2024年に出版されたラジャ・シェハデによる『What Does Israel Fear From Palestine?』(日本語意訳:イスラエルはパレスチナの何を恐れているのか)は、著名なパレスチナ人弁護士であり作家であるラジャ・シェハデが、2023年10月7日のハマスによる攻撃とその後のイスラエルによるガザ地区への大規模な攻撃という、近年のパレスチナ・イスラエル紛争における壊滅的な出来事を背景に、長年にわたる紛争の根源と、未来への展望を考察した一冊である。
本書は二部構成となっている。第一部「私たちはどのようにしてここにたどり着いたのか?」では、1948年のイスラエル建国(パレスチナ人にとってのナクバ、大惨事)から現代に至るまでの主要な出来事を振り返りながら、紛争の歴史的背景を簡潔に解説する。著者は、1917年のバルフォア宣言におけるイギリスのパレスチナにおけるユダヤ人国家樹立への支持が、現地のパレスチナ住民の意向を無視したものであったと指摘する。そして、1948年のナクバによって約75万人のパレスチナ人が故郷を追われ、著者自身もヤッファからラマラへと避難した家族の一員であったことを語る。
1967年の第三次中東戦争は、紛争の新たな段階を招いた。イスラエルはヨルダン川西岸と東エルサレムを占領し、その後、約60万人のユダヤ人入植者がこれらの地域に入植し、さらなるパレスチナ人の強制的な立ち退きを引き起こした。著者は、この状況を南アフリカのアパルトヘイトと比較しながら、パレスチナ人が入植地に囲まれた「バントゥースタン」(アパルトヘイト政策に基づいて設置された黒人居住地域)のような状態に置かれていると指摘する。1993年のオスロ合意によってパレスチナ自治政府が樹立されたものの、著者は、この合意が実際には入植地の拡大を助長し、現状をさらに固定化させる結果になったと批判的に考察している。
第二部「2023-24年ガザ戦争」では、近年の壊滅的なガザ戦争の悲惨な状況を、怒りと絶望の入り混じった筆致で描き出す。イスラエルの徹底的な封鎖により、ガザは「どこにも逃げ場のない野外刑務所」と化し、食料、水、電気、燃料といった生活必需品さえもが断たれている。ユニセフの報告を引用しながら、ガザでは5歳未満の子どもの90%が深刻な食料貧困に苦しみ、70%が下痢を経験しているという悲惨な現状を告発する。さらに、ガザの住民の85%が家を追われ、70%の民間施設が破壊されたという。イスラエルの国防相が戦争開始時に「電気も食料も燃料もない、すべて閉鎖される」と宣言し、ネタニヤフ首相が「ガザを無人島にする」と豪語した言葉を引用しながら、著者は、イスラエルの指導者たちが一般市民、子どもたちの命を全く顧みず、「ガザのすべての人が有罪である」と考えているのではないかと強い疑念を投げかけている。
本書の核心的な問いは、タイトルにもある通り、「イスラエルはパレスチナの何を恐れているのか?」である。著者は、ガザにおける壊滅的な人的・物的コストこそが、イスラエルがパレスチナの存在そのものを恐れていることの証左であると断言する。イスラエルは、建国以来、パレスチナ人の物語を否定し、その存在を抹消しようとしてきた。しかし、著者は、パレスチナ人による抵抗の試みが常に打ち砕かれてきたにもかかわらず、パレスチナの物語は決して消えることはないと力強く主張する。
絶望的な状況を描き出しながらも、シェハデは最後にわずかな希望の光を見出そうとする。過去の歴史を振り返れば、大きな動乱の後には希望につながる結果が生まれることもあった。ガザでの悲惨な戦争が、長年の紛争に対する包括的な解決策を見出す契機となるかもしれない。そのためには、アメリカの偏向した仲介ではなく、国連やグローバル・サウスが関与する国際的な交渉が必要であり、パレスチナ国家の完全な承認、難民問題、囚人解放、入植地問題など、すべての未解決の課題について議論されるべきだと提言する。そして、紛争の唯一の未来は、二つの民族が平和に共存することであるという確固たる信念を表明し、パレスチナの詩人、レファアト・アラリールの詩を引用しながら、抵抗と希望のメッセージで本書を締めくくっている。
ラジャ・シェハデは、1948年のイスラエル建国の直後、1951年にラマッラーで育った。人権弁護士として長年パレスチナの人々の権利擁護に尽力する一方で、作家としても高い評価を得ており、多数の著作がある。2008年には、『Palestinian Walks: Forays into a Vanishing Landscape』(パレスチナを歩く――失われゆく風景をたどって)でオーウェル賞の政治著作賞を受賞している。また、パレスチナの人権団体アル・ハク(Al-Haq)の共同設立者の一人でもある。2025年3月には最新刊『Forgotten: Searching for Palestine’s Hidden Places and Lost Memorials』(忘れられたパレスチナ――隠された土地と失われた記念碑を求めて)を刊行。彼の作品は、パレスチナでの生活の現実を国際社会に伝え続けている。
『What Does Israel Fear From Palestine?』は、終わりの見えないパレスチナ・イスラエル紛争の根源を深く掘り下げ、現在の壊滅的な状況を多角的に分析した重要な一冊である。歴史的背景、政治的構造、社会心理、そして人道的な危機を描き、紛争の本質を深く考えさせる。著者自身の個人的な経験と、長年にわたる人権活動から得られた洞察は、ニュース報道だけでは捉えきれない紛争の複雑さと、パレスチナの人々の苦難を雄弁に物語っている。
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