2025年5月に刊行された、アメリカのテクノロジー・ジャーナリスト、カレン・ハオによる『Empire of AI: Dreams and Nightmares in Sam Altman’s OpenAI』(AIの帝国――サム・アルトマンのOpenAI、その夢と悪夢)は、OpenAIの急成長を起点に、現代の人工知能産業が抱える権力構造とその帰結を丹念に描き出した調査報道である。本書は、AI企業を単なる革新的テック企業としてではなく、19世紀の植民地帝国と構造的に類似した「新たな帝国」として捉える視点を提示する。
著者がタイトルに「帝国」という言葉を用いたのは、企業規模の大きさを強調するためではない。ハオは、歴史的帝国と現代のAI企業のあいだに見られる四つの共通構造を軸に議論を展開する。第一は、資源の収奪である。かつて帝国が土地や天然資源を囲い込んだように、AI企業はデータや知的財産を自らの資源として取り込む。インターネット上の文章、画像、創作物を大規模に収集し、創作者の同意を欠いたまま利用しつつ、それらはもともと公共財である、あるいはフェアユースに該当するという解釈を拡張してきた。
第二は労働の搾取である。AI産業は、ケニアやベネズエラなどグローバル・サウスの国々において、低賃金の契約労働者に大きく依存している。彼らは時給数ドルという条件で、暴力や児童虐待を含む有害なオンラインコンテンツを選別・分類する仕事に従事している。精神的負荷の極めて高いこの労働は、AIの「安全性」を支える不可視の基盤である。さらにOpenAIが掲げる「人間よりも経済的価値の高い仕事の大半で人間を上回る」という目標は、労働を体系的に自動化する方向性そのものだと、著者は批判的に捉える。
第三は知の独占である。巨額の報酬によって研究者が大学から企業研究所へと引き抜かれ、AI研究は公共的関心よりも企業の戦略に左右されるようになった。その結果、技術の限界やリスクに関する認識さえ、企業の利害によって形成される状況が生まれている。企業にとって不都合な研究や批判的な知見が、表立っては評価されにくい構造があることも、本書は指摘している。
第四は、存在論的な物語の動員である。AI企業は自らを人類に進歩をもたらす「善なる帝国」と位置づけ、かつてはGoogle、現在では中国といった「悪の帝国」との競争を強調してきた。「悪に先を越されれば人類は破滅する。だからこそ我々が、規制に縛られず、あらゆる資源を集中させて開発を加速させねばならない」というロジックが、資源の独占や規制回避を正当化する物語として機能しているのである。
本書はまた、汎用人工知能(AGI)をめぐる思想が、シリコンバレーにおいて疑似宗教的な信念体系として広がっている様子を描く。AGIが間近に到来し、社会のあらゆる問題を解決すると信じる楽観主義者と、同じ前提を共有しつつ人類滅亡級の破局を恐れる悲観主義者は、表面的には対立している。しかし著者は、両者がともにAIの未来を民主的統制から切り離し、少数の技術エリートに委ねるべきだと考えている点で一致していると指摘する。
加えて本書は、OpenAIの内部史にも踏み込む。2015年の非営利組織としての設立から、マイクロソフトとの巨額提携に至る過程、元主任研究者イリヤ・サツケヴァーが推進した「スケーリング仮説」*1、そしてそれがChatGPTの成功と同時に、莫大な計算資源と物理インフラを必要とする開発路線を固定化した経緯が描かれる。サム・アルトマンとイーロン・マスクの確執、2023年の取締役会による一時的なアルトマン解任劇など、権力と物語をめぐる社内の緊張関係も詳細に記録されている。
ハオがとりわけ重視するのは、AIがもたらす環境的・社会的コストである。巨大データセンターの建設は世界的な電力需要を押し上げ、冷却のために大量の淡水を消費する。水資源に乏しい地域で地域社会と対立を生んでいる事例や、有害コンテンツを扱う労働者が深刻な心理的外傷を負っている現実が、具体的な取材を通じて示される。水資源に関する記述の一部には訂正が入っているものの、AIが自然資源に与えるインパクトが過小評価されてきたという問題提起自体は揺らいでいない。
著者のカレン・ハオは、マサチューセッツ工科大学で機械工学を学び、卒業後はシリコンバレーのスタートアップで働いた経験を持つ。そこで、社会的変化をもたらすと語られる技術開発が、必ずしも公共的価値と結びついていない現実に直面し、ジャーナリズムの道へと進んだ。『MITテクノロジーレビュー』のシニアエディターや『ウォール・ストリート・ジャーナル』の特派員を歴任し、現在は『アトランティック』への寄稿を続けている。また、ピューリッツァー・センターの「AIスポットライト・シリーズ」に関わり、世界各地のジャーナリストにAI報道のための支援やトレーニングを行っている。
本書の結論部で著者は、現在主流となっているAI開発の方向性は「必然的な進化」ではないと明確に述べる。OpenAIが選んだ「規模の拡大」という道は、数ある選択肢の一つにすぎない。「AI」という言葉が「交通」という言葉と同じくらい幅広い概念であるように、そこには資源集約型の巨大モデルだけでなく、目的特化型で地域に根ざした技術も含まれうる。創薬に貢献するAlphaFoldや、先住民言語の保存を支えるニュージーランドのTe Hiku Mediaの事例は、その代替的可能性を示している。
本書は、AI産業が「帝国」として機能している現状を可視化しつつ、それが唯一の未来ではないことを示す。技術進歩の名のもとに進行する資源の収奪、労働の搾取、知の独占、そして物語の動員。これらの構造を問い直し、AIをめぐる権力を企業から市民の側へ引き戻す必要性を、本書は静かに、しかし明確に訴えている。批評的かつ射程の長い調査報道として、現代のAI産業を理解するための重要な一冊である。
参考資料: