2025年7月に刊行されたサイモン・ホールの著書『Three Revolutions: Russia, China, Cuba and the Epic Journeys that Changed the World』(三つの革命――ロシア、中国、キューバと世界を変えた壮大な旅)は、20世紀を代表する三つの政治革命――ロシア革命、中国革命、キューバ革命――を、人間の移動と経験に焦点を当てて描き直した歴史書である。本書は、思想史や制度史の枠組みによる分析ではなく、革命の指導者たちと、その出来事を西側世界に伝えたジャーナリストという二つの主体が辿った「旅」を軸に構成されている点に特色がある。
ホールは各革命について、決定的な意味をもつ二つの移動を対にして描く。ロシア革命では、スイス亡命中のレーニンがドイツ政府の手配した「封印列車」によって帰国し、革命の導火線となった旅と、アメリカ人ジャーナリスト、ジョン・リードがペトログラードで冬宮襲撃を目撃し、『世界を揺るがした十日間』を著すに至る体験とが並行して語られる。リードの報道は、当時のアメリカ政府にとって扇動的と受け取られ、治安立法の適用対象とされるほど強い政治的影響力をもっていた。
中国革命では、毛沢東が国民党軍の包囲を逃れて行った約9,000キロに及ぶ長征と、1936年にエドガー・スノーが延安に赴き、初めて毛沢東への本格的取材を行い、『中国の赤い星』を執筆するまでの行程が描かれる。出発時に十万人近くいた紅軍が、過酷な行軍の末に数千人規模にまで減少した事実は、革命の神話的起源として語り継がれてきた。ホールは、スノーの著作が中国共産党の指導部を理想化した側面を持ちながらも、西側世界における中国革命像の形成に決定的影響を及ぼしたことを指摘する。
キューバ革命においては、1956年にフィデル・カストロが老朽ヨット「グランマ号」で帰国し、沼地で壊滅的な上陸を経験する過程と、ニューヨーク・タイムズ記者ハーバート・L・マシューズが1957年にシエラ・マエストラ山中でカストロに接触し、その生存と闘争の継続を世界に伝えた取材行が対照的に描かれる。マシューズの報道は、バティスタ政権の正統性を揺るがし、反政府勢力への国際的注目を高める一因となったと論じられている。
ホールは、これらの記者たちの勇気と行動力を評価する一方で、彼らの報道が革命運動の自己演出に寄与した側面についても慎重に検討する。革命家への共感は、時として批判的距離を失わせ、結果として特定の歴史像を固定化する役割を果たした。スノーの毛沢東像や、マシューズのカストロ像は、その後明らかになる抑圧的統治の現実を十分に予見できなかったという限界を抱えていた。著者はここに、報道とプロパガンダの境界の曖昧さという、ジャーナリズムに内在する構造的問題を見る。
さらに本書は、真実を伝えようとした記者たちが支払った代償にも目を向ける。リードは革命への共感ゆえに祖国で孤立し、亡命先で若くして没した。スノーは冷戦下の反共主義の高まりの中で疑念の目を向けられ、マシューズもまた、キューバ報道をめぐって社会的評価を大きく損なった。彼らの運命は、報道が政治と深く結びつくとき、個人が背負うリスクの大きさを物語っている。
著者サイモン・ホールはリーズ大学の現代史教授で、アメリカ公民権運動や1960年代の反体制文化、グローバルな抗議運動史を専門とする歴史家である。『1956: The World in Revolt』や『Ten Days in Harlem』など、政治運動を国際的文脈とメディアの視点から捉える研究で知られている。
『Three Revolutions』は、革命を抽象的なイデオロギーの衝突としてではなく、移動し、危険を冒し、言葉によって世界像を形づくった個人の行為の連鎖として捉え直す試みである。本書が浮かび上がらせるのは、ジャーナリズムが歴史的出来事を意味づけ、記憶の枠組みそのものを形成していく力であり、同時にその力が孕む倫理的緊張である。事実と物語、客観性と共感の狭間で揺れ動く報道の宿命を、三つの革命と六つの「旅」を通して描いた一冊と言えるだろう。
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