプレゼントしてくれたんですね。そうやって思い出してもらえたり、話のタネになることでお義母さまもきっと喜んでおられますよ
お義母様のお話を読ませていただいてほろっとし、自分の母親や義母を思いました。
じいさんが嫌でなければ、思い出のアイリスをまたモンタナに頂に行ったらどうでしょうか。
二人で旅行しながら。
アイリスってフリルのドレスのようですね。とても綺麗です。
義理のお母さんのアイリス話 chiblitsさんのやさしい気持ちを感じます。せっかく思い出を持ち帰っていながら からしてしまったことは残念でしたね。
ひょっとしたら未だ生きてるアイリスの子孫があるかも知れませんね。
映画に出て来るような煉瓦作りの頑丈な家ですね。荷車との構図が雰囲気が出て素敵です。
アイリスは日本でも盛りを迎えていてきれいに咲き誇っています。
ご実家の整理が終わったのですか。大変でしたね。 私は整理どころか未だ両親が住んでいるようにそのままです。でもいつ何があるか分からないので大切な写真類だけは日通でここに送りました。
これからは姉夫婦が住んでくれるといいのですが。
私の母も父が亡くなって急激に認知症が進みました。0年もあっていないいとこは分かるのに私がわからなかったです。
こんばんは!
私たちの時代もどんどん変化していきますね。 でも鹿児島の場合は古い家がそのまま残ることはないのでこうして70年前住んでいた家が見られるって考えられないですよね。
私は何故かこのアイリスは薄い黄色と思っていました。理由は分からないのですが。爺さんの姉がファミリーツリーを書いています。
そうですね!
生きている間にもう一度モンタナ州に行って家を見たいです。 汽車で行くのも楽しいかもですね。
自分が住んでいた昔の家を見るのは感慨深いですよね。私も10年前に1974年から1979年まで5年間住んでいた家をみました。 息子が生まれた家です。時の流れを思ってせつなくなります。
そうですか。アメリカには入植時代の家がまだまだ残っているんですね。 土地が広いからでしょうね。
私も昔の家をみたり昔の洋服を見たりするといつもその小ささに驚きます。 白人も昔はもっと小さかったのでしょうね。 昔の古い家にいくとトイレが低いのでこれもびっくりします。そういえば私のこの家でも1955年にできた浴室のトイレは低くて私にはとても使いやすいのです。 増築で新しく入れたトイレは高すぎて足が疲れます。
この写真は多分義理兄が撮ったものだと思います。私も中や外の写真を撮ったのですが見つからなかった!!写真の整理をしないとです。
大草原の小さな家は丸太小屋でしたよね。丸太の家はもっと贅沢だったのかもですね。
高校生の時に一度か2度じいさんの家にいったのですが義理母は畑も立派に作っていましたよ。
母の日はいつでしたっけ??
私のカレンダーには書かれていません。
確かに若い時って土いじりをしませんよね。 でも年をとると家庭菜園を始める人おおいですよね。男女問わずに。儀母様とそんなに仲良くできていいですね! きっと両方ともお人柄がいいからでしょう。
男の人ってあまり亡くなった親の話をしませんね。 こんなものなのかしら。私は一杯したい方ですが。
高校のときにアメリカにいってびっくりしたのは当時1960年代でしたが田舎の生活はびっくりするくらいに 日本よりも遅れていると思いましたよ。 私がホームステイしたところにはお皿洗い機、驚くほど進んでいたのにお友達の家は(農家)お手洗いは原っぱの一軒屋。 もちろん水洗ではないのです。その差に驚きましたね〜。
ブラックベリーって挿し木ができるなんてしりませんでした。時々庭にベリー類と思われるシュートが出てきます。大きくなるのは分かっているので育ててみようとは思ったことがないです。
皆それぞれ懐かしく思うものがありますよね。変な話ですけど時々目を閉じてここが実家だと想像してみよう。。。なんてことをします。
私の記憶では大草原の家は丸太小屋だったような。これよりも上等でしたよ。
お義母さまのクリスマスローズのお話は素敵ですね。そうやってお花が続いていくことがあるのですね。
34年前にここに引越してきた時から咲いている花がひとつだけあります。 名前をしらないのですが場所は植え替えましたけど毎年少しずつ大きくなってきています。
こんにちは〜
「植物にさせられてるんじゃないか感が」って面白いですね〜。 そんな風に思ったことがなかったですけど。
本当に! お花はないのでお話の種にしかなりません。
アイリスってあやめに似ていると思っていたのですがランのようでもありますね。カトレアみたい?
私ももう一度は絶対にモンタナに行きたいです。 義理姉夫婦が住むコロラドにも行きたいし。 その時は必ずアイリスを持ち帰りたいです!!
みたところ暫くは物置として使っていたようですがもっと古くなって近年は物置としても使えないような感じでしたね。 アイリスは綺麗ですよね。 白 オレンジ 黄色もあるんですよ。
Adobe Houseはよく知られていますけどSod Houseって聞きませんよね。モンタナ州にはまだこのSod Houseが結構残っているようです。でもこの10年程ハリウッドのセレブ達が別荘を建てているようで土地の売買が結構あるのかもですね。そうなると残らないでしょう。もうあれから26年。 26年でさえも一昔になったのですからね〜今はどうなっていることやら。
もう一度モンタナに行ってみたいです。今度はコロラド州から北に上がって。
あったら本当に奇跡のような感じですよね〜。 写真が見つからないのですがこの荷車だけではないのですよ。何と! 義理父が乗ったという車まで草原にあるのですから。そのまま!! あの写真を見て当時の義理父を思うと神垣で涙が出てきます。その車の写真が見つからない〜〜。
アルバムの整理じゃ〜〜
ありがとうございます。
ちびは100%戻りました。