テヘランの街で、五人の女性がそれぞれの生活から逃げ出す。
彼女たちが辿り着くのは、男たちのいない一つの庭園である。
1989年にペルシア語で刊行されたシャフルヌーシュ・パルシプールの中編小説『Women Without Men』(原題:Zanan-e bedun-e Mardan、男たちのいない女たち)は、イラン文学を代表する現代の古典の一つとされる作品である。マジック・リアリズムとイスラム神秘主義の要素を取り入れながら、女性の自由、性、そして家父長制からの独立という主題を描き出す物語である。
物語の舞台は1953年のテヘランである。アメリカとイギリスの支援を受けたクーデターによって首相モハンマド・モサデグ政権が倒された激動の時代であり、政治的混乱が都市を覆っている。しかし物語の中心となるのは、その歴史的事件そのものではない。異なる社会階層に属する五人の女性が、それぞれ抑圧的な生活から逃れ、テヘラン郊外カラジにある庭園へと導かれていく過程である。この庭園は、男性や婚姻制度、社会的な規範から解放され、自らの運命を自らで決定できる聖域として機能する。彼女たちはやがてその庭園に集まり、互いに交差する運命を生きることになる。
五人の女性は、それぞれ異なる道筋をたどって庭園にたどり着く。その過程には、現実と幻想が入り混じった変容が伴う。
最初の登場人物であるマフドクトは学校教師であり、自らの処女喪失を極度に恐れている女性である。彼女はやがてセクシュアリティを拒絶し、人間の身体そのものから逃れようとするかのように庭に身を植え、木へと変身するという象徴的な行為を通して独立を勝ち取ろうとする。
ムニスは三十八歳の未婚女性で、自立と自己理解を強く求めている。しかし外出を禁じる暴力的な兄によって殺されてしまう。ところが彼女は死後に蘇り、他人の心を読む能力などの超常的な力を得て、再び自由を求めて歩み出す。
ムニスと共に旅をするファエゼは、当初は社会に広く浸透した女性蔑視の価値観や宗教的な規範を内面化している人物である。庭園へ向かう途中で強姦されるが、その経験を通して「男に二度と従わない」ことを誓い、最終的に庭園の庇護のもとで新しい生を見いだす。
二十六歳のザッリンコラーは売春婦として生きてきた女性である。ある日、客の顔がすべて顔のない姿に見えるようになり、自らの仕事に強烈な嫌悪を抱くようになる。その結果、浄化を求めて売春をやめ、救いを求めた旅の末に庭園へとたどり着く。
ファッロフラカは裕福な中年の主婦であるが、支配的な夫のもとで三十二年間にわたり愛のない生活を送ってきた。夫の突然の死をきっかけに経済的自由を手に入れ、女性たちが集うその庭園を自ら購入することになる。
この作品において庭園は象徴的な意味を持つ。そこは文字通り「男のいない場所」であり、女性たちが社会の支配的な規範から距離を置き、自らの生を選び直す空間である。しかしそれは完全な理想郷ではない。女性たちの間にも対立や葛藤が生まれ、ある者は再び従属的な生活へと戻っていく。庭園は自由の可能性を示すと同時に、その不安定さをも映し出す場である。
またこの物語は、「処女性」という概念がいかに女性の行動や身体を制限する装置として機能してきたかを鋭く批判する。処女性は社会的恐怖として内面化され、女性の移動や人生の選択を縛る道具となるのである。
さらに物語全体を貫くのが「変身」というモチーフである。マフドクトが木へと変わるような出来事は、家父長制的秩序からの離脱と、女性の身体を取り戻す試みを象徴している。同時に、家庭内暴力、強姦、女性殺害といった出来事が描かれ、親密な関係の中に潜む屈辱と暴力が、より広い政治的抑圧の構造と重ねて提示される。
本作は1989年の刊行直後、女性の性と自立を率直に描いた内容のためイラン国内で発禁処分となった。特に、イラン社会において非常に敏感なトピックである「処女」というタブーに疑問を投げかけ、女性の身体を男性の所有物や名誉の象徴としてではなく、女性自身のものとして描いたことが、体制側の激しい反発を招いた。著者パルシプール自身もこの作品の執筆によって投獄され、その後アメリカへ亡命することを余儀なくされた。それにもかかわらず本書は地下出版として広く読まれ続け、2026年には国際ブッカー賞のロングリストにも選出されている。また2009年にはシリン・ネシャット監督によって映画化され、第66回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞するなど、国際的に高い評価を受けた。
著者のシャフルヌーシュ・パルシプールは1946年にイランで生まれ、イラン国立放送のプロデューサーや作家としてキャリアをスタートさせた。また、イスラム政権下で正式な起訴もなく五年近く投獄された経験を持つ。本作『Women Without Men』の英語版翻訳を手掛けたファリドゥン・ファロフは、イランで生まれ教育を受けた学者であり、十八世紀英文学や現代イラン文学、文学翻訳を研究分野としている。
現実と幻想、個人の身体と政治的暴力、抑圧と解放が複雑に絡み合う本作は、イラン社会における女性の生を鋭く描き出すと同時に、世界文学におけるフェミニズム的想像力の重要な達成として読み継がれてきた作品である。女性の身体と政治的暴力を重ね合わせて描いたパルシプールの問いは、特定の時代や地域にとどまらず、現在に至るまで普遍的な響きを持ち続けている。
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参考資料:
Shahrnush Parsipur: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes
Women Without Men: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes