はじめに
今年の国立大学の入試問題を解答し、次年度の受験生のヒントにしたいと考えます。
今回は大阪大学です。西洋史や東洋史という枠を超えた「グローバルヒストリー」を提唱した草分けで、移動や交流に関する出題と文化に関する出題が特徴です。
また中の人が歴史総合や共通テストにコミットしているようで、昨年の問題は旧課程でありながら「歴史総合」の暗記知識問題が出題されていました。
「歴史総合と共通テストは俺が育てた」とばかりに鼻息が荒い大阪大学の新課程の問題はどうだったでしょうか。
今回は大サービス?で「歴史総合・日本史探究」の歴史総合として世界史で出てもおかしくない問題も解説します。
解答例は正解ではありません。著作権はぶんぶんにあります。また大阪大学は「○○字程度」とアバウトで、かつてM先生に質問したら「1割ぐらいはOK」とのことだったので、それに従いました。
*解答例作成の方針
- 受験生と同じく何も見ないで解答する。ただし途中でお茶を飲んだりトイレに行ったりはする(ルール違反)
- 解答を作ったら、受験生がアクセスできる教科書(実教出版、帝国書院、東京書籍、山川出版社)、資料集(帝国書院、浜島書店)、参考書(詳説世界史研究)でウラを取る(イカサマ)。特に大阪大学の世界史は帝国書院の教科書と資料集が公式テキストなのでチェックする
- 仕上げに河合塾、駿台、東進、代ゼミの解答速報と比較する
- 解説は関連する一般書を利用する
問題は東進過去問データベースより(要会員登録)
一問一答の難易度
◎:即答 ○:たぶん正解できる
△:やや難しいが正解できれば合格に近づく
▲:かなり難しい ×:ドボン(満点防止問題)
一問一答の出題パターン
ま:判別が紛らわしいもの や:書くのがややこしいもの
こ:事項の細かいいつどこだれ
り:教科書の記述内容を理解できている、またその知識から推理する
ぜ:有名な事項のあとひとつ ゆ:現在の言葉の由来、フルネーム
て:権力に抵抗した、または宥和しようとした人や事件
ク:他教科クロスオーバー グ:グローバルもの
*他大学は大問構成が固定なので過去の出題を表にしていますが、大阪大学はその辺がフリーなので省略します。
目次
Ⅰ (文・外国語共通)
問1
シャーヒン=ギライはなぜ処刑されたと考えられるか。当時の黒海北岸と南岸の状況、およびこの詩(クリム=ハン国の君主がロドス島でオスマン帝国に処刑されるときに読まれた)の内容を踏まえて。150字程度
詩の内容
- 帝王のお慈悲という名の乳で育まれたのに馬乳酒を煽って乱心してその僥倖を拒んだ
- 自らを鷹と盲信し、しかし血濡れた鷲のような処刑人をみるやさながら雀さながらに身をこごめ、「翼はたたみました、どうぞお助け下さい」と言い、カラスのような黒い顔で泣きわめく
- ほんの短い間異教徒どもの酒と豚肉を飲み食いしただけで「余はロシア人の慈悲に養われた」と放言していたくせに
- 偉大なるチンギス・ハンの血族の誉れは今や汚れた このような過ちをしでかした者がその末裔であるとは思われない
スュンビュルザーデ・ヴェフビー「飛鳥の頒歌」1787年
解答例
当時黒海南岸はオスマン帝国が、北岸はクリミア=ハン国がオスマン帝国の宗主権のもとに統治していた。黒海進出を狙うロシアはオスマン帝国を破ってクリミア=ハン国の宗主権を放棄させた。難民がオスマン帝国に流入して再度戦争となり、クリミア=ハン国はロシアに併合された。シャーヒン=ギライはロシアに寝返ったとしてオスマン帝国に処刑された。163字
コメント
工エエェェ(´д`)ェェエエ工 なんじゃこれ?
しかしぶんぶんは「共通テストではやたら長い史料文の枠外にネタバレがある」という癖を知っているので、阪大もどうせ同じと思って見たら「1787年」と書いてある、つまりエカチェリーナ2世の時のロシア=トルコ戦争の顛末について書けばいい。
Σ(´Д` ) (;´゚д゚`)エエー そんなの教科書に書いてあったっけ?
帝国書院『新詳世界史探究』183頁傍注
露土(ロシア=トルコ)戦争
ロシア帝国とオスマン帝国との間で18~19世紀にを中心に数次に及ぶ戦争が行われた。これらの戦争を通じてロシアは黒海・バルカン半島へ進出していくことになる(南下政策→p.218)エカチェリーナ2世時代のロシアは、クリム=ハン国の宗主権をオスマン帝国に放棄させた後、これを併合して黒海北岸のクリム(クリミア)半島とドニエプル河口地位を獲得した…
他社は「オスマン帝国と戦ってクリミア半島を奪い」程度。つまり帝国書院の教科書を買いなさい問題(買ってもそこまで記憶できるかは不明)。
ちなみに私立では「クリミア=ハン国」「キュチュク=カイナルジ条約」「モルダヴィア公国」「ワラキア公国」(黒海の西。ルーマニアの元)が「削り問題」で出題される。名前だけ覚えて満足してはダメという阪大からのメッセージ?
キュチュク・カイナルジ条約を描いた版画。パブリックドメイン

問2
15世紀から17世紀末までのモスクワを中心とする国家の勢力拡大を、その東方の勢力との関係に着目して説明する。150字程度
解答例
15世紀後半にモスクワ大公のイヴァン3世はモンゴルの支配から脱し、諸侯を支配下に置いた。16世紀後半のイヴァン4世はヴォルガ川流域に進出し、コサックを使ってシベリアに領地を広げた。17世紀初頭にロマノフ朝が成立、同世紀末にピョートル1世はさらに極東へ進出し、清朝とネルチンスク条約を結んで国境を定め通商を開始した。154字
コメント
これは簡単。15世紀=1480年=イヴァン3世、17世紀末=1689年=ピョートル1世と年号の暗記知識から、イヴァン4世を加えて彼らのしたことのうち「東方の勢力」とのことを書いていけば趣旨に沿う。
イヴァン4世はシベリアの話を書けばクリアだが、ぶんぶんのブログで特集したモンゴル後継国家のうちカザン=ハン国やアストラハン=ハン国を服属させたことを書ければかっこいいが、現役生にはオーバーワークなので解答例では「ヴォルガ川流域に進出」にした。
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
Ⅱ (文・外国語共通)
問1 エ(○元は南方で陳朝、チャンパー、ジャワ島に遠征軍を送った)◎り
ダミー選択肢:
ア×モンゴル帝国ではムスリム商人が排除ではなく活躍(オルトク)
イ×授時暦は太陰太陽暦
ウ×イエズス会は明の時代
問2 15世紀の東南アジアでは中国産陶磁器の輸入が顕著に減少した現象の背後にあったと考えられる要因を説明。50字△り
元では私貿易が盛んであったが、明は倭寇対策で海禁政策をとり交易は中華と周辺国の朝貢貿易に限ったから。50字
問3 日本の磁器生産・輸出をめぐるこうした動き(九州で国産化された日本の磁器が17世紀後半に各地へ輸出され始める)の歴史的背景について 150字り△
指定語句 遷界令 朝鮮半島
16世紀末に豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵し、朝鮮の陶工を捕虜として日本に連行した。彼らの技術をもとに九州北部で陶磁器生産が発展した。17世紀後半に康熙帝が台湾の鄭氏を屈服させるために遷界令を発して華南沿岸の住民を強制退去させると磁器の輸出が縮小し、磁器をヨーロッパに販売していたオランダが代替品として日本の磁器を買い付けた。158字
問4 ウ(○1870年代の後半から日本の欧米への輸出額が拡大している背景は、万国博覧会を通じた日本の物産や文化に関する情報の浸透が考えられる)
ダミー選択肢:
ア×義和団事件は1900年
イ×日英同盟は1902年
エ×パナマ運河開通は1912年
コメント
Ⅱは一昨年と同じく俺が育てた共通テスト風の教室シチュエーション問題。そして昨年と同じく日本史の問題。昨年度は旧課程でフライング気味だったが、今年は新課程なので無問題。
問1、用語暗記問題。
問2、大阪大学が大好きな開放的なモンゴル→閉鎖的な明という理解を問う。
問3、去年は17世紀の禁教令という日本史知識問題。今年は豊臣秀吉の朝鮮出兵と連合東インド会社のロゴが入った有田焼の話。過去問を見て「過去問かぶせをしてくる大阪大学のことだから、きっと今年も日本史問題を出してくる」と予想していた人の勝利。まあ世界史でも扱うところ。
しかしグローバルヒストリーの先駆者である大阪大学が「遷海令」という誤植を見逃してしまうのは格好悪い。
問4、グラフの読み取り問題で単なる年号暗記知識問題。上智大学2024年日本史の問題が万国博覧会に対する切れ味鋭い考察をしていたのに、大阪大学がこの程度の出題でお茶を濁すのは寂しい限り。
連合東インド会社(VOC)ロゴ入りの有田焼の染付。出島博物館でぶんぶんが撮影

長崎に行ったらお土産はやっぱりこれを買ってしまう。
Ⅲ 文学部
問1 澶淵の盟○や
問2 西夏◎
問3 この外交文書が発出されるに至った歴史的背景について、発出するまでの約1世紀間を対象として説明する 100字程度○
唐が滅亡すると華北では節度使による短命政権が興亡し、モンゴル高原では契丹が台頭した。契丹は後晋の建国を助ける代わりに燕雲十六州を得た。動乱を収拾した宋はこれを奪回しようとするが失敗し、契丹と講和することを選択した。107字
問4 この外交文書により締結された盟約が、この文書を発出した王朝に与えた影響について説明する。100字程度○
契丹への贈答品や国境の防衛費は宋の財政を圧迫した。一方江南では契丹が銀で絹を買い増したので経済発展が進んだ。そこで王安石は新法で税収を増やそうとしたが、宮廷内で新法党と旧法党の争いになりさらに国力を落とすことになった。109字
コメント
これは教科書の記述内容が入っていれば解答可能。ただし緊張する試験場で「澶淵の盟」を間違わずに書けるかは日頃の努力次第。燕雲十六州は歴代の五代の王朝も取り返そうとしているが、史料が宋と契丹の盟約なので省略した。
問4は江南のくだりはなくても意味は通じるが後学のために追加した。契丹が宋からもらった銀でさらに絹を買い増した(絹は自分たちで使わず西方に売って大儲けした。1000年前の転売ヤー)。これを政府が税として吸い上げて(某国首相の発言)また契丹に送るという「銀の循環」ができていた。
つまり政府の財政は窮しているのに民間には金がある。そこで王安石は新法で大地主や大商人の横暴を規制し、中小農民や商人に儲けさせて税収を増やそうとした。
Ⅲ 外国語学部
第1問 パレスチナ問題について、第一次中東戦争にいたるまでの歴史的経緯を説明する。250字△
19世紀末にヨーロッパで反ユダヤ主義が広がるとユダヤ人がパレスチナに帰還するシオニズム運動が発生した。第一次世界大戦中にイギリスがバルフォア宣言でユダヤ人の民族的故郷を約束し、戦後パレスチナがイギリスの委任統治領になるとユダヤ人の入植が進み、現地のアラブ人と対立した。第二次世界大戦でドイツの迫害を受けたユダヤ人が戦後パレスチナに殺到するとイギリスは解決を国際連合に委ね、国連はパレスチナをユダヤ人とアラブ人で分割する案を決議し、ユダヤ人はイスラエル建国を宣言した。アラブ人が反発し、アラブ連盟がイスラエルに攻め込んで第一次中東戦争が勃発した。271字
第2問 1990年代以降のパレスチナ問題解決のための外交的努力とその限界について説明する。100字▲
1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構との間でオスロ合意が成立し、ガザ地区とヨルダン川西岸でパレスチナ暫定自治政府が樹立されたが、テロ活動は続きイスラエルは自治区への攻撃と占領地への入植を継続し、合意は事実上失効している。110字
コメント
パレスチナ問題に関するド直球の出題。やっぱり大阪大学はこうじゃないと♪
問1、通常論述は始まりと終わりが指定されるが、この問題は始まりの指定がない。しかし今のイスラエルは「ユダヤ人」ではなく「シオニスト」の集団と言う他ないので、19世紀末のシオニズムの始まりから書くのが妥当。
字数がパンパンなので「イギリスが国連に解決をゆだねた」は省略可能だが、Eテレ高校講座世界史で寺田ちひろ♡が「責任放棄だと思います(๐•̆ ·̭ •̆๐)ムスッ」とお怒りだったのでぶんぶんとしては書かない訳にはいかない。
問2は難しい。ガザ地区の様子が連日放送されている以上「ガザ地区とヨルダン川西岸でパレスチナ暫定自治政府が樹立された」は外せない。下の有名な写真はホワイトハウス前でクリントン大統領の立会いのもとオスロ合意が調印されるシーンで、両者との関係が良好なノルウェー政府がこの合意成立に尽力した。
向かって左(下手)がイスラエルのラビン首相、右(上手)がPLOのアラファト議長。パブリックドメイン

特別企画1 歴史総合・日本史探究 問題Ⅲ
解答例
*下線部は日本史の知識で歴史総合でも扱う知識 以下同じ
中山王が琉球王国を成立させると明の冊封を受けた。琉球は明に頻繁に朝貢して中国と東アジア、東南アジアを結ぶ中継貿易で利益を上げた。17世紀初頭に薩摩藩の島津氏が琉球を征服した。薩摩藩は琉球に黒砂糖の上納を義務付け、明、後に清への朝貢を継続させて中国の物産を納めさせた。琉球は中国と冊封関係を続ける一方で江戸幕府に国王の代替わりごとに慶賀使、将軍の代替わりごとに謝恩使を送り、日中両属の外交体制をとった。199字
コメント
日本史は日本史で身につけさせたい力があるが、今年は女性や琉球やアイヌなど従来の日本史を別の側から見るような出題が相次いでいる。これもそのひとつ。
「世界史側の歴史総合の問題」のつもりで解答したので日本史プロパーから内容が薄く見えるのはご容赦願いたい。薩摩藩が「琉球で検地をおこない石高制を敷いた」も書こうかと思ったが、議論があるらしいので省略した。
なお沖縄では亜熱帯に存在しない昆布の料理が郷土料理である。琉球は特産品が乏しく、東南アジア、東アジアとの中継貿易で仕入れた商品を中国に献上し、中国の物産を入手していた。そのひとつが蝦夷地の昆布で、富山の廻船問屋で薩摩藩に持ち込まれ、琉球を介して清朝に献上され、薩摩藩は琉球から中国の物産を手に入れた。
沖縄で昆布料理が根付いたのは当時の交易で規格外となった昆布が市中に出回ったからと言われている。
参考
クーブイリチー(昆布の炒め煮)農林水産省のHPより

特別企画2 歴史総合・日本史探究 問題Ⅳ
日本は1874年に台湾に出兵し、清と対立した。台湾が経験した政治的状況について、日本との関係を中心に、日清戦争から中華人民共和国の成立までの過程を具体的に述べる。200字程度
解答例
日本は下関条約で清朝から台湾を得た。現地漢族が独立を宣言したが日本に弾圧された。台湾総督府は土地調査事業を実施し台湾銀行や製糖会社設立など近代化政策で地主や商人を懐柔して植民地経営を行ったが先住民の蜂起も発生した。太平洋戦争中は皇民化政策が実施され徴兵制も敷かれた。日本が降伏すると台湾の主権は中華民国に移り、その横暴に対して住民の暴動が発生した。中華人民共和国が成立すると蒋介石は台湾に逃れて政府を維持し、戒厳令を敷いて抵抗を抑えた。218字
コメント
「台湾が経験した政治的状況」なので、日本や中華民国(台北政府)の圧迫や懐柔と現地の抵抗を時系列に書いていけば趣旨に沿う。世界史だと日本の台湾植民地統治については習わないので、その部分は歴史総合の暗記知識に頼った。
最後はこの間韓国で戒厳令騒ぎがあったばかりなので、戒厳令の発令で締めた。台湾民主国、霧社事件、二・二八事件などの用語を使うと字数がオーバーするので説明だけにとどめた。
過去記事
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
bunbunshinrosaijki.hatenablog.com
まとめ
- 大阪大学の論述には時系列の展開と移動と交流の2パターンがあります。前者については教科書の記述内容を理解すること、後者については複数の単元をキーワードでつなぎ合わせるトレーニングをしましょう。後者はモンゴル、大交易・大航海時代、帝国主義が頻出です
- 大阪大学にとって日本史の知識は「暗記知識ではなく中学校レベルの常識」という認識なので(講評にそう書いてあった)、歴史総合の日本史的な部分は網羅的に学習しましょう
- 横のつながり、縦の展開の両方とも年号の暗記知識が必須です。論述は必ず世紀と地域が指定されるので、マスト年号から知識をつなぎましょう。
- 資料問題は基本初見ですが、文中にヒントの用語が仕込まれています。用語およびその正確な5W1Hの記憶を心掛けましょう。
- 論を進めるには概念知識(貴族とか帝国とか朝貢とか)とまとめ知識(ローマの変質とか産業革命の影響とか)の理解が必要です。
- 文化史(言語、信仰、思想)も年度によってはケチャップみたいに出るので、政治史と関係する内容は整理しておきましょう。
- 「推し」には貢ぎましょう。(´・ω・`)