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コメント

 コメント一覧 (72)

    • 1. Sarah
    • 2011年09月22日 09:05
    • chiblitsさん、はじめまして。Sarahと申します。chiblitsさんの本を拝見して、このブログにもお邪魔するようになりました。

      私も大切な叔母をなくし、今でも悲しくなる時がありますが、笑顔とともに思い出せることが多くなっています。

      大切な人を亡くした悲しみが薄れてくると、その人のことを思い出せなくなるのが怖い、その人のことを考えないでいる時間が増えるのが悲しいなどと思ってしまうものです。

      でも人間の記憶って、どんな感情もそうやって昇華していくというのが実はとてつもなくよくできている機能なんだと聞いたことがあります。忘れるんではなくって、きっと別の引き出しに大事にしまっておけるようになるんだと思ってます。
    • 2. みよ
    • 2011年09月22日 10:13
    • 私も高校生のときに父を、3年前に叔母を亡くしました。自分を無条件に愛してくれるひとを亡くした悲しみは、癒えるというか、淋しさに変わってきたように思います。
      母を大事にしようと思います。
    • 3. ゆきこ
    • 2011年09月22日 10:13
    • 人間は「忘れてしまう」と恐れるけれど、忘れなくては上手く生きて行かれないと脳科学者が言っていました。
      そりゃそうだと思います。怒りや悲しみ等は早く忘れないと心の病気になってしまいます。
      何と言っても早く忘れてしまわなければならないのは、失った時の辛さなのではないでしょうか。
      夜中に過去の恥ずかしい事など思い出す時があって、そんな時はお布団をすっぽりとかぶってしまいます。
      次の日は忘れているので普通に生活できるけど覚えていたら外出はできませんね・・
      忘れるというのは別の引き出しにしまう、と科学者さんは言っていました。
      恐れなくても大丈夫、大切なことは忘れられないんですよ。
    • 4. mutsumi
    • 2011年09月22日 10:44
    • こんにちは。毎日山口から楽しく拝見させて頂いてます。
      七年間寝たきりになり介護させてもらった母が六月に旅立ちました。ごく最近までリュックに骨壺を入れて母の好きだった広島のお店や町を歩きました。
      体が自由だったら行きたかっただろう場所を歩くと涙が溢れ出て母がまるで私の細胞の一部になった気がしました。喫茶店では母の席を作りみなには分からないようにコーヒーを置いたり、
      なんだかそんな母の事をchiblitsさんに聞いてもらえたらと、、書かせてもらいました。
      きっと人に話す事で母をはなす、はなたせる事が必要だったんでしょうか?世界で一番愛している母が亡くなり母の大好きだったパンをまた焼き始めました。
      サワークリームケーキも仏壇にお供えでき、海を渡ったchiblitsさんのケーキを母が味わえた事を本当にありがたく思います。
      こうやって少しずつ私も思い出さないようになってくるんだろうと思います。お墓も十一月に建てる事が決まりました。
      思い出さなくてもいいんだ、と思えます。
      母に対する愛情はそれでもまったく変わらず、地球に母がいたんだという母の存在も自然の中に感じる時があります。いつもいつも素敵なブログをありがとうございます。
    • 5. ひかる
    • 2011年09月22日 10:45
    • カリフォルニアのばあさん こんにちは
      いつも素敵な記事をありがとうございます!
      また遊びに来たいと思います!宜しくお願いします。
    • 6. みわ
    • 2011年09月22日 11:13
    • こんにちは。 
      読ませていただいて、切なくなりました。他の方も書いてらっしゃるように、忘れるって、生きていくうえでも必要なんでしょうね。涙なしにいられなかったのが、笑って思い出せるようになるのが一番なのでしょうが。。。
    • 7. funujiro
    • 2011年09月22日 11:47
    • いつも楽しく拝見させていただいています。
      私も父を先月亡くしました。最後に父がもうダメだと電話をかけてきた母の声が未だに耳に残って離れません。
      私にもいつか懐かしく思い出せる日が来るでしょうか。
      それと、ちびちゃんのお誕生日の記事を読みまして、お誕生日は7月15日?
      私と同じではないですか! 亡くなった父も同じ日! 更にもうずいぶん前に亡くなった母方の祖父も同じ日、親子三代同じ日に誕生日でした。
      家にはトイプーとシーズーのMixがおりますが、この子を迎える時も、同じ誕生日だったら良いのになと思っていたこともあります。
      何だかちびちゃんが近くに感じられます。もっともっと元気でね。
    • 8. tomoro
    • 2011年09月22日 12:55
    • こんにちは。
      必ず誰にでも訪れる「死」なんだけれども、やはり受け入れがたいものです。
      何年か前までは、自分の両親が居なくなるなんてことは考えもしなかったのが、最近は帰省するたびに少しずつ歳をとっていっているのが目に見えて分かり「あぁ、いつかは・・・。」と当たり前のことなんだけど考えて悲しく寂しい気持ちになることがあります。
      でも父の親、つまり私の祖母は今年100歳を元気に迎えました。食事もお風呂も全て自分でこなす元気さです。耳は遠くなったので筆談ですが。
      そんな元気な祖母の血を受け継いでいる父と元気をあやかっている母にも元気に長生きして欲しいなぁ。
    • 9. tekuteku2011
    • 2011年09月22日 13:45
    • こちらは彼岸花がきれいです。

      30代、両親どちらもなくして、途方にくれたような心もとなくてさびしく出どうしようもなく毎日ないたころを思い出しました。
      そうですね、思い出さなくてもいい事を思い出さない能力ってあるのですね。

      そうかもそうかも。

      chibiltsさんに刺激を受けて、今日は近くのケーキやパンの素材やさんに行って来まして、紅茶シフォンを焼いたところです。
    • 10. ベル母
    • 2011年09月22日 14:15
    • はじめまして。
      メールさせて戴くのは初めてですが毎日ブログ拝読しています。
      私は、来月でアメリカカリフォルニアに来て2年になります。丁度1年前、母が入院したと弟から電話があり主人の出張に合わせて私も帰国し、母が治らない病だと知り、そのまま看病の為日本に残りました。そして、1ヶ月半後母はこの世を去りました。
      カリフォルニアばあさんのブログを読み、涙が止まりませんでした。
      人間必ずいつかは死ぬのですが、身近な人の死は本当に辛いものがあります。
      でもいつまでも悲しんでいてはいけない。そして、まだまだやりたいことが沢山あっただろう母の事を思うと日々をもっとお大切に過ごそうと思うようになりました。
      父には私がアメリカに帰る際、トイプードルをプレゼントしてきました。少しでも父が元気でいてくれるようにと。
      また明日から頑張ろう!そんな気持ちになりました。
      ありがとうございました。
    • 11. Sanae
    • 2011年09月22日 14:24
    • >私は墓石の前の芝生に寝転がって声を出して両親と話したいので彼の存在はちょっと邪魔でした

      これを読んで、チブリッツさんはアメリカに長くお住まいでも、やはり日本人なのだな〜と思ってしまいました(笑)。だって、アメリカ人だったら、よその人がいても気にせずに寝転がって過ごすような気がします。そうでもないのかな?!

      忘れるということは、今を生きるうえでは必要なことです。というか、やはりありがたいことです。そうしなければ、人間は過去の記憶にがんじがらめになって、押しつぶされてしまいます。忘れて、時々引っ張り出せる・・・これが一番よいですよね。そのためにいろいろな記念日やお彼岸なんかもあるのかも、、、なんて思ったり。
    • 12. tomo
    • 2011年09月22日 15:14
    • 身近な人をなくすというのは、本当につらくて泣かなくなるまでに何年もかかりますよね


      曾祖母を亡くして20年は、かるく過ぎたのですが、いまだに曾祖母からの電話が来るような気がして電話の前で待ってしまったりしてます
      お墓に命日とお盆、誕生日に行くのですがいまだに泣いてしまってダメです・・いつになったらなかなくなるでしょう?
      曾祖母が忘れられないのに祖父を亡くして数年。こちらもまた電話を待ってしまったり、祖父の家にはまだ祖母が住んでますが家に行くと奥から出てきたりするような気がして、祖父の部屋に行くといなく、海へ行ってもいなくて探してやっといないことがわかると泣けてきて・・これもまだまだ私には癒されない悲しみになってます。

      いまだに月命日にお参りして話したりしてますが、最後の時を思い出してしまってダメですね祖父の介護も途中でわかっててもストレスから酷いことを言ってしまったりしたのでものすごく後悔ばかり。朝から夕方までお墓でその日は過ごしてます。子供が生まれて外出できるようになってからも必ず行って祖父と話をしてきてますよ


      生きているときほど大切にしないといけないとわかっているのですが、人って不思議。笑って楽しく過ごしたいのに大切な人を傷つけてしまったりすることもあるんですから。
      それが怖くて祖父を亡くした後しばらく、人と話もできなくなってしまったときがありました。誰にも会わず話さない生活は、出来るものではないので言葉や態度を慎重に発したりするようになりました。

      それでも失敗続き
      反省反省の毎日。まだ両親は健在なので両親と姉妹と今いる大切な人の最後を迎えた時に後悔に押しつぶされないようにしたいな〜と思ってます。

      生きるって難しいなぁ〜。
    • 13. メルロン
    • 2011年09月22日 16:34
    • 私はワンコ中心生活で、色んな別れを経験してきました。
      つい最近、大事な子が虹の橋を渡って行きました。
      今もその子の事を思い出して、胸が苦しいです。
      若いワンコ達の世話をする事で移り変わって行く時間がこの苦しみを癒してくれています。
      (最近、ちょっとお料理に逃避しています)
      時間が救ってくれると解って居ても辛いです。
      ワンコでこんなに辛いから・・・肉親だったらいかほどでしょう・・・でも、きちんとしっかり歩いて行かないといけないですね。
    • 14. atsuko
    • 2011年09月22日 17:21
    • やだ〜Chiblitsさん、会社の休憩所で涙しちゃったじゃ〜ないですか!!!父が亡くなった時の事を、ふと思い出しました。人は忘れる事が出来るから、進歩できるんですよね、忘れる事も出来るけど、思い出す事も出来るから、大事な想いでは胸の中に大切にしまっておいて、時々取り出して確認してみる。そんな感じですかね?
    • 15. あゆみ
    • 2011年09月22日 17:22
    • chiblitsさま、ご無沙汰してます。
      本当にいつも素敵なブログ、毎回コメントしたい気持ちを抑えて、共感と笑いと幸福をいただいています。
      私は高校生のときに父を亡くしました。父のことが大嫌いなときで、しかも突然の死で、身体にも心にもなじみませんでした。父をなくして15年。父の嫌いだったところ、苦手だったところが少しずつ薄れ、年々父を恋しく思ったり、懐かしく思うようになりました。結婚してからは、尚更に。きっと生前に親孝行どころか、ひどいことばかりしていたからでしょうね。罰が当たっているのかもしれません。
      そして、父を早く亡くした母を思うのです。もし私が主人に先立たれたら、どうなってしまうだろう。頭がおかしくなってしまうかもしれない、って。
      たった2年ですが続けていたブログを最近やめました。休業、ということにしてありますが。記録の目的もあったのですが、記録が必要なもの、記憶が必要なもの、両方いらないものもあるんだと思うようになりました。まだそこら辺が未分別なのですが(汗)

      さて、卑近な話になりますが、美味しいものをおなかいっぱい食べてるときに「こんなにおなかいっぱいなのに、すぐにおなかがすいて、味もなんとなく記憶に残る程度になってしまうのが不思議」といったら、主人が「ずっとおなかいっぱいで、おいしいものの味が口に残っていたら、次が楽しくないよ」といいました。まったくそのとおりだな、と、おなかがすくのが楽しくなりました。
    • 16. オアシス☆
    • 2011年09月22日 18:14
    • 悲しい事も嬉しい事も腹が立つ事もその時の感情が薄れていくのは良い事かもと思います→同感です。
      人間はあまりに辛く悲しい事があると心が壊れてしまうと思うのです。だから忘れるって事も時には必要なのではないかと思います。私も愛する母を突然の癌宣告から一年で失った時、三回忌までは思い出しては泣いてばかりいたような気がします。最近は楽しかった思い出を大切にし、父を大切にしてあげる事が母への供養だと思っています。
       肉体は滅びても魂は存在するのではないか?と思うような事があり、見守られている気がしています。Chiblitsさんのご両親もお供え物持って語りかけてくれる事、喜んでいらっしゃると思います 私もリビングに飾ってある母の写真にあれこれ話しかけ、一緒にいるような気になっています☆
    • 17. Blue Hills
    • 2011年09月22日 18:17
    • 韮の花、かわいいですね。
      思い出さなくてもいいときがある…深いです。
      今日のブログはとても悲しいです。

      宇宙物理学者スティーブン・ホーキングさんが「There is no heaven; it's a fairy story.
      天国など在りません、それはおとぎ話です。」
      って言ったそうです。もちろん、私にはまったくわからないですけど、そうかもしれませんね。
      でも、そうだとしても、死んでしまった人を悼む気持ちに変わりはありませんね。。。
    • 18. はら
    • 2011年09月22日 18:38
    • そう、「無条件で愛してくれる人を亡くす悲しみ」が一番大きな悲しみですね。(「無条件で愛する者を亡くす悲しみ」もそうかも) 

      私も母が数年前に亡くなった時は何時も運転しながら母の思い出や、してあげたかった事等を思って泣いたり、話したり、歌ったり、この世に「お母さん」って呼べる人が居なくなった事がさびしくて大声で呼んだりしましたよ、色々有り!車の中は密室ですからね。(笑)でも私の思い出す母は何時も笑っていてそれが救いでしたね、私も後世に笑顔だけを残したいな〜。母が何時も言ってた言葉、「死んだ人より生きてる人を大切に!」、Life is for the living.ですね。

      アメリカ映画で女優の顔しか覚えてなくて名前も映画のタイトルも忘れましたが、凄く気丈な未亡人が女手一つで子供達3人(か4人?)を育てるんですが、彼女が凄く前向きで朗らかなんですよ。でも結局働き過ぎで体を壊して病気で亡くなるんですが、愛する子供達に残した手紙に「私の事を思い出す時は何時も笑顔と笑い声で思い出して欲しい。もし泣きながら思い出すんならいっその事思い出さないで欲しい。」って書いてあったんです。

      母もそうなんだろうなぁ〜って思いましたけど親ってそうですよね、常に子供達にはHappyでいて欲しい。「親孝行したい時に親はなし」って言うけど、今の私にできる親孝行は母が言ってた「何時も穏やかに・朗らかに」母が喜ぶ様な生き方をする事かなって思います。
    • 19. ユムユム
    • 2011年09月22日 18:39
    • とてもよくわかります。
      実は今日は実家の寺のお彼岸会があり手伝いに行きました。終わってから甥と話してたんですが、
      来年は私の父の33回忌にあたります。
      もうそんなに経ったのかと思い出してました。
      あの悲しい光景は忘れないけど、やはり時がその悲しみを癒してくれたのだと思います。
      懐かしく思い出せるようになりました。
      姉もそうです。急に亡くなったので父のときより悲しみは深く、運転していても涙が溢れる毎日でした。姉はそろそろ10年ですが、やはり時のお陰で
      穏やかに思い出します。
      それでいいのですよね。でないと残ったものは生きていけませんから。
    • 20. はら
    • 2011年09月22日 19:23
    • 追伸:本当に不思議な事がありましたよ。母が亡くなった時私はCAに居たんですが、ゴールデンゲートブリッジが見える大きな窓のあるリビングのカウチに夜中に一人で座ってたんです。その時突然、誰かがそこに居るのを感じたんです。余りに存在感があるから本当に何度も振り返ったり見回したりしましたよ。私は母をCAに連れて来たかったんですがそれまええ実現してなかったんです。でもね、その時何故か母とずっと前に亡くなったカナダ人の母的存在だった方を同時に思い出したんです。2人とも実際には会った事ないのに笑いながら話してるんですよ。後で母の死を知った時、母とブランチが天国で会って一緒に来てたのかもナ〜って思いました。(笑)

      もちろん霊の世界も天国も有りますよ、この世界だけしか存在しないのなら何て人生は空しいんだろ。一生涯病気の人や、事故や災難で亡くなったり、産まれてすぐに亡くなったり。私は物凄く沢山神様の存在を体験して来ましたよ、だから霊や永遠の世界がある事を信じます。
    • 21. みいぼ
    • 2011年09月22日 19:40
    • みじかな人を亡くす辛さを皆それぞれにのりこえてこられているのですよね。
      体の傷が癒えるように、心の痛みも長い時間をかけて癒えていくようです。
      父は50でなくなりました。世の中から色が消えたようでした。いつの頃からか、父はお墓の中、あるいは仏壇の中、あるいは心の中にいるのが当たり前のように気持がうつってきました。

      母は今82才。パッチワークなどの手先の事を趣味に元気です。孫の為におはぎを作ったり薩摩揚げをすくったり、お料理も上手です。
      いつまでも元気に生きていて欲しいです。父の時の喪失感を又味わいたくないです。でも、それって、あり得ない事ですよね。

      母が生きていてくれることを感謝して毎日を大事に過ごさなければ。
       
      改めてこんな事を考える機会を与えてくださってありがとう。
      そして、お墓のご両親様に宜しくお伝え下さい。桜島の噴火はこの頃又盛んだそうですよ。
    • 22. スーパーももちゃん
    • 2011年09月22日 20:35
    • 我が家のお墓は車で40分ほどのところにありますが、母の場合は新潟まで行かなければいけないので大変です。

      明日は運よく休みで家族でお墓参りです。
    • 23. けいこ♪♪♪
    • 2011年09月22日 20:35
    • こんばんは。

      いつも楽しく読ませていただいています。
      なんか、ここに来るとホッとします。

      これからもよろしくです。


      私も明日、父の墓参りに行ってきます。
      大好きだった父には、毎日仏壇で語りかけていますが。。。
      アメリカには仏壇や御位牌はないのでしょうか?
    • 24. むべ
    • 2011年09月22日 22:59
    • 寝転んでご両親と話がしたくなるような 綺麗な芝なのですね。 広いところなのでしょうね。 海外生活が長いチブリッツさんは ご両親がすぐそばに
      眠っているように なさって ご両親もあなた自身も ご家族も 大切になさってきているのだと 良いお話をきかせていただきました。

      私の日本の両親と弟のお墓は 姉夫婦が引越してから お墓を家のそばに移したので 今は姉夫婦と子供、孫たちがお参りしてくれます。 もとのところでしたら、誰もなかなか行けないような場所なので私は感謝しています。

      義母は アメリカ内でも すぐ簡単には行けない距離の墓地に眠っています。 夫は 一人っ子なので
      母の昇天は まだまだ辛いものがあると思います。
      余り触れないで 時に助けられて無事に生きていき
      いつか お参りに行けたらと思っています。 自分たちの名前も そのそばに刻んであります、はじめは 馴染めなかったのですが、数年の月日がすぎてみると 風雪にさらされそこに存在していました。
      息子以外係累のいない義父母のそばに いてあげるというようにも 思えます。 悲しみを 乗り越ええいくのに 時は 手をさしのべてくれるものでしょうね。
    • 25. カイシャ
    • 2011年09月22日 23:32
    • きょうは秋分の日。いいなあ、お墓が近くにあって。2年経ちますが、母の部屋はまだそのまま。洋服についている白い髪を見つけては箱にしまって、それでがまんしています。
    • 26. アン
    • 2011年09月23日 00:29
    • お彼岸ですね。

      今月初め、大切なお友達を亡くしました。彼女に頼まれていた
      ドライイチジクと雪だるまの形をしたマシュマロ、近い内に
      お届けしたいと思っています。
      雪だるまのマシュマロは、季節的に手に入りませんが、彼女の
      好みが分かっているから近いお味のを・・・。

      哀しみは時間が薄らいでいってくれますが、寂しさは時間とは
      関係なく深くなるものですね。

      お墓は、歩いて行けない距離ではないのですが、命日とお盆と
      お彼岸しか行っていませんが、毎朝お仏壇にお供えをして話を
      しています。
      Chiblitsさん、お仏壇やお墓にお願い事をしてはいけない
      そうですね。それを教えて頂いてからは、「今日も暑くなるん
      だって!」とか、「台風凄かったんだよ!」と、生きていたら
      当然交わしている話題を話しかけています。
    • 27. 誓いの言葉
    • 2011年09月23日 01:32
    • 父を亡くして40年以上になりますが一日も忘れたことがないのですよ。
      若くして亡くなったので良くないことがおきた時はその時のままの姿で何か意見されてるような気がします。
      母は94歳で痴呆症ながら私を気つかう素振りを見せますから有難いものです。
      chiblitsさんのご両親も今日はトマトと梨を持って来てくれた、孫まで来てくれて、カりフォるニアに来て良かったと仰っていますよ。

      この年齢になると物事を一度に済ます事ができなくなりました
      私宅から水前寺公園まで車で15分、熊本城までも15分で行けます。
      見学された時知り合っていたら方々お連れ出来ましたのに残念です。また是非お出で下さいませ。

    • 28. Cuper
    • 2011年09月23日 03:05
    • そうですね。
      思い出さなくてもいいときってありますよね。
    • 29. さふる
    • 2011年09月23日 03:16
    • こんにちは、さふるです。

      ありがたい事にうちは今現在両親は健在なのですが、アメリカと日本、離れているからよけいでしょうか、母にかなり依存してしまっている自分がおり、゛将来母がいなくなった時に自分はどうなってしまうんだろう”と不安になってしまう事があります。

      Chiblitsさんは私よりもちょっとだけ年上でいらっしゃるので、Chiblitsさんのお子さん達を思う気持ち、お孫さんを思う気持ち、ご両親の事、旦那様の事などなど、
      参考にさせていただいていると言うか、゛わたしも将来こんな風にありたいなぁ”と心のささえにさせていただいているんですよ

      でも親を思う気持ちはきっと皆一緒。
      そんな両親もきっと自分の両親を思っていたんでしょうね、、、
    • 30. みき@今日は自宅のサンノゼから
    • 2011年09月23日 05:58
    • 涙しちゃいましたぁ。
      今は、先日頂いてしまった「違反切符」の処理の為にオンラインTrafficスクールをやっているのですが、これが、また大変。一気にできませんので、休み休み。

      休みの間に、毎日の日課である、Chiblitsさんのブログ拝見です。

      今も、まだ大好きだった祖父のことを思い出して、夢でみたり。大人げないですが、涙をボロボロこぼして泣いてしまいます。20年近く過ぎようとしますが、まだダメです。OKになる日は来るのかなぁ?
    • 31. Chiblits
    • 2011年09月23日 10:40
    • Sarahさん
      初めまして!
      私もそうです。最初の2年位思い出す事は悲しいことばかりでした。こうすれば良かったああいえばよかったとか後悔も沢山あったり。 でも最近は悲しいことより楽しいことの方を思い出すのです。 特に母の事は病気になってからの事は殆ど思い出さなくなって認知症の時があったことも忘れそうになっています。
      私も人間の脳は生き残れるようにできているのだと思います。 泣いてばかりいては体に良くないですから。
    • 32. BONITAS
    • 2011年09月23日 12:10
    • chiblitsさんのご両親、chiblitsさんと娘さんの元気な姿をお目にされ、喜んでいらっしゃると思います。それにしても時の経過と自分の中の思い出に対する気持ちの変化は不思議なものだと思います。本当に脳は生き残れるように出来ているのでしょうね。
      初老のご老人の奥様のお墓に飾られたお花、chiblitsさんと同じように彼が5年ぶりのお墓参りをされた際に持っていらしたお花だといいなと思いました。
    • 33. Chiblits
    • 2011年09月23日 13:38
    • みよさん
      高校生の時にお父様を亡くされたのですか。 あまりにも早かったですね。 本当に自分を無条件で愛しくれる人は一生のうちに数えるしかいません。 一番は両親ですよね。嬉しいことがあった時、直ぐに報告できる人がいなくなるのは本当にさびしいです。  私は両親がいなくなって二年くらいは誰も出ないと分かっていても実家に電話を鳴らしていました。私も亡くなった人を思う時いつも思います。今生きていいる人を大事にしなくちゃと思います。
    • 34. Chiblits
    • 2011年09月23日 13:43
    • ゆきこさん
      私も全く同感です。 忘れないと生きていけない。いつまでも覚えていたら心の病気になりますね。人間って本当に上手にできているんですね。 何だか普通に生きていることが奇跡じゃないかって思うときがあります。 
      私今、過去に起った恥ずかしい事を思い出そうとしました。 全然思いつきません。絶対にあるはずなのに。 私って本当に幸せな人ですね。
    • 35. Chiblits
    • 2011年09月23日 14:04
    • mutsumiさん
      初めまして。 山口からご訪問有難うございます。
      6月、お亡くなりになったばかりですね。まだまだ色々な事が頭に焼き付いていることでしょう。mutsumiさんのお話を伺って涙が出ました。私も色々な事を思い出したからです。そして私も両親が私の体の中にいるような気がしていました。 mutsumiさんもお母様と一体になった気がするのですね。 いつもすぐ傍にいて話を聞いているような気がしていました。 でも最近は一体になった感じがしなくなっているのです。 だからお墓参りにいったら両親のそばにいるという気持ちになるのです。mutsumiさんのお母様はきっとお幸せな気持で天国に行かれたことでしょう。 そんなにお母様の事を思っている娘さんも少ないと思います。私も書きたいという気持が起りました。 2006年にブログを始めた時よく両親の事を書いたように思います。誰かに聞いて欲しいという気持があったのだと思います。 実家に帰ると父の机、母の鏡台、タンス、そのままです。まるで二人共そこにいるような錯覚に陥ります。 とても懐かしい嬉しい錯覚です。 
    • 36. Chiblits
    • 2011年09月23日 14:07
    • ひかるさん
      初めまして!
      又いらしてくださいね! 今後とも宜しく!
    • 37. Chiblits
    • 2011年09月23日 14:13
    • みわさん
      私も悲しい気持を忘れるとういのは大切だと思います。 亡くなった方を忘れるのではなくて悲しい気持を忘れる事。 でも自然とそうなるので特に忘れようとする事もないのでしょう。自然に任せるのが一番と思います。
    • 38. Chiblits
    • 2011年09月23日 14:40
    • funujiroさん
      いつもご訪問有難うございます。
      懐かしく良い思いでばかり思い出す時が必ずきます。 最近ご両親をなくされた方が多いのですね。 
      ちびの誕生日は正確には7月13日なんですよ。書くのが遅れると2日くらいずれることがよくあるのです。 娘の誕生日も。勘違いさせてすみません! 親子3代誕生日が同じだなんて珍しいですね〜。 トイプーとシーズーのミックスって珍しいですね。可愛いでしょうね。私の前の犬はトイプードルとマルチーズのミックスでした。 
    • 39. Chiblits
    • 2011年09月23日 14:47
    • tomoroさん
      私もtomoroさんと同じように感じ始めたのは父が75を過ぎた頃からです。それまではとても元気でした。 未だはっきり覚えているのは父が70の時、公園で孫達と凧をあげて遊んだ時、タコが木にひっかかったのです。 70の父は木に登ってたこを取り戻したのですよ! じいさんは今62ですが、とてもじゃないけど木なんか登れる機敏さはないです。そんな元気だったのに75で胃癌をしてから体力が落ちましたね。 親が老いていくのを見るのは本当にさびしいと思いました。
      凄い!!お祖母様は100歳ですか!!わ〜〜筆談!本当に凄い。 秘訣は何なんでしょうね。 あまりくよくよしないとか。きっとお父様達も長生きですよ!良かったですね。
    • 40. Chiblits
    • 2011年09月23日 15:03
    • tekuteku2011さん
      彼岸花といえばこちらではあまり見ませんね。日本ほどは見られないようです。
      30代でご両親を亡くされたのですか。 コメントを読むと若くてご両親を亡くされた方が多いようですね。 そして皆さんちゃんと生活を続けて生きていらっしゃるのですね。 私が一番心配なのはじいさんを残す事、娘の健康の事。 でもどうにかなっていくものなのですね。 そうですよね! 日常の生活に喜びを見出せる事は沢山あります。ケーキを焼くとか!!! そんな事が楽しくできるっていうのが幸せの根本かも。
    • 41. Chiblits
    • 2011年09月23日 15:21
    • ベル母さん
      毎日ご訪問有難うございます!
      お母様は病気になってから1月半でお亡くなりになったのですか。 とても急でしたね。 とても心の準備ができる時間ではなかったでしょう。私も本当に父が亡くなるまで親が死ぬというのが信じられませんでした。病気になってからは長かったので何となく心の準備はできていたのですが亡くなってからもう話ができなくなったのだと初めて分かりました。 そしたら沢山後悔することばかり思い出されて毎日毎日がとても悲しかったです。お父様、プードルの世話で忙しくなりますね。 
    • 42. Chiblits
    • 2011年09月23日 15:25
    • Sanaeさん
      寝転がるのは全然恥ずかしくないのですが一人で話すってちょっと恥ずかしかったです。 声に出さなければよいだけですが、なんかね〜あそこに行くと声をだして普通に話したくなるのです。 日本語だから分かるはずもないのですが。 鹿児島弁で話しかけるのですよ。いつも。じいさんがいても恥ずかしくて声を出して話すことはできません。一人の時じゃないと。 私、お彼岸の事はすっかり忘れていました。8月のお盆に娘が行けなかったのでその代わりにと一緒に行ったのですがお彼岸だったのですね。
    • 43. くりぽん
    • 2011年09月23日 15:28
    • はじめまして!いつもロム専の私は楽しく読ませていただくばっかりです。ごめんなさい(笑)

      チビちゃんのyoutube動画がアップされていたのでじっくり見入ってしまいました。そして実家の犬を思い出してしまいました。

      数年前に両親が実家で飼っていた柴犬は13歳で天に召されましたが、12歳過ぎるとすっかり足が弱ってヨタヨタになって寝てばかりになってしまいました。
      それに比べるとチビちゃんの足取りの軽さは素晴らしいです。元気で長生きしてくれると良いですね。
    • 44. Chiblits
    • 2011年09月23日 15:43
    • tomoさん
      20年前の曾祖母様からお電話を待っているtomoさん、とても愛情一杯の関係だったのですね。私は自分の祖父母とはあまり深い関係ではなかったので曾祖母様とそんなになれるってどういう生活をなさったのだろうと思ってしまいます。考えてみると私は祖父母から電話を一度ももらったことがありませんでした。 電話って大切ですね!そういえば両親とはしょっちゅう電話やビデオチャットをしていました。 私も孫に電話をかけなくちゃ〜〜。大切な事を思い出させてくださって有難うございます。
      tomoさんのコメントを読んで泣けてきました。 私の気持そのままずばり。 私も父を看病している時認知症の母を理解してくれなくて悲しくて父にストレスを感じました。 認知症の母にはとても優しくしていたのに父には厳しい事をいうこともありました。 それが一番悲しいことです。私が涙が出るのは自分が後悔することを思い出すから辛くて泣けてくるのですね。 父の最期の言葉は「有難い、有難う有難う」でした。今大泣きしながら書いています。tomoさんのコメントでやっと分かりました。悲しくなるのは自分が後悔しているからなんですね。 私、これからもっとじいさんに優しくしなくちゃ。 後悔しないようにしないと。
    • 45. Chiblits
    • 2011年09月23日 15:53
    • メルロンさん
      悲しいでしょうね〜可愛がっていた犬がいなくなるなんて。 想像もしたくない、できないです。
      お料理に逃避はよいことですね。何でもいいから逃避は必要かもです。 私もきっと何か見つけて逃避するでしょう。
      ペットは特に人間と比べると寿命が短すぎますね。
    • 46. Chiblits
    • 2011年09月23日 15:56
    • atsukoさん
      皆さん私よりも若い方ばかりと思うのにもうご両親を亡くした方が多いのにびっくりしました。 atsukoさんもお父様を亡くされたのですか。 思い出は楽しいことだけ取り出すのが一番ですね。 でも私はこうすれば良かったという後悔ばかり思い出して悲しくなります。でもアルバムは楽しい写真ばかりです。
    • 47. Chiblits
    • 2011年09月23日 16:20
    • あゆみさん
      どうしてどうして。皆さんのコメントには若くてお父様をなくされた方が多いですね。10代で親を亡くすことは色々な意味でももっと大変だったでしょう。
      鹿児島では死に別れに仲が悪くなる事を「煩悩切れ」と言います。 自然に起る現象というか、死ぬ前は仲たがいをしていた方が別れが楽という冗談ともつかない言葉ですが一理あることだなと思っています。
      お腹をすかす理由、そういう風に考えた事もありませんでしたけど、面白いですね。 私はいつ何を食べても美味しいと思うタイプかもです。でもお腹をすかす時間もしっかりないと平均血糖値があがるのが心配。私の場合は。 確かにお腹が一杯の時って何を食べてもそんなに美味しく感じないかもですね。
    • 48. BONITAS
    • 2011年09月23日 23:56
    • Chiblits さん、何度もコメントすみません。
      私のしたコメント、間違えがありましたね。Chiblits さんのお墓参りに行かれる間隔があいていっただけで、5年ぶりのお墓参りだなんて一言もおっしゃっていません。ご両親が亡くなられてから5年経過されたのですものね、本当にへんてこなコメントですみません。日本に帰ってないでお墓参りに5年行ってないのは私です。本当に失礼しました。初老の男性の方もChiblits さんと同じように進んでいられるといいなと思いました。
    • 49. Chiblits
    • 2011年09月24日 06:43
    • オアシス☆さん
      私も魂は存在していつも見守ってくれているように感じています。 
      本当にそうですね。私も今生きている人を大切にするのが供養と思うようになりました。 もっとじいさんに優しくしないと反省しました。 オアシス☆さんもですか! 私もリビングルームに小さな仏壇を作っています。形ばかりのものですが両親の写真や母のめがね、形見をおいています。そこだけは鹿児島の匂いがするんですよ。
    • 50. Chiblits
    • 2011年09月24日 06:56
    • Blue Hillsさん
      婿は全く死んだ後の魂を信じないのですよ。信じる人、信じない人色々ですね。 私は自分の脳の中に生きているので両親の魂は私の頭の中にあると思っています。 じいさんは体の外、空気中にほこほこと浮いていると信じています。 なくなった自分の父親を感じた時からそう信じています。 娘もじいさんと同じみたいです。 
    • 51. Chiblits
    • 2011年09月24日 07:05
    • はらさん
      本当に! 私も車の中で泣きましたね。 ひょと思い出す度に。 台所で夕食を作っている間に泣いたり。 家族は分かっていたみたいですね。 最近は震災関係のYoutubeを見て泣いたりしますけど。
      私はドジばかりしておっちょこちょいで家族から馬鹿にされて笑われます。 娘や息子が撮った面白いビデオ(勿論未公開)が沢山あって、時々こういうのを見る時に、きっと私がいなくなったらこういうのをみて又馬鹿にして笑うんだろうなぁ〜って思う時があります。 笑ってくれるきっかけになればいいことですね! 
    • 52. Chiblits
    • 2011年09月24日 07:11
    • ユムユムさん
      お父様の33回忌ですか! お若くして亡くなられたのですね。 
      本当に忘れられるのは良い事ですよね。つらい事をいつまでも覚えているのはきついです。 私も自分がいなくなったら家族にはいつまでも悲しんで欲しくないと思うし。 楽しく生きていって欲しいと思います。 今のうちに沢山楽しい事をして良い思い出を作っておかなくちゃって思いますね。
    • 53. Chiblits
    • 2011年09月24日 07:17
    • はらさん
      じいさんは全く宗教心はないのですが亡くなった父親の存在を感じたことがありのです。それ以来人間の魂は残るって信じていますよ。 私もあるんですよ。 両親が亡くなってから。 婿は全く信じていません。 こういう事って体験しないと信じられないのでしょうね。 私ね、両親のお墓、私のお墓ができてからは死ぬことがそんなに嫌なことではなくなったのです。 できたらちびも入れたいのだけど、それは規則で駄目だって。
    • 54. Chiblits
    • 2011年09月24日 08:35
    • みいぼさん
      皆さんのコメントを読むと早くにご両親を亡くしていらっしゃる方が多いのに驚きました。50歳ってこれから又半分の人生が始まる年齢です。 私は50歳から色々な事を始めたので自分の第2の人生は50で始まったような気持です。そこでもう終わってしまうなんてはかないです。
      私も82歳でそのような事ができたら夢のようです。 有難うございます。 伝えます。
      又桜島が活発化しているのですか。 霧島の噴火はどうなったのでしょう。 最近は地殻変動が大きいのでしょうね。 天災だけでも大変なのに原発事故や空からサテライトが落ちてくるや人間は余計な事を増やしていますね。
    • 55. Chiblits
    • 2011年09月24日 08:44
    • スーパーももちゃん
      車で40分って結構遠いですよね。 鹿児島のお墓も実家から1時間は軽くかかりましたね。 車がないのでバス、電車、タクシーですよ。遠いとどうしても行く回数が減ってしまいます。ドライブ気分でご家族でお墓参り、いいですね!
    • 56. Chiblits
    • 2011年09月24日 08:59
    • けいこ♪♪♪さん
      こんにちは〜!
      いつもご訪問有難うございます。
      はい、自分で仏壇は形だけですが作りました。 お線香もあげられるように。 声をだして語るのは納骨されている広々としたお墓の方がいいです。 アメリカ人ってお墓参りはあまりしないのかなと思っていたら結構周囲に新しいお花ばかりなのでびっくりします。この市営のお墓は市内に住んでいる人しか入れないのでご近所の方ばかりだからでしょうね。
    • 57. Chiblits
    • 2011年09月24日 09:06
    • むべさん
      2006年に両親のお墓ができた時は周囲には全然墓石がなかったのですよ。 ところが5年経ったらとても混んできました。 そのうち寝転がるスペースはなくなるかもです。
      私も両親と一緒のところに入りたいので私達の名前もいれてあります。将来自分の住む家が決まったようでとても嬉しいです。 お隣の台湾人と墓地の話をしていたら、台湾では早めに自分のお墓を立てるのは縁起が悪いそうです。同じアジア人でも違うのですね。 私は娘にも息子夫婦にも良かったらどうぞって言ってあるんですよ。ははは
    • 58. Chiblits
    • 2011年09月24日 09:20
    • カイシャさん
      私も実家はそのまま。 父の机も母の鏡台もそのままです。そこにいるとひょいと母が寝室から出てくるようなきがします。 ふつうだったら怖いのに肉親だったら会いたいって思うんですね。
    • 59. Chiblits
    • 2011年09月24日 09:39
    • アンさん
      そうですか。あれから直ぐだったのですね。
      大事な人たちがあちら側で待っていると信じたいです。 そしたらあちら側に行く時会える楽しみがあるでしょう。 
      私は心配事があると両親に話に行きたくなります。そんな時は自然と頼みごとをしているかも。 守っててねとか言っているかも。 でも心配事が無い時は家族の報告をしています。 仏壇では話せないことがお墓だと話せるの不思議です。 多分周囲に誰もいなくて誰も聞いていないのが分かっているからかも。
    • 60. Chiblits
    • 2011年09月24日 10:09
    • 誓いの言葉さん
      お父様は早く亡くされた方が多いですね。 日本人の寿命は長くなっていると思っていたのに。
      誓いの言葉さんは私と同じ年代の方なのでしょうか。お母様の年齢でふとそう思いました。私の母が生きていたら今年86歳です。元気な頃の私の想像では父が亡くなったらアメリカに母を連れて来て一緒に暮らす計画でした。 本当に仕事の同時進行ができなくなってきました。 同時進行をすると間違いが多くなります。 歳のせいですね。 じいさんも同じ。 熊本、良いところですね。 熊本といえば伯父が山のなんていう場所だったか、凄いつり橋があるところに行きました。場所を聞いておかなくちゃ! つり橋の板がガラスで立っている下の谷底が透けてみえるのです。とても怖くて渡れませんでした。
    • 61. Chiblits
    • 2011年09月24日 10:10
    • Cuperさん
      最初の2、3年は思い出すのは悲しいことばかりでした。 今は楽しいことも思い出すようになりました。 
    • 62. Chiblits
    • 2011年09月24日 10:16
    • さふるさん
      私も親も若い時は将来の計画なんてなんにもできていませんでした。 両親が病気になったらどうしょうとかいう計画も準備もなくてなるようにならせたという感じです。 私はタイミングよく仕事を辞めた後だったので思う存分一緒にいれたことはとても良かったです。そのかわりじいさんの世話がお留守になってしまって私がいない間にコレストロール、血圧が上がったりして責任を感じますが私が横から色々注意してもあまり聞いてくれないので困ります。
      先の事は何が起るかわからないのでいくら計画を立ててもなるようにしかならなかったのかなと今では思っています。
    • 63. Chiblits
    • 2011年09月24日 10:18
    • みきさん
      違反切符?? みきさん、色々起こりますね。
      もう事故の怪我は大丈夫ですか。
      思い出して涙を流せる人がいるのは凄く幸せなことだなぁと皆さんのコメントを読んで思いました。 私も涙を流してもらえるように人にならなくちゃって思いました。
    • 64. Chiblits
    • 2011年09月24日 10:24
    • BONITASさん
      私もそう思いたいです。 
      彼のお墓にはいついっても沢山のお花が添えられてあります。 いついっても3日以内と思われる切花です。このお墓は市営で近所の人しか入居できないのできっと直ぐ近くに住んでいるのでしょう。 それにしても数年経っても3日に一度は新しいお花をいれ続けるって凄い事ですよね。 実家がある鹿児島ではそれが普通なのですが。
    • 65. Chiblits
    • 2011年09月24日 14:56
    • くりぽんさん
      初めまして! いつもご訪問有難うございます。
      12歳で病気だったのですか。 私の最初の犬も12歳で乳癌、その後癲癇が出てとても可哀相でした。てんかんの時はとても苦しそうでした。ですからこうしてちびが元気で走れるのが奇跡みたいに思えるのです。 1歳の時に足の大手術をして1週間入院して後ろ足の関節はないのです。筋肉でついているだけ。 こうして走っていると全然分かりませんよね。 16歳の誕生日も迎えて欲しいです。
    • 66. Chiblits
    • 2011年09月24日 15:00
    • BONITASさん
      実は私も読み直して5年間お墓に行っていないような感じもするかも〜って思ったのですよ! すみません!書き方が不明瞭で 5年経ってを除いたほうが誤解がないですね。 後で書き直しておきますね。
    • 67. tomo
    • 2011年09月26日 11:35
    • 返信ありがとうございます。

      祖父が認知症になり脳梗塞で何度もたおれ寝たきりになって2年後に亡くなりました。
      曾祖母のときは学生でそばにいたくても入れず、週末にしか会えなかったのが心残りで祖父の時には私のわがままで一緒にいました。

      家庭の事情で母を育ててくれたのは曾祖母で、母は曾祖母と生活をしそこから結婚もし、私を出産するときの里帰りさえ曾祖母の家だでしたので一般的な感覚としては、曾祖母が祖母みたいな存在なんだと思います。(祖母はいましたが、子育てに向かない人でした。)1900年生まれの人だったので戦争の話や色々と学ぶことが多く長期休みは曾祖母と過ごし、会えない間は数日起きに電話で話てました。不思議な関係かもしれませんね。


      祖父の話にもどりますが、「いろいろと心配かけたり、体が不自由になって悔しい思いをしてるのはおじいちゃんなのにできないことや何度も繰り返してしまうことを怒ってごめんなさい。でもいつも見守ってくれてありがとう。大好きだよ」と伝えたんです。

      そしたらですね・・

      祖父が口もきけないし、無反応だったのに突然、こっちをみて泣いたんです。手が動かせないはずなのに動いて握ってくれたんですよ。

      その出来事の日は、泊まる予定でしたが諸事情から泊まれず、この数日が危ないと言われてのですがそれまでも何度もあったので夜中に帰宅しました。朝すぐに行くつもりで。朝6時。病院から知らせがあり亡くなったと。。

      無理をすれば最後もいれたのに帰ったことも後悔。
      一人で最後を迎えさせてしまったことも後悔。

      悔しさや一緒にやりたかったことへの心残り等々が失った時のショックとして大きく残るのでしょうね。「あれでよかった」と思えるまできっと涙が納まらないのかもとチブリッツさんからの返信で思いましたよ。

    • 68. Chiblits
    • 2011年09月26日 12:20
    • tomoさん
      時が過ぎると思い出す回数が少なくなっていきますけど、決してその時のこと忘れたわけではないですよね。 それどころが何年経っても最後に分かれたときの父の様子、母の様子は昨日の事のように鮮明に思い出せます。悲しくて泣いてしまう状況でしたが故人を思い出す事はそれだけでも供養になるってどこかで聞きました。 矢張りこうして思い出してしのぶことはとても大切なことなのですね。
      私もアメリカに帰って直ぐに息子を連れて一緒に鹿児島に戻るつもりだったのに私が発ってから直ぐに父はなくなり、息子と私が羽田で飛行機の乗り換えを待っているときに父はなくなりました。私もあのまま一緒にいてあげればよかったと後悔しています。私は未だにあれでよかったと思えないでいます。
    • 69. BONITAS
    • 2011年09月27日 03:12
    • イエイエ、読んでいる途中に悲しくなりきちんと読めてなかっただけだと思います。書き直しなんて、すみませんでした。
    • 70. Lemondrop
    • 2011年09月27日 14:54
    • オースティンテキサス在住です。いつも拝見させていただいて勉強になっています。突然ですが、今月はじめに母を亡くしました。この夏、2ヶ月間 看病してました。今、母の遺骨は、来月の四十九日の法要まで誰も残っていない実家にあります。2週間前にこちらに戻ってきましたが、持ってくればよかったとすごく後悔しています。側にいたくて。カリフォルニアのお墓にご両親の遺骨を持ってこられたのですね。そんなことも出来るのだと目からうろこが落ちました。私もそうしたいと思いましたが、私達もここにずっと住むかどうかわからないので、決めかねています。実家にあるお墓には、祖父母、父、兄がいます。でもそこへ入れてしまうとなんだか遠い遠い気がして。カリフォルニアのご自宅の近くにお墓があってそこにご両親がいらっしゃるというのは本当にすばらしいですね。
      これからも、ブログ楽しみにしています。
    • 71. Chiblits
    • 2011年09月28日 09:19
    • BONITASさん
      5年ぶりを除きましたよ!これで5年ぶりでお墓に行った感じがしなくなりましたね!
    • 72. Chiblits
    • 2011年09月28日 11:52
    • Lemondropさん
      お気持が良くわかります。一緒にいたいという気持ち。 私は生前からの両親の希望でアメリカに納骨する予定になっていました。 アメリカに遺骨を持って来る時にはパスポートを取る時のような手続きが必要でした。 アメリカに来たら市役所に遺骨を持って来たこと、何処に納骨するとか種類を書かされました。 遺骨でもちゃんと引越しの手続きがあることを知ってびっくりしました。 それからお墓を何処にするか決めるのに時間がかかり、石碑が完成するのに半年以上かかり、 納骨できたのは2年後でしたが自分としては両親が家にいるのが一番良い状態でしたね。 納骨されてからはさびしくなりましたよ。家に同居していた両親がいなくなったような気持ちで。ですからLemondropさんの傍に居たい気持が良くわかります。私の場合自分の行き先も決まっているのでもう引越しはできなくなりました
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プロフィール
chibi 1996 - 2016

カリフォルニアばあさん

カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。

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