Hobo's コンサートの音源がサブスクで配信されているのを知る。ずっとyoutubeで聴いてた冬越えがいつでも聴ける。
https://music.apple.com/jp/album/%E5%86%AC%E8%B6%8A%E3%81%88-live/1649730475?i=1649730490
自分はギターの弾き語りにあまり心が動かない人間ではあるがこの時の細野晴臣の演奏は本当にすごい。原曲も好きな曲だが、コードで弾き語るのではなく原曲を解体してギター1本でもきちんと編曲できているのがすごい。ベース的なリフからいつの間にかコード感が出てきてリズムも複雑に絡まっている。それが全て弾き語りでやられていることがすごい。
原曲から構成を変えて、コードを進行させずにリズムのためを作ったり、テンションコードの下でベースだけ動いたりと、こういう形態で一枚アルバムを作ってくれたらと思ってしまう。
Alexandre andresのカエルアルバムを聴く。前に聴いた時はピンと来なかったのだが、あたらめてきいて素晴らしいなと思う。リズム楽器がほぼないアルバムだが、とてもグルーヴを感じる。フランクオーシャン以降といって済ませられない音響で、ギターとピアノに少しの上モノという編成なのにある種のロハス的な簡素さはなく、豪華なアレンジを施された重厚な曲を一度解体して再編成したような、なんというか幽霊的な、音像が立ち上がる。(実際に過去の曲のリアレンジもあるのだからそういう意味で脱構築、再構築的ではあるのかもしれない)
自分も今書いている曲で脱構築をしたくて一度作った曲の解体をしているがこれは楽しいけど危険なあそびだなとも思う。フィルをなくしたり、ハットをなくしたり、ベースの一部をミュートしたり、解体できる場所を探すのは面白いが、ぎりぎりのラインを越えると自分にしか元の感覚がわからないものになってしまう。それを面白い、と自分は感じられるが、他人には全くわからないだろう。筒井康隆の"着想の技術"を少し思いだす。自分が面白いと思うのも=全ての人が面白がれるわけではない。ただ、ポップミュージックのフィールドでやる必要がないのであればその自分側の領域をぎりぎりまで広げることはできる。そして残す社会性の部分に劇薬レベルの何かを忍ばすことができれば、ある程度の人には伝わる何かができるのではと考える。
五十嵐大介のかまくらBAKE猫倶楽部、吉田秋生の詩歌川百景の新刊を読む。かまくらBAKE猫倶楽部の方は各巻の最後に本編とは別の過去の話が載せられる形式で、過去にはふたつのスピカや今だとこれ描いて死ねでもやっているやり方で、自分はこの形式がすごく好きなのでさらに五十嵐大介であるのでどういう決着になるのだろうとドキドキしている。
ふたつのスピカの中では、単行本の最初の数巻の最後に原型となった短編を載せるという形で過去の話が語られた。連載時よりかなり前に書かれた短編であるため進行している話と直接関係はないのだが、突然最後に載せられている別のタイトルがついた一編は構成としてとてもよかった。ふたつのスピカは人間関係や町の記憶、夢といったエレメントが形を変えて何回も何回も変奏される漫画であった。花火大会は作中で複数回書かれるし、大人と子供というふたつの視点で語られる街の視点の入れ替わりも主人公たちが成長することでその役割は入れ替わる。そういった繰り返しの話の中で一話完結の過去の短編が巻の最後に置かれることで、続き物の漫画であるのに一巻ごとに完結しているような満足感があった。(さらにあとがきとして書かれる、もうひとつのスピカも良い)
こういう一巻のあり方を漫画の中でもっと探っても良いのではと思う。
ジャックロジエの映画がDVD化するらしいので見たことないやつをいくつか予約。(昔ブルースタジオで特集をしていて幾つかは観た)あまり面白い記憶はないのだがなぜか頭にこびりついたシーンが多い映画監督だ。
ホセ・ドノソの"境界なき土地"を読み切る。すごい。途中まで何がしたいんだといういつものホセ・ドノソの短編的な感じであったが、途中の街の崩壊が見えてきた辺りでこれはすごい小説ではないかという予感が出てきて最後までその予感を裏切らない展開で素晴らしい。街が死んでいくということがどういうことなのかという話であり、フアン・ルルフォがペドロパラモで行った街を擬人化するという方法もとらず、ガルシア・マルケスがマコンドを崩壊させるために何人ものブエンディア一族の関係者を殺すような殺戮も用いず、ただ、娼婦宿の終わりとその始まりの2つの夜を描くだけで、ひとつの街がこの世界から消えるという怖さとある種の潔さを立ち上がらせている。
子供の頃に疑問に思っていた、誰のものでもないはずの土地を先に生まれた誰かがなぜか所有していて、お金を払うと手に入れられるという完全に人間主義のルールに意味がわからなかったことを少し思いだす。(月の土地を購入していた人もいたが、あれをニュースで見た時の嫌悪感は今も感覚としてある)