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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント
コメント一覧 (11)
読むのが、 より楽しいです。 是非、美人さんたちの許可をとりつけて、載せてください。(笑)
いい題材で、コンクールに応募するのに、文章を練れば かなりいいと思いました。 これは最近の文章ですか。
それと、田舎の自然が豊富なところで 暮らしている人は アルツハイマーになりにくくありませんか。 悪いストレスが少なく 空気がいいからですが、どうでしょうか。 (病気にはなるかもしれませんが、アルツハイマーの率は 少なくないですか。)
私の住んでいるアパートは このあたりで 広い方なのですが、 建物以外の敷地は 12エーカー、
15000坪弱です。 150エーカー、300エーカーといいますと、大きな公園、何ブロックも入りそうですね。 ストームとか、気候での心配は どうですか。 うちのアパートも 同じような一人暮らしの白人女性が けっこう住んでいますよ。
初美さん、すごいですね。
御著書の中でも、天井裏の工事で、下の郵便局などが粉だらけになったとき、初美さんが大活躍されたくだりがありました。
初美さんすごい!
介護福祉士をしている私にとって考えさせられる話です。
バペットおばあちゃんはどんな美女か私も見たいです。
若いころにきれいだった人はおばあちゃんになってもきれいだと思う。
「徳さん、べっぴんの嫁さんをもらったのう」
本当に、お顔も心もべっぴんさんに違いありませんね。
近かったらお願いして私も仲間に入れてもらいたいです。
親切丁寧なコメント、おおきに、ありがとうございます。
むべさんのコメントは、文章を書くのに非常に役立ちます。
もう一度、おおきに、ありがとうございます。
お許しください。
Chiblitsさんにこのエッセイ「嫁はんの出前とは」を送る時、書いた年月日を書くのを忘れていました。2004年に書いたエッセイです。
もっと文章を練って、どこかへ投稿するつもりです。
その当時の写真をコンピュータに入れていたのですが、コンピューターがおかしくなって、写真は消滅して、しまいました。残念です。
そういえば、この辺の山奥の村ではアルツハイマーの人は見かけたことがありません。
人口が少ないからだと思います。それと、広い牧場が多いこの辺では、人間がのんびりしますから、アルツハイマーにもなる人は少ないと思います。でも一人だけ、日本人でアルツハイマーみたいな人がいてます。それはフリムン徳さんです。フリムンと言う言葉はアルツハイマーとも意味が似ているようです。
150エーカーの土地は18万坪ぐらいですから、200坪の家を900軒ぐらい建てられる計算になります。
ストームはありませんが、たまに小さな竜巻(Whirl Wind)がたまに起こります。
一度、庭に置いてあったプラスティックの椅子が屋根より高く持ち上げられて、バラバラになったことがあります。 フリムン徳さん
コメント、おおきに、ありがとうございます。
料理の出前だけではなく、人間の出前、おもろいでしょうねえ。
「今から、すぐに、役立たずのフリムン徳さんを、出前します。10分以内にそちらに着きます。まいど、おおきに!!」
嫁はおおきに、おおきに!!
フリムン徳さんんをそんなに、褒めてもうたら、なんや、鼻の先がこそばいですわ。
二十歳代のバベットのカーボーイいや、カーガールがカーボーイハットをかぶって、長い皮のカーボーイブーツを履いて、馬に乗っている姿は、マリリンモンローより綺麗と思いました。
今は歳をとって皺もありますが、上品さと、優しい笑顔は若い時以上だと思います。
フりムン徳さん
嫁はんが別嬪さんだったら、旦那さんは、もっと男前でっしぇー。
フリムン徳さん
とすると、現在2012年、徳さんは 沢山引出しがおありのようですね!
後書きを書いてみて、 整理してみて、再構築して
み 映像が浮かぶように編集できるかどうか、 この題材は おもしろいと思います。
写真でなくても 図でも絵でも 何か 付けてみて
こころみてください。
田舎の方が 創造性が増すというのを研究でデーターをしめしたのを 読んだことがありますが、最近 自分でも感じていることです。
私もヨーロッパで白人に囲まれて暮らしていますので、このお話とても興味を持って読みました。
奥様の誕生日会を開いてくださる優しいお友達に恵まれて、うらやましいです。フリムンさんと、初美さんの人柄によるのでしょうが、
毎回お仕事のときにおみやげを持って行かれる初美さん。べつに何も計算なんてないんでしょうね。そのぐらいの打算のない「ごちそう」を頂いて、お掃除までしていただいて、私なんて英語の下手さを理由にボヤくばかりですが、言葉以外のものの大きさを感じます。日本の人が、得意な料理でもって人の輪を広げていくことにパワーを感じます。さすが大草原に住む開拓日本人ですねえ。
ご飯を作ってあげるって、本当に、人をつなげることですよね。見習いたいです。
コメントありがとうございます。
山奥のアメリカ人ばかりの中に英語の達者でない日本人が二人だけで住むか、日本へ夜逃げするかと悲愴な気持ちで迷いました。
大工の私が、病気で倒れて、大工仕事ができなくなり、家も、蓄えもなくしたからです。
その時にあったのがこの土地です。ここでおんぼろのキャンピンクカーで住むか、日本へ夜逃げするか、二つに一つでした。私は、病身ですから、日本への夜逃げをとりました。嫁はんはこの山奥に住むことをとりました。
こんな山奥に、仕事があるはずがない。
では私達二人はどうしたか。小さな教会へ通わせて貰いました。一人でもアメリカ人の友達が欲しかったからです。
私達も、「ハーイ、ハワユー」だけは言えます。アメリカ人と目があったら、先に、明るい笑顔を作って、(よっしゃこの人と友達になろうと思って)「ハーイ、ハワユー」と挨拶を続けました。その次に、アメリカ人が珍しそうな日本の食べ物を持って行き、友達を作ることに励みました。
「珍しいものができたら、手に入ったら、隣近所分け合う」、これが私達二人の故郷喜界島の昔からの仕来りでした。これが役立ちました。昔のカウボーイの多いこの辺のは、喜界島の仕来りとよく似ているところあります。
特にこの辺のアメリカ人の葬式は、深い付き合いはなくても、助け合います。
ジーパンのまま、カーボーイスタイルのままで、自分が作った料理を鍋に入れて、持って来る人、飲み物を持ってくる人、花を持ってくる人、様々です。必ず何か持参のポットラックで、葬式をしてあげます。葬式の費用は何もかかりません。場所も、村のコミネィティーセンターか、うちの小さな教会です。
どうも英語の達者でない私達がアメリカ人の村に溶け込めたのは、故郷喜界島の結いの島の仕来りが似ていたからのような気がします。