
原題は「El Sur」(スペイン語で南)
映画の冒頭に「BASAD EN UN RELATO DE ADELAIDA GARCIA MORALES」
(アデライダ・ガルシア=モラレスの物語に基づく)という字幕が出ますが
アデライダ・ガルシア=モラレスとはこの映画で有名になった原作者のことで
監督のビクトル・エリセのかっての恋人だったそうです
ある秋の日の朝、父親の死を予感した少女が
父親と過ごした日々を回想していく・・というものですが
まるで、これって続編があるの?という終わりかた

これはもともと2時間半以上あったシナリオを
プロデューサーであるエリアス・ケレヘタが資金不足を理由に
後半部分の撮影を許可しなかったためだそうです
(エリセとカメラのホセ・ルイス・アルカインは別の理由だと告げている)
批評家からは好評を博したものの
エリセは「エル・スール」はアンダルシアの物語
タイトルでもある「エル・スール」が欠けた、未完のドラマと語ったそうです

見終えた後、確かにエリセが本当に描きたかったのは
失われた後半部分ではなかったのかと思いました
頑固なことで有名、しかも長いキャリアの中で
わずか4作品しか映画を撮らなかったエリセ
だけど実はロマンチストで、一途
本作でのアグスティンも、ヒロインの(登場しない)ボーイフレンドも
エリセ自身の投影だったのではないでしょうか
それが結果、愛する相手を傷つけてしまったことも

そして、この名作を見る前にリサーチしていたほうがいいのが
スペイン内戦とフランコ将軍について
スペインでは1936年から1939年にかけて
左翼の人民戦線政府と、右翼の反乱軍が内戦状態にあり
フランコ体制下のスペインでは
国内の混乱を収拾し経済成長を成し遂げたことが評価された一方
国家カトリック主義を掲げ、政治的な自由や人権を制限
反体制的な動きを厳しく取り締まります
フランコによる独裁体制は1975年に彼が死去するまで
約36年もの間続きました

物語は1957年の秋の夜明け前から始まり
父親を捜す母親の声で起きたエストレリャは
自分の枕元に父親の振り子が置いてあることに気付き
父はもう帰らないことを悟ります
エストレーリャは7歳の時、ここスペイン北部にある「かもめの家」に
両親とともに越してきました
医師である父のアグスティンは町へ続く道を「国境」と呼び
さらに予知能力のようなものをもっていて
地下水を探すダウザーの仕事も依頼されていました

エストレリャは謎めいていて、不思議な能力を持つ父親に憧れ
自分もいつかそうなれるかと母のフリアに問います
娘だからなれるかもね、と母
母は(内戦で教職を追われた)元教師で
エストレリャに勉強を教えています
母から、父がおじいちゃんと大喧嘩したせいで家を捨て
それ以来、故郷の南(エル・スール)に戻っていないことを聞いたエストレリャは
南とはどんな場所なのか想像します
やがてエストレリャが8歳の誕生日を迎えると
初聖体拝受の儀式に出席するため
(カトリック教会において洗礼を受けた子どもが最初に聖体拝領を行う儀式)
おばあちゃんと父の乳母だったミラグロスがやってきます
ミラグロスに父とおじいちゃんが喧嘩した理由を聞くと
ふたりは政治的な思想が真逆で、父のほうの考えが正しかったけど
内戦後は勝ったほうのおじいちゃんの考えが正義になったからだと説明します

その意味がよくわからず
父は初聖体拝受へ来てくれるか心配するエストレリャに
ミラグロスは「必ず来る」と励ますのでした

案の定、父は初聖体拝受の儀式には現れませんでしたが
教会の外で待っていてくれました
お祝いの食事会で「En el Mundo」
(エン・エル・ムンド =この世界の中で)の
音楽に合わせ父とダンスを踊るエストレリャ
その時父はとても幸せそうに見えました
もしかしたらエストレリャが大人になった時、花嫁姿は見れないと
すでに予知していたのかもしれません

父(が神秘的な理由が知りたかったのだろう)の書斎で
「イレーネ・リオス」と何度も書かれた封筒を見つけたエストレリャ
母に尋ねても「イレーネ・リオス」という名前は知らないといいます

ある日の学校帰り、映画館の前に父のバイクを見つけたエストレリャ
上映中の「日陰の花」という映画のポスターに
イレーネ・リオスの名前を見つけたエストレリャ
映画が終わり出てきた父は、カフェに入って手紙を書いていました
宛名はラウラという女性で、イレーネ・リオスの本名のようです
エストレリャがカフェの窓を叩いて父を呼ぶと
(もちろん手紙の内容をエストレリャが知るはずはない)
父の驚くというより、戸惑い辛そうな顔
やがて父にラウラからの(知人を介して?)返事があったようで
そこには女優として映画には出たものの、今までの苦労が綴られ先もない
なぜ何年も経ってからいまさら連絡をよこすのか
もう2度と手紙はよこさないで、というものでした

その日を境に父の様子が変わってしまいます
仲の良かった父と母が言い争いをするようになったり
突然家出してしまう父
両親への抗議なのか、疎外感からか
それともただひとりになりたかったのか
ベッドの下に隠れるエストレリャ
母とメイドのカシルダが何時間も彼女を探しても、うずくまったまま
すると(エストレリャの部屋の真上にある)屋根裏部屋にいた父が
何度も杖で床をノックします

エストレリャが部屋に隠れていることをわかっていたのでしょう
おかげで母はエストレリャを見つけることが出来ました
エストレリャが父が訴えていることを理解できたかはわかりませんが
父から送られた信号に悲しくなり泣いてしまいます
内戦の敗北以来、同じ民族、スペイン人なのに
反逆者として、ストレンジャー(異邦人)のような扱いを受けてきた父の孤独が
無言のノックによってエストレリャ伝わったのかも知れません
それからエストレリャは、父のことを探求することを止めようと決めます
でもそうは簡単にはいきませんでした

エストレリャは15歳になり
その頃母は体調を崩し寝たきりになっていました
エストレリャに夢中のカリオコというあだ名の男の子からは
家の塀に「愛してる」と大きな落書きをされています
どうやらカリオコと映画を見に行ったり、公園でキスしたらしい
そんな女子のなんとなくの誘惑に、ストーカー化してしまう単純純情男
しかも好きだったら優しくすればいいものを
付き合ってくれなきゃ脅すという悪循環
ティーン時代というのも、思い起こせば暗黒時代

今でも時々学校帰りに映画館に貼ってあるポスターに
イレーネ・リオスの名前を探してしまうエストレリャ
だけど二度とその名前を目にすることはありませんでした
ある日の学校の昼休み、父がランチしようと迎えに来てグランドホテルに行くと
閑散としたレストランの隣では盛大に結婚式が行われていました
エストレリャがカリオコのことを話すと
父は塀に落書きしたことを怒るどころか
何でも正直に言えるのはいいことだと微笑みます

そこでエストレリャは長年胸に秘めていた
イレーネ・リオスは誰なのかと質問します
彼女の名前を書いた封筒を見たこと
映画のあと手紙を書いていたカフェの窓を叩いたこと
席を立った父はトイレに行き顔を洗い、動揺を落ち着かせると
「午後からの授業をサボれないか?」
「パパがわからないわ」とエストレリャ
その時、結婚式場から「エン・エル・ムンド」の音楽が聞こえ
初聖体拝受の日に踊ったねと、エストレリャをダンスに誘います

花嫁姿のエストレリャを思い出したのでしょう
花嫁と踊るのは父親の誇り
だけどエストレリャはそれを断り学校に戻ってしまいます
父と話すのが、これが最後とも知らずに
湖畔の近くで銃身自殺していた父
財布などの所持品は一切持たず、全て家に置いたままでした
その中から長距離の電話番号が記載された領収書を見つけたエストレリャは
母には内緒で自分の日記帳に隠します

その後エストレリャは病気になり、そのことを知って心配したおばあちゃんが
回復のためにも暖かい南に来るよう誘います
エストレリャはおばあちゃんの家に行くことを決め、母もそれを許します
トランクには着替え、南の絵葉書、日記帳とそれに挟んだ電話番号
父とは、おじいちゃんとは何者だったのか
そしてイレーネ・リオスとは
その謎を解くためにエストレリャはスペインの南
エル・スールこと、アンダルシアに旅だったのでした
【解説】映画.COMより
「ミツバチのささやき」のビクトル・エリセ監督が、同作から10年を経た1983年に発表した長編監督第2作。イタリアの名優オメロ・アントヌッティを迎え、少女の目を通して暗いスペインの歴史を描いた。1957年、ある秋の日の朝、枕の下に父アグスティンの振り子を見つけた15歳の少女エストレリャは、父がもう帰ってこないことを予感する。そこから少女は父と一緒に過ごした日々を、内戦にとらわれたスペインや、南の街から北の地へと引っ越した家族など過去を回想する。2017年、世界の名作を上映する企画「the アートシアター」の第1弾として、監督自身の監修によるデジタルリマスター版が公開。
1983年製作/95分/G/スペイン・フランス合作
原題または英題:El Sur
配給:アイ・ヴィー・シー