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ドイツ零年(1948)

 

イデオロギーの変更は犯罪と狂気を創り出す」 

「それは子供の純真な心までも」

 

原題は「Germania anno zero

無防備都市」と「戦火のかなた」で大成功を収めたロベルト・ロッセリーニですが

本作以降はネオレアリズモの退化と酷評され、興行的にも失敗

ナチス悪の映画は評価されたが戦後ドイツの不幸を描いた映画は評価されなかった)

一方でフランスのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちはロッセリーニを擁護

フランソワ・トリュフォーは代表作のひとつ「大人は判ってくれない」

「ドイツ零年」の影響が大きかったと明言しているそうです

話はちょっとずれますが、日本でも子どもの自殺が

過去最多の532人(2025年)を記録したそうです

つまり毎週、小中高生の約10人が自らの命を絶っているということ

(重度の病気や事故による死者と、ほぼ同じ数の10代の若者が自殺している)

 

学校や家庭で問題を抱え、将来への希望を持てなくなってしまう

子どもたちがそこまで辛い状況に追い込まれてしまうのには

当事者が抱えている問題はもちろんですが

今の時代を取り巻く社会的背景(SNS疲れなど)もあるのではないでしょうか

情報(洗脳)に振り回され自分を見失ってしまう

舞台は第二次世界大戦敗戦直後、連合軍占領下のベルリン

瓦礫の中で(復興のため)働いていた少年エドムンドは

12歳であることがばれ15歳以上でないと労働許可が降りない)

大人たちから「仕事泥棒」だと追い払れてしまいます

 

エドムンドが暮らす(住宅当局から割り当てられた)アパートでは

困窮した家族が何世帯も同居しており

エドムンドの父親は病気で寝込み(家族の重荷になっている)

元ナチ党員の兄のカールは収容所行きを恐れ(アパートに隠れ)引きこもり

一家を支えているのは、姉のエヴァが夜な夜なキャバレーに出かけて

アメリカ兵から煙草をもらっては(女性を口説くのに煙草を勧めるのがマナーらしい)

それを売って小銭を稼いでいます

なのにそのことをカールはよく思ってなく(自分は働きもしないくせに)

かっての敵に媚びを売るのかと(エヴァは決して売春はしていていない)

喧嘩になってしまいます

でもエドムンドは優しいエヴァのことが大好き

もちろんカールや両親のことも大切

だからこそ「自分も働いて稼がなければ」と思っているのです

そんなとき(ナチス党員で学校をクビになった教師)エニング先生と偶然再会

エニング先生は困っていることがあったらいつでも相談においでと

(明らかに小児性愛者であり、美少年を元上官に献上しているようだ)

エドムンドが家庭の事情でお金が必要なことを伝えると

ストリートチルドレンの)10代の少年少女らを紹介

闇市で活動する少女クリステルとコンビを組ませ

10マルクの報酬で)ヒトラーの肉声の入った演説レコードを売るよう命じます

(お土産として)面白いと購入するアメリカ兵たち

年上でリーダー的存在のジョーは(貧しい子どもに同情した)女性から

40マルクで石鹸も売るふりをして、お金だけ奪い逃げます

配給現場や農家では隙をみて食料を盗み

ジョーからもらったジャガイモで家族のためスープを作るエヴァ

路上で馬が行き倒れると、どこからともなく人々が群がり

肉を切り取り持ち帰っていくくらい食べ物がないんですね

仕事(収入)のない者は、餓死するか盗むかの2択しかないという現実

ある夜、エドムンドはクリステルが

仲間の少年たちに売春していることを知ってしまい

(この日外泊したエドモンドもクリステルと関係をもったことを匂わせる)

ジョーたちと距離をおくようになります

同じ頃、エドムンドの父親の容態が悪化し

医師の勧めで(生活保護による医療費ゼロの病棟に)入院

そこで父親は栄養満点で豪華な食事にありつきます

回復し退院した父親は、わが家の不味い食事にがっかり

「死にたい」と言い出す始末

エドムンドは皆が極限の生活苦にいること

病気で「死にたいと」漏らしている父親のことをエニング先生に相談すると

「情けは無用(税金の無駄使い)強者が生き残るべき」だと

ファシズム思想をエドムンドに吹き込みます

エニング先生の「弱者は死ぬべき」という「教え」を実行するため

エドムントは薬局から睡眠薬を盗み

父親の飲み物に混ぜて安楽死させてしまいます

しかし罪の意識に耐えかねたエドムントが

エニング先生に言われた通りにやった」と告白すると

「私はそんなこと(殺人)命令していない

君が勝手にやったことだ」とエドムンドを責めます

父親が死に、さすがのカールもこれ以上隠れてはいられないと警察に出頭

しかし現実は元ナチ党員という理由だけで強制収容所に送られるわけではなく

ドイツ国民として仕事に就くことを命じられたのでした

これで家族のためにお金を稼げると喜ぶカール

そうとは知らないエドムントは

先生からは追い払われ、ジョーたちとも離れ

サッカーをしている少年たちに加わろうとしても仲間外れにされてしまう

父親の葬儀を見送ると、ひとりぼっちで貧しさと父親殺しの罪を背負いながら

歩いて、歩いて、歩いていく

やがて廃墟となった建物に登っていくと

教会から聞こえてくる「オンブラ・マイ・フ」

次の瞬間エドムントは飛び降り自殺をしてしまいます

このラストをロッセリーニ
「正真正銘の希望の光だった」と述べているようです

つまりは少年の自殺は、戦後ナチスイデオロギー(優生思想)の死を

意味していたということだったのでしょうか


「オンブラ・マイ・フ」(Ombra mai fu 私の影の中で)ヘンデル作曲

Frondi tenere e belle

del mio platano amato,

per voi risplende il fato

私の愛するプラタナスの、優しく美しい葉よ

汝らのために、運命は輝いている

Tuoni,lampi,e procelle

non v’oltraggino mai la cara pace,

雷も稲妻も、嵐も、汝らの平和を汚しませんように

né giunga a profanarvi

austroapace.

南風が汝ら(墓や故人の思い出) を冒涜することがないように

プラタナスの木陰への愛と、死者(墓)の安息や神聖さが

自然の脅威時代の流れによって荒らさることのないように、と歌っている



【解説】映画.COMより

ヌーベルバーグの監督たちに多大な影響を与えたネオレアリズモの旗手ロベルト・ロッセリーニによる「戦争3部作」の3作目で、第2次世界大戦後の廃墟と化したベルリンの街に生きる少年とその家族の姿を通して、戦争がもたらす残酷さを描いたドラマ。ほぼオールロケ、素人俳優の起用といったネオレアリズモの手法を駆使しながら、少年を襲う悲劇をドキュメンタリータッチで描き出す。
ナチスドイツ崩壊後のベルリン。少年エドモンドは、病弱で寝たきりの父、警察を恐れ家に引きこもる元ナチス党員の兄、家計を助けながら父を看病する姉とともに、間借りした狭い部屋に暮らしている。父と兄に代わってお金を稼ぐため、学校にも行かず廃墟のような街をさまようエドモンドは、ある日、小学校の担任教師だったエニングと再会する。学校を追放され闇商売に手を染めるエニングが説くナチス思想に、無垢なエドモンドは次第に感化されていく。

1948年製作/74分/イタリア
原題または英題:Germania anno zero
配給:ザジフィルムズ

 




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