2024年にハンガリーで刊行されたクラスナホルカイ・ラースローによる小説『Zsömle odavan(ジェムレはいなくなった)』は、ハンガリーの王位継承をめぐる風変わりな老電気工の物語を描いた風刺的悲喜劇である。
主人公は91歳の退職電気工カーダ・ヨージ・バーチである。彼は自らをハンガリー王ベーラ4世とチンギス・ハーンの末裔、すなわち「アールパード朝のヨーゼフ1世」であり、ハンガリー王位を継承する正当な権利があると信じている。彼の家系はおよそ750年にわたりその出自を秘してきたという。彼は、比喩的にも文字通りにも、自分の人生への積極的な関与を断つと決意している。
しかし、孤独な隠遁生活を送るヨージ・バーチは、首都近郊のスロバキア系住民が多い北部の無名の村で、一群の支持者に見出される。その支持者たちは「コーディネート・プラットフォーム(KáPé)」という極右君主主義団体を形成しており、ハンガリー王国の復活を目標としている。この団体の中には、空想的な王党派や、準軍事的なテロ行為を企てている者も含まれていた。彼らにとってヨージ・バーチは、自国の社会の現状に対する不満や、失われた「聖なるハンガリーの故郷」を取り戻したいというナショナリズムの旗印となる存在だったのだ。
ヨージ・バーチは自分を担ぎ上げようとする訪問者たちを前に、ハンガリー王国摂政ホルティ・ミクローシュによって1944年に秘密裏に戴冠されたという自身の王としての過去や、世界の要人たちとの交友など、驚くべき武勇伝を語り聞かせる。しかし彼の回想には矛盾があり、信頼できない語り手である可能性を孕みながら物語が進んでいく。
当初ヨージ・バーチは王位に就くことを拒否し、政治に関わろうとしなかった。しかし支持者たちの期待と自身の潜在的な野心に動かされ、徐々に王位継承の可能性を受け入れ始める。彼は平和的な方法での王政復古を望むが、組織の一部が武力行使を画策し始めると、一度はこれに反対するものの、最終的にはあきらめからそれを支持するような言動を見せ始める。
タイトルにもある「ジェムレ」はヨージ・バーチの愛犬であり、作中では複数の犬が同じ名を引き継いでいる。物語の冒頭で最初のジェムレが老衰で亡くなったあと、すぐに新しいジェムレが迎え入れられる。著者は、ヨージ・バーチとジェムレは「一つの存在」であると語っており、その関係は物語の最も感情的な核心をなしている。
この小説の大きなテーマの一つは、老いと孤独、そして現代における惨めさの描写である。ヨージ・バーチは娘や義理の息子からは精神的に不安定だとみなされ、疎遠になっている。しかし、実のところ彼に必要なものは「王冠」ではなく、むしろ人間らしい生活である。ヨージ・バーチとともに、極右的な画策をした人々が結局は失敗し、主人公が最終的にどんな結末を迎えるのかが本書のポイントである。
ちなみに本作は完全なフィクションではなく、主人公のモデルとなったダカ・ヨージェフという人物が実在する。この男もヨージ・バーチと同じように元電気工で、2009年にハンガリーの王位継承権を主張しており、ハンガリー語版の原書冒頭には「D.J.の思い出に」という献辞が添えられているという。このモデルの存在は、主人公の妄想が単なる空想ではなく、現代ハンガリー社会の混乱やナショナリズムの土壌の上に育ったことを示していると言えるだろう。
クラスナホルカイ・ラースローは1954年にハンガリーで生まれた。父親は弁護士、母親は社会保障行政官を務める中流のユダヤ系家庭に育つ。1977年に『Mozgó Világ』誌で最初の著作を発表し、1983年からはフリーランスの作家として活動している。彼のデビュー小説は『サタンタンゴ(Sátántangó)』(1985年)であり、これによりハンガリー文学界の主要な存在としての地位を確立した。
1987年に初めてカダール体制下のハンガリーを離れて西側へ行くことを許され、西ベルリンで1年を過ごした。東欧圏崩壊後は、居場所を常に変える生活を送り、ドイツやハンガリーに頻繁に戻りつつも、フランス、スペイン、アメリカ、イギリス、イタリア、ギリシャ、中国、そして日本(京都)でも長期または短期の滞在を経験している。
彼の多くの作品、特に『サタンタンゴ』や『抵抗の憂鬱』は、長年の友人である映画監督のタル・ベーラによって映画化されている。彼はタル・ベーラのために、映画脚本を6本を執筆している。
クラスナホルカイ・ラースローは、その全作品を通じて多くの文学賞を受賞している。主要なものとしては、ハンガリー最高の栄誉であるコッシュート賞(2004年)、国際ブッカー賞(2015年)、全米図書賞翻訳文学部門(2019年)、およびオーストリア国家ヨーロッパ文学賞(2021年)がある。そして、2025年にはノーベル文学賞の受賞が発表された。
『Zsömle odavan』で描かれる主人公ヨージ・バーチの「王位継承」という壮大な妄想は、現代社会における現実と願望の乖離を象徴しており、読者に「真実の価値」について考えさせる問いかけとなっている。そして、ジェムレの存在を通じて示される、動物への無条件の愛と人間への厳しい視線の対比が印象的である。ノーベル文学賞受賞を契機に、世界の注目を集める作品になることは間違いない。
※2025年10月時点で、本作は日本の主要なオンライン書店には流通していないようです
参考資料:
Krasznahorkai László: Zsömle odavan - az Olvasóterem kritikája
A TERMÉSZET RENDBEN, DE AZON TÚL? Krasznahorkai László: Zsömle odavan - Revizor - a kritikai portál