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脱走と追跡のサンバ

 

涼しくなってシネコンに行く欲が出てくる(ユーロスペースとかミニシアター系は定期的にいくがシネコンは暇つぶしというかなんも知らん映画を見に行くことが多いので暑いとその欲が削がれてしまう)

調べたらオダギリジョーが監督してるやつが上映するらしいので予約。数年前、細野晴臣(デイジーホリデー)のラジオにオダギリジョーが出た時に話していた作品ぽくて、なんかドラマを作ってた気がして配信で1話だけ先に見る。ラジオでも言っていたが私立探偵濱マイク風なドラマに三木聡っぽいコメディ感のある作品で懐かしい気持ちになった。映画もそんな感じなのかなと思ってみたら全然違くて驚く。ファーストシーンからあからさまなツインピークス(しかも新シリーズの方)のオマージュみたいなところから始まって結構不条理に進んでいくけど、割と生合成のある(内容はSFというよりかオカルト寄りだが)話に終着していって面白かった。映画自体は正直全然良くないのだが(オダギリジョーの犬のキャラとか、ドラマだと主人公にだけ言葉が通じる犬としてドマだとコメディやシリアス要素に絡んで良い感じに機能していたのが、映画だとほとんど必要ない感じで、ただ犬の格好をしたオダギリジョーがいるだけになっている)、そういう要素を廃して、それこそデヴィッドリンチの邦画解釈として見ると面白かった。実際公開初日だったけど客入りはガラガラで途中で帰ってる人もいたが、あの豪華な出演陣であの無茶苦茶な話をやってしまうのはすごいなと思う。デヴィッドリンチとかいたけど、みている時は邦画の"ビリィザキッドの新しい夜明け"とか"脱走と追跡のサンバ"とかそういうスラップスティックな自分の好きな作品を思い出したりもしていて、上映中も眠くならずに結構興奮しながら見れたのでよかった。

 

構造の話でいうと、ひとつの銃声があらゆる次元(ポータル)に遍在しつないでいくというだけなのだが、例えばたこ焼きやイカの破裂音は同時存在としてあるが、バーで放たれる銃声だけは別の存在としてあって結局はその銃声によって物語は閉じられる。(一度目の破裂音の後にバーの銃声がくる)。撃たれる人物の入れ替えはオリバー(犬)の父親であるルドルフ(犬)がおそらく佐藤浩市(人間)に成り代わっていることからも、人格の転移がなされる世界と読むと、オリバーと池松壮亮の人格(というかその人の存在自体)の転移がどこかでなされていたのかもしれないが、それは(おそらく)映画では描かれていない。最後はおちゃらけて終わってしまうのだけれど構造だけ取るとかなり怖いので真面目にそっち方面に振り切った映画を撮ってほしいなと思った。

今の邦画でこういうことやれる人って資金的にも感覚的にもいないだろうし、それこそアニメ映画とかで賑わってる映画館でふらっと間違ってこういう作品を見てしまう人がいたら面白いだろうなと思う。

 

 

なぜかphase90が手に入る。ロゴががっこ良い方。電池駆動なのでペダルには組まずに机に常備してシンセやfuzzに繋いで使おう。

 

秋の気候になって本がたくさん読めるのでテンションが上がっていっぱい買ってしまったのだがどれもあんまり乗れなくて、ボルヘスの砂の本くらいしか楽しく読めなかった。

少し前に、ジョンファンテの未翻訳作品が出ると聞いて購入していたのがちょうど届いて一気に読む。120ページほどの短い話だけれど本当に素晴らしくてラストの方で結構感極まってしまう。これは大袈裟でなくカールテオドアドライヤーの奇跡とかそういう次元の話だなと思った。紋切り型のようでラストの展開も読めるのだけれど、それでも喋らないロバや過酷な境遇の中で黙々と生きる少年を、周りの人間たちが見かけることで再生へと向かっていく様子は"犬と負け犬"で書かれた作家≒犬とは違ってあくまで個人的にそれぞれがそれぞれに再生していくので、作者の示唆みたいなものの外に出て(紋切り型の外に出て)物語が進行する。この作品が年代的にいつのものなのかわからないが、ここから先の話をさらに読みたいと思ってしまった。

こんな良い小説は、誰か映画化したらいい。




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