1985年に出版されたアントニー・ペンローズ著『The Lives of Lee Miller』(邦題 リー・ミラー: 自分を愛したヴィーナス)は、波乱に満ちたリー・ミラーの生涯を、息子である著者の視点から語った伝記である。この作品は、ケイト・ウィンスレット主演で2025年5月に日本公開された映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』の原作としても知られている。
リー・ミラーは、美しく魅力的で、非常に優れた写真家であり、人生を冒険ととらえる稀有な人物であった。彼女の生涯は多様かつ波瀾万丈であった。
1920年代のニューヨークで実業家コンデ・ナストに偶然見出された彼女は、ヴォーグ誌のカバーガールとなり、急速に成功を収める。しかし、このモデルとしての成功は、リーにとっては次のステップへの通過点でしかなかった。その後、彼女は写真への情熱から、カメラの向こう側に回ることを望む。1929年にパリへ渡り、シュルレアリスム写真家として高く評価されていたマン・レイの弟子になることを決意する。マン・レイは最初は弟子を取らないと断ったが、リーは大胆にも彼と一緒に旅行に行くと宣言し、実際に3年間にわたり同棲することになる。その期間、リーはマン・レイのためにポーズを取り、彼は彼女を指導した。マン・レイのシュルレアリストの友人たちとの交流も、彼女の創造力を刺激した。彼女は撮影技術を短期間で習得し、初期の作品にはシュルレアリスム的な構図も見られる。
その後、彼女は人生を再び劇的に変える。第二次世界大戦中に米軍の従軍記者としての活動を始めるのである。ロンドンの大空襲を取材し、ヴォーグ誌のために戦場の写真を撮影し、ファッション誌に戦争報道の記事を寄稿した。サン・マロの包囲戦やパリ解放を取材し、ダッハウ強制収容所の解放を最初に記録した写真家の一人となり、その写真は世界に衝撃を与えた。恋人のデイヴィッド・シャーマンと共に、ヒトラーのミュンヘンのアパートに初めて足を踏み入れ、そこでリーがヒトラーのバスタブに浸かる写真は、この時に撮影された。芸術・写真・戦争・ファッションすべてに関心を持ち、知的で冒険心があり、最前線でしか撮れない写真を撮り続けた。
戦後、彼女は母親となり、優れた料理人としても知られるようになる。ピカソを含む多くの著名人と交流し、豪華なパーティーを開催した。しかし戦争後、特に息子が成長する時期に、心的外傷後ストレス障害、アルコール依存症、うつ病に苦しんでいたとされる。喫煙と飲酒の習慣も晩年に影響を与えた可能性がある。彼女は生涯を通じて何らかの精神的不安定さがあったことは明らかであり、自己破壊的な傾向があったという見方もある。人間関係は難しさを抱える側面もあったようだが、最終的にはローランド・ペンローズと生涯の大半を共にした。
本書は、息子であるアントニー・ペンローズによって執筆された。彼は、母親の死後に家族の家で発見された約6万点に及ぶ膨大な写真、ネガ、原稿を含むアーカイブを、妻スザンナと共に整理し、「リー・ミラー・アーカイブ」を設立した人物である。このアーカイブの発見は、彼に母親に対する新たな視点をもたらしたとされる。
著者アントニー・ペンローズは、1947年のロンドン生まれで、自身も写真家として知られている。父はシュルレアリスム芸術家であり作家のローランド・ペンローズ、母は本書の主人公リー・ミラーである。現在は世界各地で写真や両親の作品に関する講演活動を展開している。
『The Lives of Lee Miller』は、激動の20世紀を類まれな才能とエネルギーをもって駆け抜けた、リー・ミラーという女性の魅力的な評伝である。本書を通して描かれる彼女の特異な生涯は、21世紀の我々にとっても刺激と示唆に富むものである。
参考資料:
The Lives of Lee Miller (1985) – Anthony Penrose – The Mind Reels
https://www.goodreads.com/book/show/236146.The_Lives_of_Lee_Miller