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プロフィール

カリフォルニアばあさん
カリフォルニア シリコンバレーに
1972年から住んでいます。
息子も娘も家を離れてン十年。
20年5カ月可愛がった犬もいなくなり
今はじいさんと二人きりになりました。
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コメント一覧 (55)
読んでいて涙が出てきました。私も父を26の時に亡くしています。父のお葬式の時の写真がどのように選ばれたのか記憶にありません。
今私が仕事をしているのは斎場です。そこでお通夜とか初七日の食事の配膳をしています。時々葬儀にもお手伝いに入ります。そんな時一番に目が行くのが遺影です。普段着の人も多いです。
最近は食事をしている会場で写真をDVDに焼き付けたものをモニターで流したりもします。
私の父も2006年の12月に脳内出血で倒れ、なんとかリハビリを続けていたのですが、1週間ほど前にまた小さな梗塞があり、口が動かなくなったようです。
少し学校を休んで帰国しようかと考えています。
メール、届いているでしょうか。まだまだ未熟な私の料理、りんごジャムとベーグルの写真を送りました。いつもおいしいお料理のアイデア・レシピを頂いて、とても感謝しています。ありがとうございます。
私の父は2004年に亡くなったのですがその時の葬儀前後の事を思い出しました。
葬儀の前後と言うのは普段よりもたくさん思いがけないことがおこるものだと分かります。
だから、Chiblitsさんのお父様もそんなことで嫌な思いなんてされてないですよ。そうやって思い出せるChiblitsさんをちゃんと想ってくれてますよ。
それでも私は都合よく考える人間なので、ようやく祖母が、亡くなってから後悔せぬように今のうちに生きている人にできることをしなさいと言っている、という風に思えるようになったというか、ようやく悲しみが自分の中で処理されたようです。
それ以来、母、祖父母、友人など亡くなったみんなも自分の心に住んでいると思えるようになり、ふと日常の何気ない時にいろんな人をよく思い出すようになりました。
ただ私がショツクでしたのは、日本では葬儀の際に使う写真を改竄するのですか。? 信じられませんでした。
カナダ暮らしが長いので、日本の事は本当に浦島太郎の私なので、このコメントはあるいは失礼かもわかりませんが。だつたらお許しの程を。
元気な時に真剣に聞いて把握しておくといいですね。草取りしながらこんなことを思ってらっしゃったChiblitsさん、実は私も昨年手術した折、勿論元気で帰られるものでしたがその後自分の遺影を考えましたよ。かと言って「コレ」と言うものを具体的に、ではなく子供達はどれを選ぶんだろうって。でも親を見送るまでは死んではいけないと思いました。最後の親孝行ですよね。
でも最近私も「こんな音楽流してね」なんて子供達に言うことありますよ。
まだまだ先と思いたいけどいつ何が有るか分らないから時々言うと子供達の頭の片隅に残ると思うので。
でも写真はまだね〜〜、用意したくないですね
後になってそういえば・・・って思うこと、ありますよね。
そう、何気なく草むしりや花摘みをしているときなど。
私の母は52歳でこの世を去りました。ある日、突然に。
亡くなる前の晩に普通に電話をかけてきた母に普通の会話で終わらせて電話を切ったことに私は今もまだ後悔しています。
死を予期している母は伝えたかったことがたくさんあったんだろうな、って。
祭壇の写真は誰かの結婚式の時の写真を選びましたが
スライドで映し出してくれる写真は母がとびっきり若くて、きれいだったころの写真を選んであげました。
謝りたい事、私もいっぱいあります。でも親だし(笑)許してくれますよ、きっと。
母は今北海道の姉と一緒に暮らしているのですが、甥の結婚式が今年9月に有るので家族で行く予定です。母に会うのは、10年振りになるでしょうか。嬉しくもあり、年老いた母を見るのが辛い様でもあり複雑な気持ちです。
以前はお葬式用の写真がないとね・・と言っておりました。私はこの頃母をあちこち連れ出して写真をたくさん撮ります。式に使うようなものではなく食べたり笑ったり歩いたりしている写真です。
仕方のない事です。交通事故と言う不慮の事故ですから、両親は
写真を選ぶ余裕もなかったのですものね。
その頃写真の仕事に携わっていたので、妹らしい素敵な写真を数枚
借りて、上司に引き伸ばして頂きました。
帰省すると、ニッコリ笑った妹が「お姉ちゃんありがとう」と言っている
様です。
お父様のお気に入りのお写真、今からでも決して遅くはないと思います。
大きく伸ばされては如何でしょう?
写真の仕事をしている時、毎年「今年も来ましたよ」と、遺影用の
お写真を撮りにいらっしゃる老婦人がいました。毎年とっても素敵な
笑顔で撮影されていました。素晴らしい方ですね。
なんせ頑固者で、笑った顔ってのがなかなかなくて、やっと見つけたほぼ笑顔の写真を従兄弟が編集したのですが、なんだかイマイチでした。
まっ、私の話しはいいとして、chiblitsさんが撮ってあげた写真だったら、お父様も喜んでいたのではと思いますよ。
いつまでも親不孝しています。 その時になって、逝かないでって、慌てそうです。
年々、涙もろくなってきて困ります。
歳月が流れれば親も年を取るのは当然の事。
私の両親は今はまだ元気ですがそれでもやれあそこが痛いだの何だのと病院通いをしています。
介護の事も漠然とではなく具体的に考えておかなくてはいけないなぁと思ってます。
でも、まだ逝ってしまう事は考えられなくて其の事を少しでも考えると胸が絞めつけられるような何とも言えない気持ちになります。
でも、皆大きな悲しみと共に次へ次へと命を繋いでいってるんですね。
じぃちゃんのことを思い出しました。
今かいでん遅せねぇよ。アンさんも言わるいごっ差し替えしたらよか。お父上の気持ちと見る側の姐さんの気持ちがその写真のほうが良かち思うなら、何も迷うこたね〜がっ。
そんほうが、しっくいくっでな。
今さら父を正面から撮るのは、へんなことを考えてしまって、ちょっと怖いです。
本当に、普段は忘れているような事でも、実はしっかりと記憶していて、ふっと思い出させたりするんですから・・・。
以前、亡くなった人の事を思い出す、これだけでも供養になるんだと聞いた事があります。亡くなった人は思い出してくれる事、それが一番嬉しいのだとか。
思い出してもらって、お父様は喜んでいることと思います。
そういえば、もうすぐ命日です。
亡くなった時は、何も考えられないですよね。
自分ではしっかりしていたつもりだったのですが、今から考えると婚約者だった主人がいてくれなければ、きちんとお葬式を出せてたか…(^ ^;
末っ子で超父親っこだったので、ショックが大きかったけど、母の前では共倒れになりそうで弱音は吐けないし、年の離れた姉は海外で手術中だったし今から思うとそばにいてくれた主人に感謝々々です。
chiblitsさんのブログで、当時のことがふわぁっと思い出されました♪後悔してることも多いけど、そろそろ父も許してくれてるかな。
たかこさん、早く目が覚めちゃったんですね。私も昨日は早く寝たので4時に目が覚めてテレビお父様は随分お若くして亡くなられたのですね。きっと未だお若いたかこさんの事ご心配だったでしょうね。
時々思います。世話をしなくちゃいけない家族や心配をしなくちゃいけない家族がいなかったら自分は死ぬ時楽かもなんて思うことがあります。でも残される家族の事を思うと未だ病気になれない気持ちになります。
写真はそのままにしてくださいとお願いしたらそのままだったのかもしれませんね。何しろ葬儀は30年前祖母が亡くなった以来でしたから、分からない事ばかりでした。
遠くから病気の家族を心配するのはつらいですね。
今日は一年ぶりで脳梗塞のリハビリお手伝いに行ったのですが、リハビリで大分回復なさる方がおおいですね。血栓の場所によるらしくて症状は様々です。母も脳梗塞を2度しました。最初は処置が早くて直ぐ点滴が始まったので全く後遺症はありませんでしたが、2度目は矢張り口が動かなくなりました。帰国できたら喜ばれるでしょうね。
亡くなった当時、最初の一年くらいは毎日思い出しては涙でしたが、今は毎日思い出しません。でもふとした時に色々思い出して堪らなくなります。私も!父の好きだった写真、私が着に入った写真は印刷してあちらこちらにおいてあります。母と一緒の写真が多いです。
メール!申し訳ありません!Yahooメールを探したのですがスパムに入れてしまったようです。スパムが毎日300通くらい入るのです。最近も頂いた他の方から頂いたメールがスパムに入ってなくなってしまったので、メールアドレスを変更する事にしました。coucouさんは私のメールアドレスはお菓子のHPにあったのを使われたのですか?あそこのアドレスを変えようと、今日は新しいメールアドレスを作りました。
続き:
今までは anyrecipe2@yahoo.co.jp だったのですが今度の新しいアドレスは2が3に変わっただけです。申し訳ないのですがこの新しいアドレスにもう一度頂けませんか?今夜はHPのアドレスもこちらに変更しておきます。お手数ですが宜しくお願いいたします。本当にごめんなさいね。
本当にいろんな事が起こりますよね。
3日間でお別れも充分できないまま、喪服を借りに行ったり、名簿の整理をしたり、親戚が皆集まって手伝ってくれたので本当に助かりましたけど。
元気な時父は思ったことを直ぐ口に出して煩く注意する人でしたから、生きていたらさぞかし色々文句を言っただろうなあなんて考える時もあります。そんな父が亡くなる5日前私に「有難う有難う有難う」と繰り返していってくれた時、私は悲しくて何もいえませんでした。その時何もいえなかった自分を後悔しています。そうですね、思い出すことが供養になるんですね。
2年以上心に残るっていうのは凄くよく分かります。私もそのくらいは毎日のように色々思い出していました。でも人間って忘れるようにできているのはいいですね。今はそれほど思い出さなくなりました。本当にそのとおりです。私も両親をなくして、生きている人を大事にしなくてはと思いました。両親をなくして初めて心の中に生きるという意味も分かるようになりました。
桜の咲く頃までもつかどうかと言われています。
私たちはどうすることもできず、顔を見せに行くばかりです。
お医者さまの言葉も信じたくないということもあり、こういう状態ではお葬式の写真を用意するということも考えられないものですね。
chiblitsさんが、お父さんのお気に入りの写真を見つけ出すことができなかったのも、仕方がない事だと思います。お父さんが生きる事を望んでいたわけですから。
自分の時は、残された人が戸惑わないように、元気な時にお葬式の希望などをセットにして渡しておいたほうが良いなと思いました。
私も写真を変えるなんて知りませんでしたよ。何しろ身内のお葬式は祖母以来、30年振りでしたから、写真を変えられたときも最近はこんなものなのかと思って異議も出しませんでした。本当は写真自体も変えたかったのですが時間がないと言われて。たかこさんが↑で普段着の人も多いと書かれいますから、葬儀屋さんにも寄るのかもしれません。
たかこさんもカナダ暮らしが長いのですか。ブログを始める前は私も浦島太郎でした。最近はブログで日本の様子を少しはつかめているような。でもテレビ俳優歌手に至っては未ださっぱりです。
ご自宅で介護されていらっしゃるお父様はお幸せですね。私は今日から一年ぶりで脳梗塞で倒れたお友達のご主人のリハビリのお手伝いを始めました。こちらは核家族の上に、娘さんお二人ともシリコンバレーのキャリアーウーマンですからスープの冷めない距離に住んでいてもお仕事で忙しくて親の手伝いはあまりできません。お友達は私よりも10くらい上ですからお一人でお世話が大変です。もう丸2年になりました。同居しているとちょっと頼める事も全部一人ですから、大変な事です。
ユムユムさんも考えましたか。
私も父の事があって自分の写真もちらっと考える時があります。いつ必要になるか分からない事ですから、父が撮り続けたっていうのが分かるようになりました。あまり以前の写真も妥当じゃないし。考えると私の写真が家族では一番ありません。私が撮る人なの。息子も撮る人だけど、滅多に来ないから。それにスナップショットばかりだし。でもね〜未だ三脚を出して撮ろうって気にはなりません。
音楽ですか!そう云えば父の時は音楽はありませんでした!考えたら父はカラオケが大好きで自分の歌を録音しては私達に送ってくれました。葬儀の後のお食事会の時にこの父の歌を流せばよかったです!上手だったんですよ。私は自分で歌うのが嫌いですが、子供達に日本の歌謡曲を沢山教えていました。
私もね、未だ写真はありませんよ。
52歳って凄くお若かったのですね!
普通に会話を終えて…だって亡くなるなんて予期しないし、もし病気であっても亡くなるなんて考えたくないし、私も一番後悔しているのは父の死に合わなかった事です。クリスマスに2週間アメリカに帰ってお正月には息子を連れて帰国する予定だったのです。でも急に様態が悪くなったと連絡があり、息子と私は直ぐこちらを出たのですが、父が息を引き取ったのは私と息子が羽田で鹿児島行きの乗り継ぎを待っている朝の6時半だったのです。こんな事も思い出すと後悔することばかりで涙が止まりません。
お母様の良い写真があって良かったですね。少々若すぎた写真でもいいですよね。私は遺族や参列者の為にじゃなくて亡くなった方の為の写真だと思うようになりました。
私も遠方に住んでいたので、最初の20年ほどは電話会話とテープが殆どでしたから、主に声です。声って本当に変わりませんね。今でも当時の交換テープが残っています。そして手紙も沢山残っています。でも1995年辺りからパソコンとインターネットの出現でテープ交換がなくなり、手紙もなくなり、考えると残っているのはイーメールだけ。本当に声が変わらないのは不思議ですよね。
わ〜10年ぶりですか!それは長いですね!年取った両親を見るのは切ないものです。でも前よりもいとおしく感じますよ。
ブルーグラスさんのお祖母様はとても気骨のある方だったのでしょうか。最後までちゃんとされて素晴らしいですね。珍しいお話です。
私も写真だけは時期がきたらちゃんと撮ろうかななんて思います。でもこういう事って元気な時にしておかないと病気になってからではエネルギーがありませんよね。
私は骨を撒いてなんていいません。両親と一緒のお墓に入りたいです。もう私と夫の名前も入れてあります。
お母様が写真を撮ってって言われますか。
雪虫の伝説さんとの思い出を沢山写真に残したいのでしょうね。私も父が写真好きでしたから写真が山のようにあります。写真はいいものですね。楽しい写真は沢山残しておくべきですよね。
本当にそうですよね。例え病気をしていても家族は死なんて考えたくないですから、葬儀の写真なんて考えもしないものです。
妹さんの良い写真が見つかってよかったですね。矢張りお葬式の後に見つかったのですね。そんなものですよね。私も葬儀の写真は実家の仏壇に置いたままでここにあるのは全部父と私が好きな写真ばかりを飾っています。幸い今はパソコンがあるのでA4の引き伸ばしも簡単にできます。フォートショップで母との写真をコラージにしたり、沢山プリントしましたよ。
わ〜そうやって毎年写真を撮りにこられる方もあるのですか。そういう方ってかえって長生きをしそうな気がします。私もそれだけの心の余裕があるように生きたいですね。見習わなくちゃ。
ははは!面白い話ですね。
そう云えば父もそうでした。歯を見せて笑っている写真は殆どないですね。スナップショットなら沢山ありますけど、横顔とか斜めとか。でも「はい、チーズ」と言ったら歯を見せない人でした。(笑)
実家の仏壇に葬儀で使った遺影は置いてきました。我が家にあるのは父が気に入っていた写真ばかりです。でも遺影も意味深いものだなあと感じたのは実家に帰ってその写真を見ると、お葬式前後の事が全て思い出されます。こんどの帰国はこの写真も持って帰ろうと思っています。
誰もがいつかは経験する事なんですね。
私の仲の良い同級生のご両親達は未だ健在な方が多いんですよ。それを考えると母はちょっと早かったと思います。
遺影は普通家族が撮ったものですよね。それを考えると矢張り元気な時の楽しそうな写真が一番いいですよ!遺影なんて考えなくても(考えると寂しくなるので)楽しい思い出のつもりで沢山撮ってあげるといいですよ!
そんなものですよ!特にご両親が未だ若かったら、そんな事考えもしませんから。
母が食事の支度をしなくなったころからでしょうかね、私が母に老を感じたのは。それまでは口げんかもしていましたよ!(笑)
私も漠然と介護の事はどうなるのかなあって思っていました。姉は東京、私はアメリカですから。長期になるようだったらアメリカに引き取ろうと思っていました。でもこういう事って本当にそのときにならないと分からないもです。父が亡くなって母一人になった時はとても長時間のフライトに耐えられるような体力ではなかったので、その時点は夫も退職が近かったので夫と私が実家に住もうと話していました。介護は体力のある人が一人いるととても助かるので。でも父の後を追うように直ぐ亡くなりました。私もそろそろ自分達の事を考えておかなくてはと思うのですが、どんな病気をするかわかりませんものね。
まぁ〜交通事故だったのですか!
事故死って本当に無念です。
おじいちゃまはきっと男前の写真を大事にとっていたのでしょうね。皆さんも後でこれが良かったのにって事があるのですね。
もぉ差し替えたち。
遺影は実家の仏壇に置いたままで、こっちにあるのは父のお気に入りばっかいやから。いまごっはパソコンとプリンターがあれば自分でもA4の印刷が簡単に出来るもんね。便利になったこっが!
我が家では私が写真を撮る人なんです。なので私の写真って殆どないの!お父様も写真を撮る人なのね。この際、acho☆さんがこれから沢山スナップショットを撮ってあげてください。ふふふ、お葬式の事なんて今から考えなくてもいいから!私もね、最近はブログ用の食べ物の写真とか物体の写真が殆どなので、こまったなあって思っているの。無意識にこうなっちゃうんですよねぇ。自分どころか、最近は家族の写真も少ないです。
その脳がいつまでも機能しますようにと願っています。
私が脳って不思議だなあと思ったのは母がアルツハイマーになってからです。母は30代の記憶にいたのか、それとも孫達ができた50代の記憶にいたのか、小学生の子供達がをまるでそこにいるように話していました。本当に脳って不思議です。
確かに思い出すことが供養。同感です。私も子供達から思い出してくれたら嬉しいもの。
皆さんのコメントを読むと、この5年の間にご両親をなくされた方が多いのにびっくりしました。どこかで、誰かが亡くなっているんですね。そして其々に思いがあるのですね。
家族は悲しみの方が大きいですからあまり役には立たないものです。よくしたもので、私の場合も回りの方達がとてもよく手伝ってくださいました。とむころさんもご主人様がいらして良かったですね!そして皆さん大なり小なり後悔していらっしゃる事もあるんですね。
お義母様が入院ですか。ご心配ですね。
入院中に家族の顔を見るのが一番の生きがいでしょうね。musicaさんが行ってあげると喜ばれる事でしょう。本当に!家族って最後の最後まで準備なんて考えないものですね。私は父の状態が急に悪くなったと聞いてアメリカからとんぼ帰りしたのですが、それでも喪服を入れる事、考え付きませんでした。
私も自分の失敗を教訓にして、自分の時はちゃんと準備をしておこうかなと思います。其々に手紙も書いて。
はい、その通りです。見つかってよかったです。
今はそんなお気に入りの写真に囲まれています。仏壇にもお気に入りの写真だけ置いています。
変なんですよね。かわいそうでした。なので母が病気になったとき、できるだけ自然な姿でたくさん写真をとってあげました。息子の運動会でもカメラが嫌いなワタクシが。でも、おかげでブログなんてこともできるようになりました。
ご返事遅くなってすみませんね。今気が付きました。
Naoさんのお父様の写真も首下が変わっちゃったんですか!お葬式なんて祖父以来でしたから、何も分からなくてお葬儀屋さんにお任せで、最近は皆どこでもこうなのかしらと思ったのですが、皆さんのコメントを読むとそうでもないですね。母の時は背景だけが取り除かれて青系の一色に変わっていました。流石に女性の場合は洋服までは変えませんね。そうですか、お母様の写真を沢山撮られましたか。私はいつから自分の写真を用意しようかしら。なるべく早い方が安心なような。私の姉は未だにデジカメを撮りません。写真を送って欲しいのに。