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『台湾漫遊鉄道のふたり』美食と鉄道の旅の裏にある植民地の距離——二人の女性がたどる台湾縦断の物語

日本統治時代の台湾で、二人の女性が鉄道に乗り島を縦断する。だがそれは単なる観光の旅ではない。美食を追い求める日本人作家と、完璧な通訳をこなしながらも心の奥を決して明かそうとしない台湾人の娘——その道のりは、親密さと隔絶が常に隣り合う旅となる。

2020年に刊行された楊双子の小説『臺灣漫遊錄』(『台湾漫遊鉄道のふたり』三浦裕子訳、中央公論新社、2023年)は、2024年に全米図書賞翻訳文学部門を受賞し、2026年の国際ブッカー賞ロングリストにも選出されるなど、国際的に高い評価を得ている一冊である。本作は、日本統治時代の台湾を舞台にした単なる歴史小説ではない。それは「おいしいロマンス」であると同時に、植民地主義の権力構造を鋭く突くポストコロニアル小説であり、虚構と現実の境界を揺さぶるメタフィクションでもある。

本作は、かつて日本に実在したとされる女性作家、青山千鶴子が昭和29年(1954年)に出版した自伝的小説を、現代の台湾人作家である楊双子が「発掘」し、「再翻訳」したという体裁をとっている。しかし、これらすべては周到に練られた虚構である。2020年に台湾で刊行された当初、この設定を信じ込んだ読者が少なくなかったため、一種の「炎上」騒動まで起きたほどだ。著者の楊双子は、読者が虚構を真実と信じ込み、その後に裏切られるという体験を通じて、「歴史と文学のどちらが真実か」という問いを浮かび上がらせようとしたのである。

物語の舞台は1938年(昭和13年)、日本の統治下にある台湾である。若き日本人小説家の青山千鶴子は、台湾総督府の招きに応じて長崎から台湾へと渡る。軍国主義の足音が近づく時代にあって、彼女は帝国のプロパガンダには興味を示さず、自らの「怪物的な胃袋」を満たすべく、台湾の地にある「本物の美食」を追い求める。そこで彼女の通訳兼ガイドとして雇われたのが、台湾人の娘、王千鶴であった。

二人の女性は、開通から30年を迎えた台湾縦貫鉄道に乗り、島を南北に縦断する旅に出る。小説は「米篩目」、「咖喱」、「寿喜焼(すき焼き)」、「麻薏湯」など十二の料理を各章のタイトルに掲げ、当時の風土と食文化を鮮やかに描き出す。千鶴子が王千鶴に対して抱く、友情とも恋慕ともつかない複雑な感情が物語の軸となるが、そこには常に「支配者」と「被支配者」という越えがたい壁が立ちはだかる。

本作において「食」は、単なる官能的な楽しみを超え、文化変容と権力関係の象徴として機能する。著者の故郷である台中を象徴する料理「麻薏湯」は、食用黄麻の葉を用いた独特の苦味を持つスープであり、日本統治時代に黄麻栽培が奨励された歴史的背景と結びついている。千鶴子は台湾の味を愛でるが、それはあくまでも「内地の人間」という特権的な視座からの消費に過ぎない。対する王千鶴は、丁寧かつ完璧な通訳をこなしながらも、ある一線を越えさせることを拒み、沈黙や距離を保つことで自らの尊厳を守ろうとする。彼女の「内地人と本島人の間に、対等な友情など存在しない」という言葉は、物語の甘美な雰囲気に鋭い亀裂を走らせる。

また、本作は「翻訳」という行為そのものを批評的に扱っている。青山千鶴子の視点で語られる王千鶴の姿は、あくまでも日本人による「翻訳」の結果であり、そこには常に誤読や独善が伴う。著者は、作中に架空の注釈や複数の後記を重層的に配置することで、歴史がいかに語り手によって構築されるのか、そしてその過程でこぼれ落ちる「翻訳できない真実」がいかに存在するのかを浮き彫りにしている。

この野心的な作品を生み出した背景には、著者である楊双子の極めて個人的かつ政治的な動機がある。楊双子(ヤン・シュアンズ)は、双子の姉妹である楊若慈と楊若暉による共同筆名である。1984年生まれの彼女たちは、台中の軍人村(眷村)という、非常に親中・親国民党的な環境で育った。しかし、2008年の野草莓学運や2014年の太陽花運動(ひまわり学生運動)を経て、「台湾とは何か、台湾人とは誰か」というアイデンティティの問いに直面することになる。

「台湾は台湾人の台湾である」という100年前の先人たちの言葉を胸に、彼女たちは台湾独自の歴史小説を創造することを目指した。学術的な歴史考証を得意とした妹の若暉と、創作を担った姉の若慈。しかし、2015年に若暉が癌で急逝し、共同作業は断絶の危機に瀕する。姉の若慈は妹の遺志を継ぎ、「楊双子」の名で書き続けることを決意したのである。

楊双子は歴史百合小説(女性同士の情愛を描くジャンル)の旗手として知られ、日本統治時代の風俗や食文化を緻密に描く作風で人気を博してきた。代表作に『花開時節』、『花開少女華麗島』などがある。本作『臺灣漫遊錄』により、2021年金鼎奨文学図書奨を受賞した。

リン・キング(金翎)は、台北とニューヨークを拠点に活動する作家・翻訳者である。プリンストン大学で英米文学を専攻し、文学翻訳を学んだ。中国語と日本語の作品を英語に翻訳しており、代表的な訳書に遊珮芸・周見信によるグラフィックノベル『台湾の少年(The Boy from Clearwater)』シリーズがある。『臺灣漫遊錄』の英訳版『Taiwan Travelogue』により、2024年全米図書賞翻訳文学部門を受賞した。

『臺灣漫遊錄』は、歴史の闇に消えていった無名の通訳者や女性たちの声を、文学の力で現代に呼び戻す琥珀のような作品である。本作が体現するのは、過去を美化するノスタルジーではない。この物語は植民地支配という歴史の重みを正面から受け止めながら、それでも現在を生きる台湾人が自らの立ち位置を確認し、未来を切り拓いている。ポストコロニアルな批評性と、胃袋を刺激する豊かな美食描写、そして別離の物語が見事に融合した本作は、世界文学の地図における台湾の存在感を決定づけた傑作といえるだろう。

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参考資料:

youtu.be

Taiwan Travelogue: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

Yáng Shuāng-zǐ: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

Lin King: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

人物》創造作者的小說?如何穿越,怎樣再現?專訪《臺灣漫遊錄》作者楊双子 | Openbook閱讀誌

翻譯是原作的旅行 《臺灣漫遊錄》楊双子與金翎精彩對談 - TiBE 台北國際書展




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