2026年2月24日、今年も国際ブッカー賞(International Booker Prize)のロングリストが発表されました。
この賞は、英語に翻訳され、英国またはアイルランドで出版された長編小説や短編集に贈られるものです。最大の特徴は、著者だけでなく「翻訳者」の重要性にも同等のスポットライトを当てている点にあります。賞金の50,000ポンド(約950万円)は著者と翻訳者で均等に分配され、最終選考(ショートリスト)に残ったペアにもそれぞれ2,500ポンドが授与されます。
2026年の審査委員会を率いるのは、作家のナターシャ・ブラウン。彼女自身も2025年のブッカー賞でロングリスト入りを果たしています。今年は128作品という膨大な候補の中から、11の言語を背景に持つ、多様性に富んだ13作品が選出されました。
今回のリストで特に目を引くのは、数十年前に書かれた「現代の古典」とも呼ぶべき作品が含まれていることです。審査員長は「今こそ英語圏で読まれるべき切実な意義がある」と語っています。
それでは、世界中から集まった珠玉の13作品を、あらすじと共にご紹介します。
1. The Nights Are Quiet in Tehran
著者: シダ・バザヤール(ドイツ語)
翻訳者: ルース・マーティン
内容: 1979年のイラン革命から現代のドイツまで、四世代にわたる家族の軌跡を多声的に描いた物語。革命の夢と亡命の現実、世代を超えて受け継がれるトラウマを浮き彫りにする。
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2. We Are Green and Trembling
著者: ガブリエラ・カベソン・カマラ(アルゼンチン/スペイン語)
翻訳者: ロビン・マイヤーズ
内容: 実在の「男装の征服者」をモデルにしたクィア・バロックな歴史小説。植民地主義やジェンダーへの鋭い批評を、シュールなピカレスク形式で描き出す。2025年全米図書賞の翻訳部門を受賞した作品。
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3. The Remembered Soldier
著者: アンジェット・ダーニェ(オランダ語)
翻訳者: デイヴィッド・マッケイ
内容: 第一次世界大戦末期、記憶を失った兵士の前に「私はあなたの妻だ」と名乗る女性が現れる。愛とアイデンティティの揺らぎを500ページ超の重厚な筆致で綴る歴史物語。
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4. The Deserters
著者: マティアス・エナール(フランス語)
翻訳者: シャーロット・マンデル
内容: 戦場を彷徨う脱走兵の物語と、9.11当日の学者たちの学会。二つの物語が交差しながら、戦争、科学、そして信念の衝突を詩的に描き出す。
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5. Small Comfort
著者: イア・ゲンベリ(スウェーデン語)
翻訳者: キーラ・ヨーセフソン
内容: 「お金」をテーマにした5つの短編集。前作『The Details』で話題を呼んだ著者による、物質的な欲望と喪失をめぐる皮肉とユーモアを交えた鋭い人間ドラマ。
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6. She Who Remains
著者: レネ・カラバシュ(ブルガリア語)
翻訳者: イジドーラ・エンジェル
内容: アルバニアの慣習「宣誓処女(男として生きる女性)」を題材にした幻想的な物語。父権社会の暴力と、境界線上にあるアイデンティティを夢幻的に描く。
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7. The Director
著者: ダニエル・ケールマン(ドイツ語)
翻訳者: ロス・ベンジャミン
内容: 実在の映画監督G・W・パープストの半生を基にした物語。ハリウッドからナチス占領下の欧州へ戻った芸術家が、権力といかに妥協し、翻弄されたかをスリリングに描く。
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8. On Earth As It Is Beneath
著者: アナ・パウラ・マイア(ポルトガル語)
翻訳者: パドマ・ヴィスワナタン
内容: ブラジルの刑務所コロニーを舞台にした112ページの衝撃作。奴隷制の負の歴史と現代の制度的暴力が交差する、黙示録的な暴力の連鎖を描く。
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9. The Duke
著者: マッテオ・メルキオッレ(イタリア語)
翻訳者: アントネッラ・レッティエリ
内容: イタリア山村の広大な領地を継いだ最後の末裔「公爵」。隣人との些細なトラブルが壮絶な抗争へと発展していく、19世紀的な叙事詩スタイルで描かれる人間の業の物語。
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10. The Witch
著者: マリー・ンディアイ(フランス語)
翻訳者: ジョーダン・スタンプ
内容: 1996年の原書発表から30年を経て英訳。残酷な夫に囚われた「凡庸な魔女」の苦悩と、彼女を超える魔力を持つ娘たちの関係をダークな童話風に描く。
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11. Women Without Men
著者: シャフルヌーシュ・パルシープール(ペルシャ語)
翻訳者: ファリドゥン・ファロフ
内容: 1989年の発表直後にイランで発禁となり、著者が投獄された伝説の一冊。5人の女性の解放への願いをマジックリアリズムで描いた、現代イラン文学の古典。2009年には映画化もされた。村上春樹の短編集『女のいない男たち』とタイトルが対になっているが、全く別の作品。
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12. The Wax Child
著者: オルガ・ラヴン(デンマーク語)
翻訳者: マーティン・エイトケン
内容: 17世紀の魔女裁判を、呪いのために作られた「蜜蝋人形」の視点から描くゴシック・ホラー。女性への抑圧と連帯を鮮烈なイメージで紡ぐ。
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13. Taiwan Travelogue(台湾漫遊鉄道のふたり)
著者: 楊双子(中国語・繁体字)
翻訳者: リン・キング
内容: 日本統治下の台湾を巡る日本人作家の旅行記、という体裁を取ったメタフィクション。食文化の記録と共に、二人の女性の間に芽生える淡くも深い絆を繊細に描く。2024年全米図書賞の翻訳部門を受賞。
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2026年のロングリストは、例年以上に「時間」と「政治」の重みを感じさせるラインナップとなりました。30年以上前の発禁本から、最新のメタフィクションまで、英語という窓を通じて世界中の「声」が届けられています。特に日本でも馴染み深い台湾を舞台にした『台湾漫遊鉄道のふたり』や、ゴンクール賞作家マティアス・エナールの作品など、注目作が目白押しです。
今後のスケジュールは以下の通りです:
* ショートリスト(最終候補6作)発表: 2026年3月31日
* 受賞作発表: 2026年5月19日(ロンドン、テート・モダンにて)
このリストが、みなさんの新しい読書体験のガイドになれば幸いです。
参考資料:
Everything you need to know about the International Booker Prize 2026 longlist | The Booker Prizes
What our judges said about the International Booker Prize 2026 longlist | The Booker Prizes