2025年5月に刊行されたエドワード・ホワイトによる新著『Dianaworld: An Obsession』は、ダイアナという人物そのものよりも、彼女を取り巻く「現象」や、いかにして彼女に対する「文化的な執着」が生まれたのかを考察した一冊である。
多くの伝統的な伝記が主にダイアナの内面や人生の出来事に焦点を当てるのに対し、本書はダイアナの伝記というよりも「ダイアナワールド」を通じて語られる文化的執着の物語として描かれている。彼女に対する世界の認識と記憶のされ方、彼女が持つ持続的な文化的影響、文化現象としての存在にスポットを当てる。
著者は「彼女の周囲にいた人々の群像」を描き、「自分自身を彼女に重ね合わせた人々」に特に注目する。対象となるのは、貴族や宮殿のスタッフから芸術家、ドラァグパフォーマー、現代の熱狂的ファン、イギリスの少数民族、LGBTQ+コミュニティ、移民、恋人、売春婦、子ども(彼女自身の子どもや他人の子ども)、そして「彼女に一度も会ったことがないが、彼女を人生の重要な存在と感じている普通の人々」など多岐にわたる。著者によれば、様々な人々が自分の願望をダイアナのイメージや遺産に投影しており、左派・右派、進歩派・保守派に共通して支持された超党派的な象徴とみなされているようだ。
本書のアプローチは従来の伝記とは一線を画している。著者は、元友人、スタッフ、王室記者の出版された証言だけでなく、一般の人々の日記や、オーラルヒストリー、ティーンエイジャーのスクラップブック、広告、コメディスケッチなど、非常に幅広いソースを利用している。これにより、ダイアナが様々な人々にいかに強い感情を呼び起こしたのかが浮き彫りになっている。
著者は、ダイアナの行動やその影響について洞察に満ちた分析を展開する一方で、時としてユーモアを交えながら、多くの奇妙な逸話やゴシップ的な側面にも触れている。例えば、フレディ・マーキュリーやケニー・エヴェレットと共に変装してロンドンのゲイバーに忍び込んだという、長年語られてきた逸話にも触れられている。彼女が一度、自身の着ている下着について言及したことで売上が急増し、下着業界を救ったという話や、シリアの国防大臣から馬を贈られたという奇妙なエピソードも紹介されている。また、彼女が非常に洗練された趣味を持っていたわけではないことや、マスコミの報道が彼女にまつわるほんの些細なことでも大ニュースになったかなど、当時の社会がいかに熱狂していたかを振り返る。
加えてダイアナが特にアメリカで熱狂的な人気を博した理由や、メディア、王室、LGBTQ+コミュニティ、そして彼女が関わった慈善活動について、その神話化された側面と現実の両方を検証する。彼女の感情表現が、当時の英国社会の堅い文化に挑戦し、公共生活における感情のあり方を変えたという分析は特に興味深い。また、彼女の苦痛が、恵まれた境遇への潜在的な反感を中和するツールとしても機能したという指摘もされている。
著者エドワード・ホワイトは、大学時代にヨーロッパとアメリカの歴史を学び、2005年からはイギリスのテレビ業界で働いた経験を持つ。BBCでは2年に渡り芸術と歴史部門で番組の企画に携わっている。本書の他に映画監督アルフレッド・ヒッチコックに関する『The Twelve Lives of Alfred Hitchcock』(2021年)や、20世紀初頭に活躍した作家であり写真家のカール・ヴァン・ヴェクテンに関する『The Tastemaker: Carl Van Vechten and the Birth of Modern America』(2014年)を執筆している。
『Dianaworld: An Obsession』は、ウェールズ公妃ダイアナという稀有な人物を巡る文化や「神話」がどのように生まれ、現在にまで続いているのかを掘り下げたユニークな一冊である。彼女が不幸な死を遂げてからもうすぐ30年を迎えるなか、今改めてその存在が様々なコミュニティや社会に与えた影響を振り返ることには大きな意義があるだろう。
参考記事:
Dianaworld: An Obsession by Edward White - review by Nicola Shulman