久永実木彦-七十四秒の旋律と孤独を読んだ。これは普通な感じだ。デビュー作?の短編は結構面白く読めたけどその人物設定だけを引き継いだ連作は短編を発展させてみましょうという域を出ていない感じ。次の"私たちの怪獣"から一気に何かを掴んだのだろうか。
暑すぎて公園で読書してるだけで倒れそうになる。。クーラーの効いた図書館で一日中本を読んでいたい。そういえば大学生の頃、毎年夏になると図書館にあるハードカバーの村上春樹-風の歌を聴けを一日で一気に読むというのをやっていたなと思い出す。いつかこの拳銃でリボルブするんだというセリフを心で呟きながら読み終わってから食堂いってで油そば食ってたな。その後お盆に実家に帰って読むもんなくて、その時住んでいた警察官舎のアパート(父親が警察なので)の近くにあるショッピングセンターで文庫の方を買って、和室の夏の陰影が濃い影の中で、窓につけた日除けのゴザから漏れてくる光を頼りに読んでいた記憶もある。
東京だとそういった図書館や部屋の中の避暑スポットはないのでなかなかあの読書するためだけの時間みたいなものはないな。あの静けさをまたどこかで経験したい。
ユリイカで成瀬巳喜男特集をやっていたので久々に購入。それこそユリイカも大学の図書館が毎月買ってくれていたり、バックナンバーが地下の書庫にあったりで当時は夢中で読んでいたけれど、レイハラカミ特集を買ったのが最後くらいでもうほとんど興味を惹かれる特集もなかった。時代の流れからヴェイパーウェーヴとかその辺の文化の特集をここ数年やっていた認識で自分の趣味が合わなくなったというところだろう。久々に読んだらまあやる気ない感じで結構ガッカリ。蓮實重彦の対談もシネマヴェーラの特集上映後の文字起こしでめちゃめちゃ内容が薄かった。ただ、他の論評者たちが結構成瀬巳喜男の空間の作り方に言及していてやっぱりみんなそこに惹かれるんだなと再認識した。小津と似ているようで全く違うのが成瀬は奥行きや角度を使って演出をするところで、同じ人物をいくつか角度をつけてカットを切ったり、奥での動きと手前の動きが同時進行で演出されていたり割とそういう仕掛けだけで映画を作ろうとしているところがあってそこでとんでもないシーンがいくつもできているイメージ。特に長屋の内側にカメラを置いて開けた表通りを捉えてそこにいくつもの人物が現れるというカットを多用するけれど、内と外を同時に見せながら家族内の顔といきなり介入する世間の顔を同時に使い分ける喜劇になったり、悲劇になったりと画面構成だけでドラマを作れる作家だ。
そんで、驟雨を観たくなって観た。これはすごい傑作。反復されるそれぞれの夫婦の関係性が上記の構造(この映画の場合は裏庭が隣の家と繋がっていてそこで内と外が接続される)によって覗かれたり、羨んだり、反転したりする。最後の紙風船のシーンは原節子の"もっと強く!!"というセリフの良さ、ラストシーンも裏庭を使われてそこで最後は喜劇とも希望とも取れるシーンで終わる。何を撮るかもどう撮るかもどちらも成立しているようなとんでもないシーンでもうそこだけで感動してしまった。
本屋に行って何冊か買う。バロウズってそういえばちゃんと読んだことなかった。

明日は月曜だけれどここ三週間ぐらい海外行ったり戻ったりだったのでなんとなく有給を取ったので休み。というか来月末も一週間休みなんだよな。どっか行こうか。
とりあえず明日は朝から銭湯行って映画館で映画を見ようと思う。特に観たい映画もないけど、ジャームッシュっぽい映画があったのでそれでも見ようか。なんだか何の予定もない夏休みみたいだ。