
ランドスケープアーキテクチャの概念のうち、特にエコロジー/アーバンネイチャー概念を下敷きにある音楽のジャンル観の遍在性について考える。
音楽をする上で、ただ楽器の練習をするのではなく、ランドスケープの様に各ジャンルを俯瞰的に見る/演奏するにはどうしたら良いのかという問いについて考える。
あるジャンル(例えばオルタナティブミュージック)に絞って練習/作曲をすることでその内としての強度/範囲を広げることは可能だと思うが、その拡大性はジャンルの檻に囲まれており限定的である。(そしてジャンルのフォロワー的な音楽は得てしてこの状態にあると考える)しかし、例えばオルタナティブミュージックにおいてのsonic youthが70年代のCCR~Talking headsのアメリカンロック~ニューウェーブの流れやジャズ(特にオーネットコールマン~ジョンコルトレーンまでの相対するフリージャズ)、現代音楽の要素を難なく取り込んでジャンル横断的に描く音楽を遍在している様はどうやって捉えれば良いのだろうかという問い。
ランドスケープにおけるエコロジーとして、その土地の特徴を地学~地形〜環境〜生物といったより根本の部分で特徴を捉え、その上でオープンスペースから建築物を創造し、最終的にランドスケープを形成する様に、音楽ジャンルにおいてまずその土地を定めるとする。
それは、リズム/コード進行/歌詞/音色まで分解できるとして、その根源の状態を下敷きにした状態で演奏/作曲を行うことで、地表に応じてその上にランドスケープが立ち現れる様に、各ジャンルの中へと遍在できるのではないか、と考える。
現在の音楽界における射程範囲の狭さは、その狭さゆえに深く刺さることはあるがジャンル横断的ではないと考える。これほどまでにあらゆる音楽ジャンルに横断しやすくなった現代においてそれでも流行っている音楽はある特定ジャンルを標榜し、分析し、調査されて作曲された1曲である。クリーピーナッツが完全に意識的に、あざといくらいに、ジャージークラブのビートを参照して曲を連発している様がそこに重なるが、その曲と曲の間にランドスケープ的な思考で見る様な重なり/内と外が裏返る様な広がりはなく、あくまで内の強度のみと思う。
あるジャンル1から別のジャンル2へ遍在するためには(それは一曲のうちでも、ひとつのバンド/ユニットとしてでも)、根本としての地面に属した状態でジャンル1と2の下にある地表にぞくるすしかないと考える。ジャンルの内側にいて地表を離れていた場合はジャンルからジャンルへの接続はないと考える。
逆にクラフトワークが自身の音楽をエレクトリックブギと表した事は示唆的である。斬新と感じる音楽のその地表には過去の伝統的な仕組みが下敷きとされている。その上に建物を作りランドスケープとする。
単に斬新な建物(斬新な曲)だけを作ったとして地表に合っていないのであれば魅力的なランドスケープ足り得ない。
ここまでの過程として、地表を調査し、見極めるために何が必要なのか考える必要があるのだが、それはグルーヴであると仮定してみる。フランクオーシャンがバックビートを排したとしてもそれは地表にあるバックビートをあえて鳴らさないということであって、バックビートが無いわけではない。そして、フランクオーシャンのフォロワーの音楽を聞くとまさにバックビートが無い状態から(ジャンルにとらわれた状態)から始まっていることが多い。
つまりジャンルにとらわれる前の状態に立ち戻る必要がある。この方法の一つとして、全く異なるジャンルの音楽を別のジャンルへ接続する試みが有効なのでは無いか。つまり例えばオルタナミュージックのバンドとしてThe Whoの音楽をやるとしたら、その共通点と相違点を見る必要がある。この見ること自体が地表に立ちかえることに近似するのではないかと考える。
という仮定をいろいろ考えている
ジャック・リヴェットの"セリーヌとジュリーは船でゆく"をDVDで観る。傑作。
冒頭のパリの街が美しい。そこで展開される不思議な話は特殊効果がないにも関わらず異世界であることがわかる。この辺は結構明確にデヴィッド・リンチに影響を与えている気もするがどうなのだろう。
2年ぶりくらに東中野へ。ポレポレ東中野で諏訪神社の神事に関するドキュメンタリー"鹿の国"を観る。去年諏訪大社4社を回ったり諏訪湖の旅館で泊まったりしたので見たことがある風景とその地表に潜む歴史についてしれてとてもよかった。ドキュメンタリーは好きでよく観るけれど、好きなドキュメンタリーは音楽が極端に少なく、その土地の音が聞こえてくるものが多い。新日本気候なんて最高である。鹿の国も音楽が少ないとてもよかった。冒頭と最後に配置される雪の降る様や桜の木の下で引き継がれる家族の歴史とその会話、その向こうにある静かだけれども無音ではない環境の音。その在り方にとても幸せな気持ちになる。
自分もいつかは地元の獅子舞をきちんと復活させたいと思っていたりする。