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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (14)
市の財政破たん!よりも、そのおじさんの「今度ここに来たら払ってね」が心温まりますね。
時々ですが、福岡でバスに乗って降りるときコインがなかったり両替できない5000円とか10000円しかなかったら。バスの運転手さんが「今度乗ったら今日の分払ってね」そうおっしゃるときがあります。そういうアナウンスを聞くと嬉しくなります。
まるで昔の大阪のようなハナシでんな。
私の幼い頃、近所のうどん屋やお好み焼き屋などでは
当たり前のようにツケで食べとりました。
店も客もお互いに信用しあってる。
こちらに来た日本人の先人達の血の滲むような努力の賜物で
「日本人は信用出来る」と思われるようになったのに
今の日本はオカシナ事が多いでんな。
大阪の財政もえらい事になってるし。
でもな、徳さん。
そのおっちゃんは徳さんを一目見て
「このオッサン(すんまへん)なら信用出来る」と思わはったん
ですわ。徳さんの人柄でもおますな。
徳さんのハゲ(こらまたすんまへん)頭に「信用」の文字が
ピカーっと輝いてたんでっせ。
フリムンさん、
私も読んでいて、嬉しくなりました!
かえるさんが仰るように、私もフリムンさんのお人柄だろうな〜って思います。
私は若い頃、お財布を持っていない事に気付かずに、お店で飲食した事がありました。(汗)
レジで会計しようとして、カバンに財布がない!焦りました〜。まだ18才か19才の予備校生の頃です。お店の人に説明したら、「次回必ず」と言われました。
翌日一番で、そのお店まで支払いに行った事思い出しました・・。
今となっては笑い話ですが、当時はトホホな赤っ恥でした。
チブリッツさん
TOMODACHIサマーのプロジェクト、貼り付けていただき有難うございます。
対象の高校生だけではなく、バークレイ周辺の在米日本人の皆様にも知って戴けて嬉しいです。
ベルモントはご近所なんですね。お天気が良いとサンフランシスコ湾?が見渡せて、素晴しい場所でした。とっても懐かしいです。
苦労を重ねた甲斐があったと草葉の陰(ちと古いな)で喜んで居られる事でしょう。
メキシカンは人が良く優しそうですよね。
昔、ティワナを旅した時にお土産売りのおばちゃんに「もっとまけて〜ポルファボール(?)」と言ったら悲しそうな顔が今でも忘れられません。
悪いヤッチャ。私は
中学生の時に先生が生徒の嫌がらせを苦に自殺した事件で人間関係がぎくしゃくし、理不尽な校則で生徒を管理し、それが嫌で不登校寸前になった経験をした私は人間不信になったことがあります。
そんな私を救ったのが明石家さんまさんが出たドラマでの「俺を信用せいや、人間ってもっとええもんやで」という言葉です。
アメリカでこういう話を聞くのがうれしいです。
チキンスープを作って、シャワー室のラグを洗濯、ちょっと居眠りもしました。肌寒いけど、 苗を植えようかと思います。パセリが大きくなるまで1年かかりましたが、家庭栽培のパセリは 味が濃いです。 徳さんも 健康維持して、エッセイを書いてください。
フリムン徳さんはこの話よりも、怖いほど、うれしい経験もあります。
その昔大阪で2号さん相手の商売をしていたときのことです。
絨毯家具、カーテン、夜逃げの引越しの運送屋もしていました。
あるとき、関西で大きなxx組の直系の組の切り込み隊の副隊長が、兄貴分の代わりに服役し、務所から出てきました。
組から女つきのマンションが用意されていました。
ところがそのマンションで問題が起きました。そのオナゴはんは私から、よく絨毯や、カーテンを買ってくれていました。「今夜、又引越ししたいのです」。「部屋が倉庫になって、住めなくなりました」。
そのオナゴはんは私が夕方に、そのマンションへ引越ししてあげたばかりです。「組員からの花束や贈り物で、部屋中いっぱいになり、とうとう、ベッドの上までも積み上げられたのです。
その切り込み副隊長は、夜中に不動産屋をたたき起こして、広いマンションを見つけました。その副切り込み隊長は夜中から明け方まで、それこそ、ふうふう言いながら、休憩ナシで、私の引越しを手伝ってくれました。私達は1日に、同じ人の引越しを2回もやったのです。私のズボンは裂けて、スカートみたいになっていました。今までに何回もヤクザやさんに日引越しの手伝いをしてもらったのですが、彼ほど、頑張って手伝ってくれたのはいませんでした。あまりの感激に、私は、「この引越しの代金は、要りませんよ、私はあなたの働きぶりにほれました」と言いました。
返ってきた言葉は、「徳さん、俺もあんたにほれた、徳さんの為なら、人、一人ぐらいは殺してもいいよ」。おお、怖っ!! フリムン徳さん
大阪弁ええなあ、ええなあ。鉄砲光三郎の河内音頭を聞いているみたいで、河内音頭のリズムが聞こえるようや。足が踊りだしよる。久しぶりに釜が崎のマルトミで叩き売り聞いているみたいヤ。久しぶりの大阪弁、おおきに、嬉しいわ。わしの大阪なまりのへたくそな英語が効きましたんや。
フりムン徳さん
人間を信用しないで、金を信用する世の中、どないにかなりまへんやろうか。
うちの庭に来る野うさぎは人参を信用していますけど。
フりムン徳さん
メキシカンと友達になる、一番早い方法を教えます。
ムーチョス グラシアス、ケ ボニート、これだけで、彼らはうれしがって、すぐに親しくなります。
私は26年間ロスアンジェルスで、英語のできないメキシカンばかり使っていましたから、今でも英語より先にスペイン語が口から出ます。彼らに教えられた、それはむちゃくちゃのスペイン語です。
フりムン徳さん
「人間って、もっとええもんやで」、味のある大阪弁やなあ。
こんな言葉、はやらしたいなあ。
フりムン徳さん
フりムン徳さんの土地は皮靴をはかないので、皮靴を磨く必要はおまへん。「人を見る目」、磨きたいですねえ。
フりムン徳さん
うちの母親の話なのですが、母はもちろんいい人ではないのですが、ご近所の(自分より)お年寄りのゴミを、ゴミの日に、ゴミ捨て場にもっていってあげたりしています。
こんな話を聞くと、私は「え〜、なんでそんなお人よし、加藤よし(古いダジャレですが)みたいなことすんのよぉ〜」と言います。
でも、言いながら、「たまにはいいことしてんじゃない」と思っています。「いいこと」って気持ちが明るくなりますね。
うわあ〜〜〜なんだか、浅田次郎の小説バリですね〜〜〜すごい世界です。映画になりそうな。
すごい世界がほんとにあるんですね。
徳さん、生き抜いた方ですね。すごい…