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banging the drum

少し早いがお盆休みで富山に帰省。

 

月曜日

八尾の温泉施設に行く。平日の朝イチだけれど結構人がいた。といっても地元のおじいちゃんおばあちゃんだけれど。ホテルに併設している温泉なのでレストランで蕎麦を食べてから温泉。天国。

お風呂上がりに畳の休憩室で見るお昼のニュース。そんでコカコーラゼロ。天国。

 

家に戻って本を読む。摩耶雄嵩のさよなら神様。

なんでこんな胸糞悪い話を金払って読んでるんだろうと思いながらそれでもおもろくて読んでしまう。それでもやっぱり胸糞悪いので解毒としてカズオイシグロ遠い山なみの光も並列で読む。今年映画化されるようで(終戦80年の関係だろうか)新装で文庫が出ていた。訳がギクシャクしてるのかなとも思ったけれど、キャラの不透明さをみると意図された文なのだろう。主人公の女からほぼ主体性は取り除かれていて、条件反射で出される行動やセリフにほぼ感情移入はできない構造になっている(この感覚はちょっと小津安二郎の台詞回しを思い出した)。それでも、別の話としてある離婚や再婚や海外移住、娘の自殺といった話を挿入しつつその先にある過去の遠い長崎の記憶の物語は、確かに女の遠い記憶のように文章で再現され、小説の筋の通り窓辺で風景を見ながら思い出す遠い昔の記憶のように読む側の頭の中にも偏在するようだ。

夜は近くの川を歩く。街灯がないので真っ暗、とおもったら遠くに光が見えて鬼火かと思ったけれど多分花火をしている人がいたみたいだった。小学生の頃、夏休みに親戚で集まって夜にラーメン屋に行った帰り、畦にぽつんとある墓の辺りに鬼火を見かけた記憶を思い出した。それもまた遠い記憶の光だ。

火曜日

朝イチで親水公園を散歩。暑すぎる。。

日陰に逃げ込みながらそれでも太陽に焼かれる。

帰ってBSでメジャーリーグを見る。

 

 

お昼は近所の蕎麦屋へ。人気のお店なので開店時間前に並ぶ。天ぷら蕎麦がうまい。蕎麦茶もうまくて最高。夏も秋も冬も春もいつ食っても蕎麦は美味いので最強。

そのまま車で総曲川の紀伊國屋に連れてってもらう。富山の行きつけだった明文堂も潰れてしまって良い本屋はもうここだけ。カートヴォネガット-猫のゆりかご、山田詠美-蝶々の纏足/風葬の教室、ディック-逆まわり世界を買う。先週熱帯夜に寝れなくて何故かyoutube村上春樹-風の歌を聴けの朗読を聴いていたのだがこの辺りの文章はやっぱり清々しくて夏似合うなと思っていて、参考となったカートヴォネガットを読み返したくなったのだった。アイスナインの概念を久々に思い出す。それぞれの死に方が美しい。モナの唇にアイスナインが触れる瞬間の映像が頭にこびりつく。この文を最初に読んだ時、あまりにあっさり死んでしまうので読み飛ばしてしまって、あれ?いつの間にか死んでるとなって前の文を読み返したのだった。それくらいにあっけない世界の終わり。

 

水曜日

昔富山にあった九頭竜というラーメンを食べたくなったのだがもう閉店していて、昔の店舗の近くにその味を蘇らせたという古久龍というラーメン屋ができていた。それで地図を見たらよく行くスーパー銭湯があることに気づいてラーメン屋に行って銭湯に行くプランができる。

ラーメン屋は混むみたいなので開店前に行く。幸い一番乗りでスムーズに入店。あの味だ!!

富山はブラックラーメンでネタにされがちだが意外と支那そば系のラーメンで美味しい店が多い。それとついでに頼んだおでんの出汁がめちゃくちゃ美味くて感動した。ラーメンの後に温泉。お風呂の大きなガラス窓が開け放たれていて夏の平日の日差しと木漏れ日と風の中でお湯に浸かる。最高。

このコースを鉄板としたい。夜に来てもいいかもな。

家に帰って本を読む。本がなくなったので歩いて駅前のブックオフへ。駅横のビルの上階に入っている店舗だが、ビル自体が自習室とかゲーセンとか学生向けの施設に改装されているからかブックオフもトレカやフィギアが中心で本は隅に追いやられている。この時代、学生は紙の本をかわないよなあと思いつつ、なんで自分は紙で本を読みたいのだろうと謎の自問自答に陥りそうになる。そういえばKindleがで始めた頃はちょっと使ってみたりもしたけどなんとなくやめてしまったな。中学生の頃、教頭先生が何故か授業をするタイミングがあって、どういう文脈だったか忘れたけれど、公共施設のベンチみたいなところで外国人が文庫本を読んでいて、その姿勢がとても良くて、長時間そのまま静かに本を読む姿が美しくて感銘を受けたと話していたことをたまに思い出す。なんというか、癖ではないけれどそういう何ともいえないけれどグッとくる瞬間てあるよなあとその時も思ったし、そういう感覚がおじいちゃんくらいの年齢の教頭先生が持っていること自体にグッときたのを覚えている。そして紙の本を読むという行為自体が、例えば紙のタバコを吸うみたいな、その人のスタイルの範疇になるような行為なのかもしれないし、現代においてはまさにそういうモノになりつつあるのかもしれない。そのうち文庫本博物館とかできて、読むこと自体がある種のトレンドになったりしたら、外で本読み辛くなりそうでやだな。

吉田修一の読んだことないやつとリングラードナーの短編を買って帰る。

木曜日

朝イチで車に乗って好きな神社へ行く。春にも行った神社。

朝イチで来たので誰もいないでお参り。防風林というか高い木々が密集した風景が昔から異様に好きで、一番は遠くからそれを見るのがいいのだけれど、木々の下から風に揺れる葉っぱを見るのも面白い。特にこの日は台風が近づいていて風が強くて誰もいない神社の中で葉っぱがざわざわと揺れる音だけが響くのが何だか面白い。白山宣之の漫画に"ちひろ"という傑作がある。ちひろの夏のある一日の昼から深夜までを書いた作品だが、その中で段々と風が強くなっていく。話の筋と風はあまり関係はないのだけれど、洗濯を取り込む際に服やハンガーが少し揺れていたのが夕方のお祭りのシーンでは提灯が激しく揺れる絵が挿入される。最後、嵐のくる夜に弟が怖がってちひろの部屋にきて物語が終わるのだが、こんなに静かに風を描く様に読むたびに感動する。そしてその風が暁闇という母親から語られる言葉によってほんの少しだけ話とリンクする様は、作者の意図が程よい程度に見え隠れして、上品と言って仕舞えばかんたんだけれど、それよりさらに深いところで漫画によって何かをなそうとしている白山宣之の熱を感じる。

金曜日

今日で東京に戻るので車で見たい風景をめぐる。好きな田園の道に来たら、夏そのもので少し立ち尽くした。稲穂の匂いだけで色々な記憶が蘇るけれど、それがいつの夏なのか思い出すにはもう遠く離れすぎたような気もする。それでも何度来ても夏は面白い風景を見せてくれるものだと思う。この夏も数年後にまた蘇る記憶の一つになるのだから面白い。

 

学生の頃からある行きつけのブックオフに寄る。なんとなく買った山田詠美がかなり良くて、昔読んだけどほとんど覚えていない、"僕は勉強ができない"と"放課後のキーノート"を買う。岡崎京子と同世代だと思うけれど、また少し違う感覚で残酷な文章を書ける人だと思う。残酷さの鋭さが岡崎京子と比べるとより内側というか自分に向いているので読みやすくはあるのだが、孤独の深さでいうとうちに向いている分深い。自分は東京生まれでないので岡崎京子のある種ペシミスティックな諦めは完全には理解できないのだけれど山田詠美の書く、人の分かり合えなさと分かり合える人と出会ってしまう瞬間の嬉しさみたいなところは自分の実感にもあって強く惹かれる。綿矢りさが影響を受けていると知ってああ〜なるほどと納得してしまった。

夜に新幹線で東京へ。東京の方が涼しいではないか。。。

 




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