フランチェスカ・ジャンノーネが2023年に発表した『La Portalettere(郵便配達人)』は、イタリアで年間40万部を売り上げる大ヒットとなり、同年最も読まれた小説として話題を集めた。この作品の英訳『The Letter Carrier』が2025年7月に刊行され、国際的な関心も高まっている。本作が多くの読者を魅了するのは、1930年代という時代的制約の中で、自らの意志を貫こうとする女性の姿を力強く描いているからであろう。
物語が展開されるのは、1930年代イタリア南部のプーリア州にある小さな村リッザネッロである。主人公のアンナは、北部の港町ジェノヴァから夫に従って移住してきた女性である。都市部で育った彼女にとって、南部の閉鎖的な村落社会は異質な世界であった。夫の希望により新天地へと向かうことになったアンナは、馴染みのない環境で孤立感を味わうことになる。村の住民たちは彼女を「部外者」として距離を置いた。知識を持ち、宗教に頼らず、世間の噂や先入観に左右されない彼女のような女性は、この土地では前例がなかったのである。
移住当初の辛い日々を耐え抜いたアンナは、やがて就職への道を歩み始める。夫が反対したにもかかわらず、彼女は女性には門戸が閉ざされていた郵便配達員の職に挑戦することを決断した。採用試験を突破したアンナは、その地域における初の女性郵便配達員として歴史に名を刻むことになる。最初は歩いて配達を行い、後に自転車を使用するようになったアンナの活躍は、当時の女性としては画期的なものであった。村民から「異邦人」扱いされていた彼女が、今度は各家庭を訪問し、住民同士を結びつける役割を担うようになったのである。
この時代の農村部では、読み書きのできない人々が数多く存在した。アンナは職務の範囲を超えて、そうした人々のために手紙の内容を音読したり、代筆サービスを提供したりした。軍務に就いた息子からの便り、遠方に移住した親族からの絵葉書といった重要な通信の橋渡しを行っていたのである。このことは、郵便配達員という職業が単純な物品の配達にとどまらず、地域社会における情報伝達の要としての意味を持っていたことを物語っている。さらに、秘密の恋愛関係にある人々の文通も取り扱い、時として内容を読み上げる場面もあった。こうした業務を通じて、アンナは村の様々な秘密を知る立場となっていく。
作品の中心には、アンナを取り巻く複雑な人間模様が描かれている。夫カルロとの関係は安定した夫婦愛として表現されているが、一方でカルロの兄弟アントニオがアンナに恋愛感情抱いているという設定がある。この二人の間に生まれる無言の愛情は、物語全体を貫く重要な要素となっている。アントニオは兄に対する敬愛の念から、自分の感情を押し殺さざるを得ない苦悩を抱えている。アンナの生き方は、自分自身で人生を決定する権利を持つ女性像を表現しており、夫カルロが仕事に反対したとしても、彼女は自分の信念を曲げることがない。
この作品は恋愛と勇気をテーマとした物語であると同時に、人間の生命力と、個人の決断が人生を左右する力についての深い考察を含んでいる。アンナは村で孤立していた友人ジョヴァンナを支援し、女性の自立を支える施設の創設に尽力するなど、彼女の行動は多数の若い女性たちに誇りと独立心をもたらした。アンナは自分の生き方を通して、女性が家庭での役割と職業での役割を同時に果たすことができるという先進的な考え方を実践したのである。
この小説には実在の人物をモデルとした背景がある。それは作者自身の曽祖母アンナ・アラヴェーナその人である。ジャンノーネは新型コロナウイルスによる外出制限期間中、実家で一世紀前の曽祖母の名刺を偶然発見した。そこには「郵便配達人」という職業名が刻印されていたのである。この発見に触発された作者は曽祖母の生涯について詳細な調査を開始し、彼女がサレント地方で最初の女性郵便配達員であったという史実を確認した。この事実にインスピレーションを得て、作者は曽祖母の実際の体験に創作的な要素を加えて物語を構築していったのである。
作者のフランチェスカ・ジャンノーネは1982年生まれのイタリア人小説家である。2023年に発表した本作がデビュー作となり、これが予想を上回る成功を収めて年間40万部の売上を記録し、2023年のイタリア小説界で最高の販売実績を残した。翌2024年には第二作『Domani, domani』を世に送り出し、この作品も含めて両作品が2024年のベストセラー・ランキングの上位10位以内に入るという快挙を成し遂げている。『La Portalettere』はすでに映像化に向けての権利が売却されているという話もあり、原作小説として注目を集めることは間違いない。
『La Portalettere』は、ひとりの女性が社会からの圧力に屈することなく、独自の道筋を切り開いていく物語として読むことができる。家族間の結びつきや歴史の流れを背景として、愛情、偏見、友情という時代を超越したテーマを掘り下げている。およそ100年近く前にたくましく生きた女性の姿は現代の読者を勇気づけるものとなるだろう。
参考資料:
"La Portalettere" di Francesca Giannone: recensione libro
La portalettere di Francesca Giannone, una storia d'amore, discriminazione e amicizia | BonCulture