所用を済ませたタイミングでいつかくるかなと期待して待っていたことがこのタイミングで来る。こんなこともあるんだなーと思いつつ今年は色々と動く年になるのだろうと一人納得する。
黒沢清のトウキョウソナタを観て、昔見たはずなのにワンシーンたりとも覚えていないなと思ったが散歩する侵略者とクリーピーが混ざって記憶していただけの初見だったみたいだ。
小泉今日子が逃避行するあたりからの展開は面白い。ラストの取ってつけたようなオチも綺麗事ではなくあくまで家庭内に戻っていく形なのは良いと思った。それでも90年代のあのキレキレの感じは無いが。
swich2が届いたので軽く触る。思っていたより小さいけど初代よりは大きい。速度も良い感じでゲーム業界の一つフェーズが上がるんだろうなと実感する。とりあえずマリカと何故かムジュラの仮面をやっている。
来週も海外なので色々と本を買ったのだが、吉田喜重の小津安二郎に関する本が我慢できずに読み始める。かなり私見を伴う批評にも思えるが静物からの視点という捉え方は面白い。読んでいて少し高野文子-奥村さんのお茄子を思い出した。あの漫画は自分の中でワンアンドオンリーの特別な作品だけれど、あの軽いようで少し冷めた感覚の視点は静物からの目線と考えると割と繋がる気がした。実際宇宙人の先輩は醤油差し?だったし。
カットの節々で展開する物語とは関係のない物語(窓の外の小鳥とか)、そもそもの本筋も実際は中身はないわけで、何を語るか/どう語るかのその両方がない空虚な状態を延々と静物の視線で捉え続けるというか。記録映像を演習していたら空虚なはずの映像の中になんだかわからない"何か"が捉えられたようなそんな感覚になるのだけれど、これだって言語化はできない。この言語化できなさを漫画で書くと伝わるのだから、その"何か"の再現力とうのはもう天才的というしかない。
夜の街を歩く。最近は自分の住んでいる街がどんどん面白くなってきている。BGMはkip hanrahanがやはり合う。永井荷風によって描かれた本所の街は向島側は現代も混沌としているが、業平方面はそれはそれで静かに混乱している。いくつかの大きな車道の間にある碁盤の目状の路地はその区画によって微妙に毛色が違う。銭湯がある地域は下町的に玄関先に鉢植えや木々が生い茂っているし、YKKの建物や北斎博物館がある辺りは謎のモダンな建築物が多くて少しヨーロッパっぽい。その先に行けば夜の両国の無駄に広くてでかい建物と人気が全くない(両国駅は著名なわりにアクセスが悪い)あの感じ。錦糸町方面に行けば映画館が二個もある。(おんなじ系列だけど)
歩くと曲を作りたくなるのは何故だろうか。試してみたいアイディアが生まれてくる。
この街に何人かの知り合いがいて、もう何年も住んでいて、全然知らない人たちがいる。毎日散歩や公園で顔を合わせる人もいるし、コンビニの店員さんにはもう顔を覚えられているので簡単な会話もする。でもそれは小津安二郎が自分の映画においてあえて踏み込まなかった物語性のように、ただのプロットだけがあって物語には発展しない。そのある種の空虚な感じが余計に想像力を刺激するのかもしれない。