読者登録
記事検索
プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
Recent Comments
最新記事
スポンサーリンク
Categories
Archives
料理帖
カリフォルニアばあさんの料理帖アマゾン





















コメント
コメント一覧 (12)
徳さん
とっても優しいバブさんとアルビラさん、元気になられて良かったですネ。
やはり必要な時は老人専門のホームや病院に行かなければなりませんね。
いつも人に優しくされてたご褒美に神様が再び幸せを下さったのですネ
バブさんご夫婦のご自宅へのご帰還、東京の空の下で心から願っています。
実家の母はただいま84才。一昨年暮れに父が亡くなった後、今までどうにか元気で一人で頑張っています。
ティーナさんのお気持ちも、よ〜くわかります。
バブさん・アルビラさんご夫婦そろってご自宅に帰られてた際は、お知らせください。
一緒にお祝いしたいです♡
アルビラさんにもバブさんにも神様の最善がなされます様に!お二人が素晴らしい残りの人生を、共に心から楽しむ事が出来ます様に!全ては神様の御手の中にありますから。
私の難病で寝たきりだった母は、傲慢だった父が定年後自分より鬱的になってしまったことを心配しながら65歳で亡くなりました。その後父は一転していつも怒りにとらわれたような精神状態で7年後最後は保健施設で亡くなりました。姉妹3人でやれることはやったつもりでも、今でもいろいろ思うことはあります。介護する立場から、気がつけば自分がその年代に近くなろうとしています。
80代の両親と同居している友人がいますが、世話の大変さよりもむしろその価値観のあまりの違いに楽天的な彼女でさえ落ち込むことが多いと打ち明けてくれました。
欧米では多くが親子が精神的にも独立して暮らすのが普通ということですが、特にバブさんご夫婦のようにこのお年まで他者にも尽くされ、精いっぱい生きてこられたような方でも、避けては通れない問題ですね。
どうしたらいいのか答えを出すのはむずかしいですが、制度的な問題のほかに自分の生き方や考え方で最後の人生が変わってくるのだなあと、あらためて考えさせられたエッセイでした。
公開レシピのHPからこちらにお邪魔しました。
うちはバナナクリームパイが大好きでことあるごとに作っています。公開ありがとうございます。
人生最後の生き方・・・難しいなととても思いました。
マスクの件 早速通販で購入して送りたいと思います。心肺ですよね。
内で購入している安いのでもいいのかな と着になりますが 何もないよりは良いかと・・・
今日のエッセイですが、最後、バブさんとアルビラさんが家に戻ってこられて本当によかったです。
親も自分も年をとってきたので、今日のエッセイのようなお話などなど、迫ってくるものがあります。
バブさんとアルビラさんが、ずっと自分の家で過ごせるといいですね。。
リハビリを受けていて 幸いに回復なさったのでしょうか。 無事に ご帰宅なさり、住み慣れた土地で 見知った人々と余生を送れるといいですね。
うちの 夫も一人息子で、両親とは遠距離に住んでいましたから、 娘さんの心配がよくわかります。
夫と私は 4年ほど 夫の御母さんをアシステッドホームに訪問してホーム、入院、ナーシングホームと、その間、色々な人々を見たり、体験をしてきていますから、 この問題は 重い問題で なかなか一言ではいえません。
自分達には 子供はいませんし、親戚もいないので、 老後のことは、心積もりしておかないとです。 私は、もし、私が先に亡くなってしまったら、 一人ぼっちの夫には 孤立せず、人々と住むように ホームに入ってねと、話しています。 一人孤独に住んでほしくないのです。葬儀のことも、墓碑も 遺言も用意してありますが、 70歳過ぎに、どう余生を送っていくか、健康を二人で保っていけるか、簡単ではないのですね。
バブさん、アルビラさん、徳さんご夫妻、みなさん、お元気でありますように、お祈りしています。
桜ヶ丘の母さん、
はらさん
by helimさん、
風の歌声さん
Blue Hillsさん
むべさん
このフリムン徳さんをどうかお許しくだされ。
堪忍してください。
掲載の初めに、皆さんに断るべきでした。
やはり私は間の抜けたフリムン(アホ)です。
掲載してもらっている私のエッセイはほとんどが
何年か前に書きだめしていたものです。
どうかそのつもりで読んでください。
「住みなれた家で死にたいネン」は2006年に書きました。
アルビラは2006年になくなりました。
世の中、人間の死に際は自分の思い通り行かないようです。
死ぬ1週間前までは家に看護婦さんに毎日来てもらっていましたが、
病院の命令で近くの病院へ連れて行かれ、1週間後に病院でなくなりました。
2008年にはバブもアルビラに呼ばれるようにして死んでいきました。
二人の灰は火葬場から、骨入れの箱(30センチ真四角)の箱に入れられて郵便で送られてきました。箱の裏にはmade in chainaとプリントしてありました。
今現在、二人はモンターナの娘のティーナの家にあります。
でもこの5月に二人とも灰になってから住みなれた家に戻ってきます。
私達を連れて長年通っていた教会の裏の墓地に埋葬されることになりました。
二人とも灰になってから、やっと住み慣れた村の教会の墓地に来るのです。
その隣に私の墓地も予約してあります。
私達の教会のメンバーは、無料です。
私もここ山の砂漠の教会に通ってもう16年が過ぎました。
私の場合はここの墓地に半分、日本の上園田家の墓に半分文骨の予定です。
私も68歳、もっともっと、好きなことをしながら、死ぬまではエッセイの達人を目指します。
フリムン徳さん
このお二人が亡くなっていたんですね〜。
本当に優しい感じのお二人です。
「もっともっと、好きなことをしながら、死ぬまではエッセイの達人を目指します。」というフリムンさんの言葉に、丸まっている背中を押されたような気がしました。
徳さんは奥さんと共に元気でいて下さいね。