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『The Duke』封建の血と資本主義の衝突――ドロミーティの山村で始まる壮大な闘争

山岳地帯の孤立した村で、「公爵」と呼ばれる男の一族が、かつて数百年にわたって土地を治めてきた。だが時代は変わり、今やその最後の後継者は、古文書に囲まれた屋敷に籠もり、忘れられた過去を書き写すだけの日々を送っている。

2022年にイタリア語で刊行されたマッテオ・メルキオーレの長編小説『Il duca』(英題 The Duke)は、19世紀の古典小説を思わせる古風な語り口を備えながら、紛れもなく現代を舞台とした物語である。権力、自然、人間の継承というテーマをめぐりながら、山岳世界を背景にした壮大で力強い物語が展開されていく。

舞台となるのは、ドロミーティ山麓の孤立した村ヴァッロルガーナ。主人公は、伯爵の称号を持つチマモンテ家の最後の後継者である若い男である。その家系は中世にまで遡る名門だ。20代半ばで両親を飛行機事故で失い、莫大な遺産と広大な屋敷を相続した彼は、屋敷の維持に必要な手仕事をこなしながら、家の古文書庫に残された年代記を書き写して日々を過ごしている。正式な爵位は伯爵であるが、村人たちは彼を「公爵(デューク)」と呼ぶ。この呼び名は、かつて風変わりだった祖父につけられたあだ名を受け継いだものである。

こうして続いてきた静かな日常は、一人の男の訪問によって破られる。主人公にとって唯一の友人であり、山の森を管理するネルソ・タビオーナが、村の男マリオ・ファストレーダが公爵の私有林から木材を盗んでいると告げてきたのだ。ファストレーダは八十歳の老人で、村で自力でのし上がった有力者であり、人脈と狡猾さを武器に影響力を築いてきた人物である。彼は土地の境界をめぐって争いを起こし、さらに補助金を得て山道を建設しようとする。その背後には、衰退しつつある貴族的世界とは対照的な、近代的で資本主義的な開発の論理が透けて見える。

当初、公爵は争いを避け、静かな生活を守ろうとする。しかしこの対立はやがて村全体を巻き込む苛烈な闘争へと発展していく。法的手段や策略が入り乱れるなかで、公爵の内に眠っていた「祖先の血」が煮えたぎり始める。彼は長年続けてきた孤独な隠遁生活を捨て、一族の名誉を守るために争いへと身を投じていくのである。

同時に物語は、自然と人間の関係にも鋭く目を向ける。半ば放棄された山の風景のなかで、森や動物――とりわけカラスや狼――は、人間の支配が弱まった土地を取り戻そうとする攻撃的な存在として描かれる。自然は単なる背景ではなく、人間の営みと緊張関係を持つ力として立ち現れるのである。

物語の中心にあるのは、公爵とファストレーダという二つの論理の衝突である。公爵が、すでに死に絶えつつある「封建的特権」という過去の遺物を体現しているのに対し、ファストレーダは自然を資源として徹底的に利用し拡大を続ける「純粋な資本主義」の論理で動いている。公爵は、自らの血筋が持つ「支配」の記憶に苦悩しながら、15世紀まで遡るチマモンテ家の年代記を紐解いていく。そして、特権という重荷のなかに救いを見出そうとする。彼にとって過去とは忘却すべきものではなく、そこから自由になるためにこそ知るべき対象なのである。

やがて物語には修復家の女性マリアが登場する。彼女は、公爵が抱え込んできた血統への「考古学的」執着に対し、より軽やかで、他者と分かち合う視点をもたらす存在である。彼女との交流を通して、公爵は単なる過去の守護者から、自然と人間の共生を模索する、より柔軟な生き方へと少しずつ変化していく。

当初、この小説は三人称で書かれる予定であり、その段階では主人公に「ヤーコポ(Jacopo)」という名前が付けられていた。しかし、物語を主人公自身の声(一人称)で語る形式に変更した際、著者は読者が語り手であるキャラクターに直接向き合うような感覚を重視したという。自分自身について語る際に名前を連呼しないというリアリティと、読者との親密な距離感を保つために、あえて名前を伏せることにしたのだ。また本作のイタリア語版では、他の村人たち(ネルソ・タビオーナやマリオ・ファストレーダなど)には発音の正確さを期すためにアクセント記号まで付している。その一方で主人公だけが「公爵」というあだ名でのみ存在し続けるという独特の構造が、主人公の匿名性を際立たせている。

著者マッテオ・メルキオーレは1981年生まれ。歴史家としてウーディネ大学、カ・フォスカリ大学、ヴェネツィア・イウアヴェ大学(IUAV)などで研究に従事した後、2018年よりカステルフランコ・ヴェネトの図書・公文書館・歴史博物館の館長を務めている。専門は中世から近世にかけての経済・社会史、そして山岳と森林の歴史である。その深い学識は、本作の緻密な時代考証や史料に基づいた描写の随所に生かされている。本作『Il duca』は彼の長編小説デビュー作でありながら、イタリア文学の伝統を継承する力強い作品として高く評価され、ストレーガ賞候補となったほか、2026年の国際ブッカー賞ロングリストにも選出された。

英語版の翻訳を手がけたアントネッラ・レッティエーリは、ロンドンを拠点に活動する翻訳家で、英語とイタリア語の両方向で翻訳を行っている。2023年にはナショナル・センター・フォー・ライティングのイタリア語新進翻訳家メンティーに選ばれるなど、その実力は広く認められている。

本作は単なる村の境界争いを描いた物語ではない。血筋や遺産という「過去」が現代を生きる人間にどのような呪縛をもたらすのか。そして、人間の支配を超えた圧倒的な他者としての自然と、いかに向き合うべきなのか。そうした21世紀的な問いを、本作は古典的な叙事詩の形式を借りて真正面から描き出しているといえるだろう。

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参考資料:

youtu.be

An extract from The Duke by Matteo Melchiorre, translated by Antonella Lettieri | The Booker Prizes

Matteo Melchiorre: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

The Duke: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

“Il Duca” e il richiamo del sangue. Intervista a Matteo Melchiorre | Premio letterario Giovanni Comisso

The Duke | Discover and Engage Now — Foundry Editions

 




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