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『Sisters under the Rising Sun』第二次世界大戦中のインドネシアで日本軍の捕虜になった女性たちの物語

2023年に刊行されたヘザー・モリスの小説『Sisters under the Rising Sun』(日出処の姉妹たち)は、第二次世界大戦下、日本軍の捕虜となった女性たちの知られざる物語を描いた作品である。著者は、世界的なベストセラーとなった『アウシュヴィッツのタトゥー係』三部作(邦訳はシリーズ第1作のみ)で、ホロコーストにおける忍耐と希望の物語を世に送り出したが、本作では舞台をアジアへ移し、実話をもとにして、日本軍の捕虜収容所で生き抜いた女性たちの連帯と勇気を描いている。

物語は1942年2月、シンガポールが日本軍の手に落ちる直前から始まる。英国人音楽家であるノラ・チェンバースは、8歳の娘サリーを安全な場所へ逃がすため、苦渋の決断の末、親戚と共にオーストラリア行きの船に乗せる。夫ジョンがチフスで入院していたため、ノラはシンガポールに残ることを選ぶ。シンガポール陥落後、ノラは夫ジョンや妹のエナと共に、英国商船ヴァイナー・ブルック号に乗り込み、脱出を図る。この船には、オーストラリア軍の看護師であるネスタ・ジェームズやその同僚たちも乗船していた。

しかし、船出からわずか二日後、ヴァイナー・ブルック号はインドネシア沿岸沖で日本軍の空襲を受け、沈没してしまう。24時間にも及ぶ過酷な漂流の末、ネスタとノラはインドネシアの島の浜辺にたどり着くが、そこで日本軍に捕らえられ、悪名高い捕虜収容所に収容されることになる。

収容所の生活は筆舌に尽くしがたいほど過酷であった。女性たちは飢餓と疾病、不衛生な環境、そして日本兵からの残虐行為に苦しめられた。熱帯地方特有の病気が蔓延し、十分な治療薬も与えられなかった。彼女たちは「捕虜」ではなく「被抑留者」として扱われたため、赤十字からの支援や外部との連絡も一切許されなかったのである。収容されたのは、オーストラリア人、ニュージーランド人、英国人、オランダ人、そしてアメリカ人など、実に27カ国にも及ぶ多様な国籍を持つ約500人の女性と、40人の子供たちであった。

このような絶望的な状況の中、女性たちは驚くべきレジリエンスと相互扶助の精神を発揮する。ノラとネスタは「戦場の姉妹たち」として、互いに支え合い、他の収容者たちを助けるために尽力する。彼女たちの絆こそが、暗闇の中で生き抜くための光となった。

特に印象的なのは、音楽や芸術が収容所生活にもたらした希望である。音楽家であったノラは、女性たちを集めて「声のオーケストラ」を結成し、コンサートを開催する。伝道師であったマーガレット・ドライバーグは、賛美歌を歌ったり、詩や演劇を通して人々の心を慰めた。食べ物のレシピ本を「書く」ことや、「Look up」(顔を上げて空を見上げよう)という言葉も、彼女たちが精神的な支えを見つけようとした証しである。これらの活動は、収容者たちだけでなく、日本兵の一部をも感動させたという。

収容所では多くの命が失われた。特に終戦間際の1945年には、ひと月に77人もの犠牲者が出たという記録もある。女性たちは衰弱した体で仲間の墓を掘り、埋葬を行った。マーガレットが書いた追悼の詩は、その悲惨さの中にも、互いを思いやる女性たちの姿を鮮やかに描き出している。

終戦による解放後も、女性たちは新たな困難に直面した。多くは「何もなかったことにして家に帰れ」と言われたという。自宅に戻っても共同生活の名残で、床で寝たりベッドの下に隠れたりする者もいた。しかし、彼女たちが収容所で培ったレジリエンスと互助の精神は、その後の人生を生き抜く上での糧となったことは想像に難くない。ある研究によれば、同じような環境下に置かれた男性たちの生存率と比較して、女性たちの方が共同体意識や相互扶助の精神が強く、結果として生存率が高かったという興味深い報告もある。これは、困難な状況における女性たちの「シスターフッド」の重要性を示唆しているといえる。

著者ヘザー・モリスは1953年にニュージーランドで生まれ、後にオーストラリアへ移住した。メルボルンの大規模な公立病院でソーシャルワーク部門のオフィスワーカーとして長年勤務した経験を持つ。作家としてのキャリアをスタートさせたのは比較的遅く、初めての小説『アウシュヴィッツのタトゥー係』が出版されたのは2018年、彼女が65歳の時である。この作品は、2003年に病院で出会った男性から聞いたアウシュヴィッツでの実体験に基づいており、当初は脚本として執筆された。完成までに15年を要したこの小説は、世界的大ベストセラーとなった。続く『Cilka's Journey』(チルカの旅)、『Three Sisters』(三人の姉妹)と合わせ、ホロコースト三部作として高く評価されている。

モリスはホロコーストの物語を描き終わった後、何か別のものが必要だと感じていた。出版社から日本の捕虜収容所に収容されていたオーストラリア人看護師の物語を紹介されたことをきっかけに、看護師について調べ始める。すると、かつての同僚がネスタ・ジェームズの再従姉妹であると聞きつける。この個人的な繋がりや、文献の調査を通してノラ・チェンバースという女性にたどり着き、ノラの娘サリー(当時87歳)を探し出すことに成功したのである。

著者によると、物語中の出来事はすべて事実として起こったことだが、それが登場人物の個人的体験と一致しているとは限らないという。主要な人物を除けば、多くの女性は名前が挙げられていない。物語の便宜上、本編で名前が挙げられていない人に起こったエピソードを、名前のある登場人物に割り当てている。巻末には名前が挙げられていない女性たちに敬意を表して、彼女たちの名前も掲載されている。

『Sisters under the Rising Sun』は、第二次世界大戦下で日本軍の捕虜となった女性たちの過酷な経験と、それでも失われなかった人間としての尊厳、連帯、そして希望を力強く描いた作品である。著者の綿密な調査と共感に満ちた筆致で、特に日本の読者にとってあまり知られていない歴史の片隅に光を当て、現代社会を生きる我々にも普遍的なメッセージを投げかけているといえるだろう。

 

参考資料:

youtu.be

Book Interview: Heather Morris on Sisters Under the Rising Sun




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