以下の内容はhttps://breakfast-at-bnn.hatenablog.com/entry/2025/05/03/235235より取得しました。


『La patiente du jeudi』現代にまで続くユダヤ人大量虐殺の集団的トラウマを掘り下げた小説

2025年1月にフランスで刊行されたナタリー・ザジュドの初の小説『La patiente du jeudi』(木曜日の患者)は、不可解な苦しみを抱える一人の若い女性を通して、世代を超えて受け継がれるトラウマというテーマを掘り下げる作品である。

主人公モナは、パリでジャーナリストとして働く30代の女性だ。一見、現代のどこにでもいる女性のように見える彼女だが、恋愛関係は常に失敗に終わり、思春期から原因不明の激しい不安発作、幻覚、時には暴力的な衝動に悩まされてきた。これらの症状は彼女の日常と人間関係を破壊し、時には「狂っている」と見なされて精神病院への入院を余儀なくされるほどであった。数々の解決策を試みた後、彼女は新たな精神療法士クレマン・ル・フュール医師の診察を受ける。ル・フュール医師は謎に満ちたモナの苦しみを解き明かすため、催眠療法を提案する。催眠状態に入ったモナは、知るはずのない言語、イディッシュ語を話し始める。これはかつて何百万人もの中欧ユダヤ人が話していた言語であり、ホロコーストの影響で話者が激減したことでも知られている。

モナはユダヤ教徒ともイディッシュ語とも無関係なフランス人家庭で育ったため、これは大きな謎であった。この出来事はユダヤ文化における「ディブク」という存在を想起させる。ディブクとは、約束や未練のために死後の世界へ行くことができず、生きている人間に憑依する死霊のことだとされている。ディブクは憑依した人間を自らの配偶者とみなし、その人物の恋愛や結婚を妨害することが多い。モナの恋愛における絶え間ない失敗は、このディブクの憑依という伝統的な解釈に典型的に当てはまる。

著者ザジュドは、文化、宗教、政治といった患者の背景を治療に取り入れるエスノ精神医学のアプローチを用いている。エスノ精神医学*1では、患者がディブクに憑依されていると考えるならば、その状態を現実として捉えて治療を進めるのだ。モナを蝕む「悪霊」を追放するためには、彼女自身の、そしてその家族が埋もれさせた歴史について、全てを明らかにしなければならないのである。

物語は、現代のモナの人生と、1930年代初頭にポーランドを離れ、アメリカを目指す二人の若い友人、モイシェとアヴラムの運命を交互に描いている。彼らはパリに立ち寄り、その後、ホロコーストの暗闇の中で姿を消してしまう。この二つの物語はやがて交差することで、モナが知らなかった家族の隠された歴史と、彼女を苦しめるトラウマの根源が明らかになっていく。

本作は、ホロコーストの記憶の重要性、それを直接経験していない家族や隠された子供、そしてその子孫といった「巻き添えになった犠牲者」の中にどのようにトラウマとして受け継がれていくかという問題を浮き彫りにする。心理系図学や、抑圧された遺産がもたらす影響といったテーマも扱われており、過去は決して死んでいないこと、隠された家族の遺産から容易に逃れることはできないことを示唆している。物語は、憑依からの解放へと向かうモナの旅を描き、読者を強く惹きつける。

著者ナタリー・ザジュドは、1975年7月26日パリ生まれの心理学者である。彼女はパリ第8大学の心理学の准教授で、同大学で臨床心理学や病理心理学を教えている。特にショア*2の生存者やその子孫の心理的な苦しみについて長年研究しており、1990年代にはフランスで初めて彼らのための自助グループを立ち上げている。彼女は、「隠された子供たち」(ユダヤ人迫害から逃れるために隠された子供たち)の心理的苦痛の専門家としても認められている。本作は優れたデビュー小説に与えられる、2025年春のゴンクール賞にもノミネートされており注目が集まっている。

この小説においてナタリー・ザジュドは、心理学の深い専門知識をベースに、世代間トラウマという難解なテーマを独創的に描くことに成功している。この小説は、私たちが自らの過去、特に先祖が経験したトラウマ的な出来事とどう向き合うべきかを問いかけていると言えるだろう。

www.editionsdelantilope.fr

参考資料:

Les finalistes des prix Goncourt de printemps 2025 - Livres Hebdo

La Patiente du Jeudi – Nathalie Zajde | Tu vas t'abîmer les yeux

Le langage du traumatisme avec Nathalie Zajde | France Culture

*1:民族精神医学とも訳される。文化や民族の背景を重視して、精神疾患の理解や治療を行う学問・実践領域。特に「心の病」やトラウマが、その人の出自や社会的文脈とどのように関係しているかを探る。

*2:この言葉はヘブライ語で災厄・滅亡などを意味し、ホロコーストに代わる言葉としてフランスでは定着しているそうだ。




以上の内容はhttps://breakfast-at-bnn.hatenablog.com/entry/2025/05/03/235235より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14