2018年に発表されたケニアを代表する世界的作家、グギ・ワ・ジオンゴの長編作品『The Perfect Nine: The Epic of Gĩkũyũ and Mũmbi』(パーフェクト・ナイン:キクユとムンビの叙事詩)は、彼の文学的キャリアの新たな到達点を示すものである。キクユ語で書かれた原著『Kenda Mũiyũru: Rũgano rwa Gĩkũyũ na Mũmbi』を著者自身が英語に翻訳した本作は、2021年には国際ブッカー賞のロングリストに選出され、アフリカの土着言語で書かれた作品として、また著者自身が翻訳も手掛けた作品として初めての快挙となったことでも注目を集めた。散文詩の形式を取り、ケニアのキクユ族に伝わる創世神話を壮大な叙事詩として再話した本作は、民間伝承、神話、冒険、寓話といった要素を巧みに織り交ぜている。
物語は、飢餓と争いを逃れたキクユとムンビが、ケニア山の麓の豊かで平和な土地に住み着くところから始まる。彼らには10人の美しい娘がいたが、慣習により「パーフェクト・ナイン」と呼ばれた。娘たちは皆自立心が強く、知性と勇気、様々な才能を持っていた。彼女たちの美しさと評判は大陸中に広がり、99人の求婚者がキクユとムンビの元を訪れる。両親は娘たちに賢く自分で選ぶよう促すが、求婚者たちは娘たちとともに危険な旅に出ることになる。この旅の目的は、歩くことのできない末の妹ワリギアを癒す不思議な薬を探すためであり、その治療薬とは人喰い鬼の王ムウェンゲガの舌の中央に生える一本の毛だった。
この旅は数々の危険と困難に満ちていた。彼らは貪欲、嫉妬、不正、利己心など、人間社会の悪を象徴する様々な鬼たちと遭遇する。試練を重ねる中で求婚者の数は減少していく。娘たちは弓術、歌、雨を呼ぶ技術など、それぞれの能力を駆使して困難を乗り越えていく。こうして、彼女たちの勇気と知恵、個々の技能が真価を発揮するのである。
この旅は、求婚者と娘たちの双方にとって、人格と覚悟を試される過程であった。最終的に旅を終えて戻ってきた者たちは「成熟した人々」として描かれる。残された十分な数の求婚者と娘たちは結婚し、それぞれがキクユの十氏族の先祖となる。
本作の大きな特徴は、キクユ族の口承伝統に深く根差している点である。著者は子供の頃、囲炉裏端で聞いた物語から大きな影響を受けたと語っており、その語りのリズムや音楽性が、本作の散文詩のスタイルに反映されている。著者はこの作品をまず自身の母語であるキクユ語で執筆し、その後自ら英語に翻訳した。これは彼が長年主張してきたアフリカ言語での創作の重要性を体現するものである。自己翻訳という作業を通して、彼はあらゆる言語が持つ美しさや音楽性を再認識したという。シンプルでありながら深遠な真実を描き出す筆致は、彼の作家としての円熟を感じさせる。
本作は、ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』、インドの『マハーバーラタ』など、世界の他の偉大な叙事詩の形式を踏まえつつも、著者自身の文化に根差した独自の物語世界を創造している。この作品の国際的な評価は、アフリカ文学、特にアフリカの土着言語で書かれた文学の多様性と重要性を世界に示す上で極めて重要な意味を持つ。国際ブッカー賞ロングリストに選ばれたことからも、その評価の高さが窺える。
本作の著者であるグギ・ワ・ジオンゴは、1938年にケニアで生まれた。東アフリカを代表する小説家、劇作家、評論家、そして社会活動家としても知られる。初期には英語で執筆していたが、植民地主義への批判を深める中で、自身の母語であるキクユ語での創作に転換した。邦訳されている作品には、戯曲『したい時に結婚するわ』、『精神の非植民地化』、『泣くな、わが子よ』などがある。ノーベル文学賞の有力候補としても長年名前が挙げられていたが、2025年5月28日、87歳で死去した。
『The Perfect Nine』は、グギ・ワ・シオンゴの母語と文化に対する深い愛情と、現代世界に対する鋭い眼差しが見事に融合した作品である。キクユ族の創世神話を再話するという形式を通して、ジェンダー、環境、人間関係といった普遍的なテーマを掘り下げ、読者に自身の存在意義や世界との関わり方について深く考えさせる一冊となっている。
参考資料:
The Perfect Nine | The Booker Prizes
https://en.wikipedia.org/wiki/Ng%C5%A9g%C4%A9_wa_Thiong%2527o
The Perfect Nine: The Epic of Gĩkũyũ and Mũmbi by Ngũgĩ wa Thiong’o | World Literature Today