以下の内容はhttps://breakfast-at-bnn.hatenablog.com/entry/2026/02/26/070000より取得しました。


『The Nights Are Quiet in Tehran』四つの声で描くイラン革命後の四十年

2016年にドイツで刊行され、2025年に英訳されたシーダ・バズィヤールの長編小説『The Nights Are Quiet in Tehran』(テヘランの夜は静か)は、1979年から2009年までの40年間を背景に、あるイラン人家族の軌跡を描いた多声的(ポリフォニック)な物語である。本作は10年ごとに章が区切られ、家族四人が順に語り手を務める構成をとる。革命、亡命、そしてアイデンティティの模索が、世代を超えてどのように変容していくのかを、静かな筆致で掘り下げた一作である。

第一部(1979年)の語り手は、27歳のベフサードである。物語はイラン革命の渦中から始まる。親米派の国王が追放され、権力の空白が生じるなかで、アヤトラ・ホメイニ率いるイスラム急進派が勢力を強めていた時期である。若き共産主義者として理想に燃えるベフサードは、新たな社会主義秩序の到来を信じて地下活動に身を投じる。その激動のなかで聡明な女性ナヒドと出会い、恋に落ちる。しかし革命の主導権が宗教勢力に握られると、かつての同志たちは拷問や処刑の標的となり、彼自身も命の危険にさらされる。理想に燃えた革命は、やがて生存を脅かす恐怖へと転化していくのである。

第二部(1989年)は、ベフサードの妻となったナヒドの視点で語られる。十年後、一家は幼い子どもたちを連れ、西ドイツで政治亡命者として暮らしている。異国での生活は安全をもたらす一方、深い喪失を伴う。かつて革命に身を投じた夫は、いまやビールを片手にドイツ文学を語ることで自尊心を保つ平凡な男へと変わりつつある。ナヒドの心は敬意と失望のあいだで揺れる。彼らはラジオから流れる祖国のニュースに耳を澄まし、地下に潜った仲間たちの無事を祈り続ける。ナヒドにとってドイツ社会は「隠され、埃っぽく、冷たい」場所であった。亡命とは単なる地理的移動ではなく、記憶と言語、そして感情の拠り所を失う経験であることが、彼女の独白から浮かび上がる。

第三部(1999年)では娘ラーレが語り手となる。十代になった彼女は、母と妹とともに夏のテヘランを訪れる。しかし本来「帰るべき場所」であるはずの都市で、彼女が強く意識するのは自らがよそ者であるという感覚である。街の熱気や埃、過剰な美容儀式に象徴される社会規範は、彼女に息苦しさを与える。滞在中、学生デモに対する苛烈な弾圧が起きていることを知り、祖国における政治的抑圧がいまだ続いている現実を突きつけられる。第二世代にとっての祖国とは、憧憬と違和感のあいだで揺れ動く、複雑で定まらない場所なのである。

最終部(2009年)の語り手は長男モー(モラード)である。ドイツの大学に通う彼は、当初は家族の革命の歴史から距離を置き、自らの日常に関心を向けている。しかしイランでグリーン運動が勃発すると、彼の内面にも政治的自覚が芽生え始める。インターネットを通じて「イスラム革命とは何であったのか」を調べ、両親の過去と自身のルーツを問い直す。ドイツ人学生としての平穏な日常と、祖国で進行する動乱。その狭間で、彼は自らのアイデンティティを再定義しようとする。

著者シーダ・バズィヤールは1988年、西ドイツ生まれ。ヒルデスハイム大学で創作を学び、執筆と並行して長年青少年教育に携わってきた。本書はデビュー作にあたり、オランダ語、フランス語、トルコ語、ペルシャ語など多言語に翻訳されている。続く『Sisters in Arms』も高い評価を受けた。英訳を手がけたルース・マーティンはドイツ語文学の博士号を持つ翻訳家で、ジョゼフ・ロスやハンナ・アーレントなどの英訳でも知られる存在である。

2026年の国際ブッカー賞ロングリストにも選出された本作は、巨大な政治的うねりがいかに個人の私的領域――家族の関係や日常の細部――を侵食し、変容させるかを描き出す。タイトルの「テヘランの夜は静か」という言葉は、革命の喧騒の裏側に広がる沈黙を想起させると同時に、抑圧のもとでなお続く静かな抵抗を示唆している。第一世代の郷愁と第二世代の葛藤を交錯させながら、本作は国家の歴史が抽象的理念ではなく、個々人の身体と記憶に刻まれるものであることを明らかにする。政治の物語を家族の物語として読み替えるこの小説は、現代世界における「自由」とは何かを静かに問いかける一冊である。

breakfast-at-bnn.hatenablog.com

参考資料:

The Nights are Quiet in Tehran: Longlisted for the International Booker Prize 2026 | The Booker Prizes

#RivetingReviews: Mandy Wight reviews THE NIGHTS ARE QUIET IN TEHRAN by Shida Bazyar, translated by Ruth Martin – European Literature Network

Translation Tuesdays: The Nights are Quiet in Tehran by Shida Bazyar – The Driftless Area Review




以上の内容はhttps://breakfast-at-bnn.hatenablog.com/entry/2026/02/26/070000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14